恨みを晴らす

 昔、河辺に住む夫婦があった。夫は船頭で渡し船で暮らしていた、所帯を持ってだいぶ経っていたが子供はなかった。
 ある日、車に絹織物を積んだ遠くからの見知らぬ客が来て河を渡してくれと言う。船賃を話し合ったあとで、客は船に車を乗せた。だがこの日は風が強く、船頭は客に「今日は河の風が強いので河の真ん中は危険だ、風がやむのを待って渡ろう」と言った、客もその通りだ、無事に渡れればいいと言って、船室に入って行李を開け、中の物を調べ始めた。
 ちょうどこの時、船頭も船に乗ってきて、客が一山の金銀を出しているところを見て、心の中で悪い考えをおこし、もし俺がこの車の絹織物とあの金と銀を手にいれれば、大した金になるだろうと思った。雨も風もかまわず船を出し、思い切って客を突き落としてやろう。
 こう考えると船頭は、船室から出て、大声で「お客さん、風が小さくなった、船を出そう」と言った、客が船室から出て来てくると、船頭は客と船の上の荷を調べ、すぐ船を出した。

 やがて船は河の真ん中に出た、河は深く、波は大きく、向こう岸には人影も見えない。船頭は大声で「お客さん、お客さん、早くきてご覧なさい、鯰だ、頭が二つある魚だ」と怒鳴った。船室にいた客はこれを聞くと、頭が二つある鯰とは珍しいと、急いで出てきて「どこだ」「あそこに見えるじゃあないか」 「わしにはどうしても見えないが」 「あそこ、あそこ」客が頭を低くして一心に河の中を見ている時、「ドボン」と音がした。船頭が客を河の中に突き落としたのだ。
 客は水の中でバタバタともがいていたが、やがて影も見えなくなった。船頭は河の中にもう何も動かないのを見ると、船を戻して岸につけ、品物を家に運んだ。

 女房は亭主が帰って来て、沢山の絹織物を家の中に運び込んでいるのを見ると「あんた、また悪いことしたね」と聞いた、「悪いことをしたのがどうだというのだ、人を責め過ぎるのは、天も地も許さぬことだ」 「ああ、わたしが言ってもあんたは聞かない。人は金があってもなくても正しく歩き、行いをきちんとしなければならない、悪いことをすれば必ず報いがあるわ」 「なにが報いだ、あいつはもう閻魔大王に会ってるさ」 「これからは船で仕事をしないで、これで商売するの」 「おう、俺はこの品物を売って、船頭はやめる」 こうして船頭は金ができて金持ちになった。
 不思議な話だが、船頭が客を殺したあと、女房が急に身籠り夫婦は大喜びであった。やがて十か月経って可愛い男の子が生まれ、船頭は心から満ちたりた。夫婦は子供を手のひらの上の珠ように育てた。

 月日が経ち息子は七、八才に育ったが、ずうっと船頭を父さんとは呼ばなかった、船頭がまだ子供を有難がっている時は、息子は父親を叩きはしなかったが、よく罵った。そして息子が十一、二才の時には船頭を叩いたり罵ったりするのは、日常のことになってしまった。息子はこんなであったが、船頭は小さい時は自分もそうだったと、教えようともしなかった。けれども長い月日が経っても息子は相変わらずで、家でも外でも人がいてもいなくても船頭を見れば殴ってくるのだった、船頭ももう我慢できなくなっていた。

 ある日、女房は亭主に「あんた、廟にいって一度道士さんにどういうわけか占ってもらったら」と言った。翌日、船頭は廟へ行って道士に会い「道士さまわたしの運命をみてください」と頼んだ。「お前さんは金銀財宝もあるのに、まだ占うことがあるかね」船頭は溜め息をつきながら「わたしは四十才で息子ができましたが、どういうわけか息子はわたしを叩いたり罵ったりするのです」と言った、道士は「それでは占ってもいいが、実を言うと、いいかげんにあなたを騙す話もできないし、率直に話してお前さんを傷つけるのも怖い」と言った、船頭は「かまわないから、ありのままに言ってください、占いが吉でも凶でも、わたしは恨みません」 「お前さんは表面はいい人だが、心が通じていない、子供は今年いくつかね」 「十八です」 「そんなに大きくては仕方がない、だが、息子がまたお前さんを叩いたら、すぐ、『息子や、お前はわしの子、わしはお前の父、父子は心が繋がっている、父親を叩くのはなぜ』と言いなさい」 と道士が言った。

 船頭は家に帰り、ゆっくり門の段を入ると、息子がきていきなりパンパンと頬を殴った、船頭は目から火花がでたが、この時、道士の言葉を思い出して、手で顔を覆いながら「息子や、お前はわしの子、わしはお前の父、父子は心が繋がっている、父親を叩くのはなぜ」と言うと、息子は「誰が誰の息子だ、誰が誰の父だ、なぜお前を叩くのか、教えてやろう、父子にとけあう心がないからだ」と答えた。
 船頭は息子にまた「息子や、けれどもわしはお前の生みの父、わしらに恨みがあるものか」言うと、息子は「十八年前の河の流れに二つの頭の鯰、お前は金銀絹織みな取った、これが恨みでないものか」と言った。この時、船頭はギョッとして、やっと十八年前の事を思い出した……想えば想うほど苦しくなり、自分に「人を呪わば穴二つ、人を呪わば穴二つ」と続けて言った。  その晩、船頭は首を吊つて自害した。   

         姜淑珍故事選                                       1993・4・10

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