閻魔大王に妻はない
昔、あの世の閻魔大王はこの世の皇帝と同じように三宮六院の住まいがあった。これはそれがどうして今はないのか。 と言う昔話である。
ずっと昔、東の海辺に于徳海という一人の若者がいた。小さい時に父母を失い、とても苦労した。今も毎日朝早く小船で海に出て漁をしている。
ある日、海で小船を操つり、左に右に朝早くから日が落ちるまで網を打ったが、引き上げる網はその度に空で、一匹の小魚も取れなかった。空は暗くなり冷たい風も吹いて于徳海は疲れ腹も空き、網を上げ帰ろうと思ったが、今日は何の漁もなく今晩も明日の朝も食べる物が何一つない、もう一度網を打って運を試してみようと頑張り、また網を打った。網を引くと重く魚が入ったようだ「あ、魚だ」だが、それは口が小さく下がふくらんだ綺麗な色のついた小さな壜であった、口は厳重に封してあり持ってみると重みがある、これは中に金銀財宝が入っているのではないかと、船を岸に寄せ小壜を抱え喜んで家に帰った。
于徳海は家の門を閉め、壜の口をそっとこじ開けていくと、まだ開かないうちに忽然と白煙が上がり、花か月のような美しい娘が出て来た。
于徳海は切り株の椅子に腰掛けたまま、しばらく声が出なかった。娘は笑顔で于徳海を見「ウフ」と笑い「徳海さん驚かないでください、わたしは妖精でも幽霊でもありません、海龍王の三番目の娘の龍妹です」と言った「あなたは龍宮に住んでいるのに、どうして壜の中にいたのですか」と聞くと龍妹は涙を流し、泣きながら「きつい父母はわたしを北海竜王の息子の小白竜に嫁がせようとしました、でもわたしが死んでも嫌だと言うと、父は怒りわたしを壜に閉じ込めたのです」 「あなたはどうして小白竜に嫁ぐのが嫌なのですか」 「あの人は醜く優しくないのです、怒ると雨を降らし水を出して世間の人々に当たるのです、そんな人と一生暮らすことはできません、あなたがわたしを助けてくれたのは何かの縁です、わたしをあなたの妻にしてください」于徳海は喜んでその晩龍妹と結婚し、夫婦は互いに愛しあって暮らした。
ある日、于徳海が市場に魚を売りに行こうとすると、龍妹は「徳海さん、わたしたちは結婚してからもう半年たったのに、わたしは毎日海にいるばかりで、世間がどんなものか見たこともありません、今日はわたしを連れて行ってください」と言うので二人は一緒に出かけた。龍妹は龍宮に生まれ龍宮に育ったので毎日海と魚、亀、海老、蟹を見るばかりで、突然、世間の山、川、草木などを見て、二つの目は休む間もなかった。
二人が楽しく歩いていると、見知らぬ男たちが二人を取り囲んだ「あんたたち何をするの」と龍妹が言うと、恰好をつけた金持ちの放蕩息子がにやにやしながら近づいて「娘さん、お前さん絵の中の美人、それとも天女かね、お前さんみたいな娘は見たことがない」と言うので龍妹は嫌な顔をして「あんたも変な人ね」と言うと「いや、俺はお前と結婚したい」 「あんたは母親がないの、それとも祖母がないの」 「やめろ、お前は俺の女房になれ」 「あんたに受け継ぐ遺産でもあるの」 「おれの親爺は政府の高官だ、財産は金銀の山だ。俺が受け継げないわけはない」「あんたなぞ見たくもない、いやらしい人」そう言って龍妹は于徳海の手をとり行きかけると、放蕩息子は急に手下の者を呼び、向かって来るので于徳海が大声で助けを呼ぼうとすると、龍妹は「徳海さん、慌てないで大丈夫よ」と止め、放蕩息子をチラリッと見ると「あんたがこんな悪者だとは思わなかったわ、結婚したいなら真面目にじっとここで待っているといいわ」と言って手を振ると、男たちは一人一人まるで木のくさびのようになって動けなくなり、目を丸くして二人が市場に行くの見ているだけであった。
暗くなってから夫婦が市場から帰って来ると、龍妹は男たちがまだ動けずにいるのを見て、笑いながら「ホ−、あんたたち本当におとなしいわね、まだ帰らないの」と言いまた手を振ると、男たちはやっと腕や足が動くようになった。
目前の出来事を見抜く者は鋭いと言うが、もし鋭い人間であれば龍妹がただの人ではないと知り、すぐに考えを変えただろうが、天が兄、自分はその弟と思い込んでいる放蕩息子には教える者もなく,目の前で驚かされたのにまだ放蕩息子にはわからない。
龍妹夫婦がいた時は、放蕩息子たちは猫に狙われた鼠のように何もできなかったのに、逃げ帰るとすぐ水から引き上げられた大根の葉っぱのようにシャンとしてきた。悪い奴等はみんな気がおさまらず、放蕩息子にこの仇きを取ろうとそそのかした。放蕩息子はまともに闘わず闇討ちにしようと、龍妹夫婦が寝ている時に火をつけてやろうと考えた。
龍妹夫婦は晩御飯を食べ終わって、于徳海が寝ようとすると、龍妹が「徳海さん、お盆一杯の水を家の前と後に撒いて」と言った「何にするの」 「いいわよ、その時が来ればわかるわ」そこで于徳海は水を撒いて床に入って寝た。
夜中に放蕩息子は手下の男を連れてそっと来た。男たちは塀を乗り越え、庭に飛び下りるとまるでギョウザをゆでるように水の中に落ち首まで浸かってしまった、逃げようとすると、龍妹は水の上に立って、放蕩息子の鼻を指して「あんたと手下たちは悪いことを散々したんだからみんなこの犬の小便を飲むといいわ、この世は善人だけが住む所なんだから、あんたたちはみんな閻魔大王の所へ行きなさい」と言い、息を吹くとゴウゴウと強い西北の風が吹いてきて、男たちはたちまち水の中で凍死してしまった。
翌日、朝早く龍妹は于徳海を揺り起こして「早く起きて、大きな大根を取って」と言った「畑もないのに、何処から大根をとるんだい」 「行けばわかるわ」于徳海は鉄の鍬をさげて外にでると、本当に大きな大根と少しも違わない人間の頭が氷の上に出ていた、夫婦は鉄の鍬を振り下ろした。こうして悪者どもは死に閻魔大王の所に行って龍妹夫婦のことを告げ口した。
官は官、吏は吏に肩を持つと言うが、放蕩息子の父親がこの世の高官で、閻魔大王に賄賂を贈っていたので、閻魔大王は特にえこひいきして、すぐに催命鬼に招魂牌を持たせ首かせと縄を担がせて于徳海の家の門口に遣わした。催命鬼が「于徳海いるか」と言うと于徳海は「いる」と答えた「お前の女房は」 「内の中だ」 「女房をだせ」「何の用だ」 「閻魔大王がお前たち夫婦を呼んでいるのだ」 「招魂牌はあるか」 「無くてどうする」 「出して見せてくれ」催命鬼は何とか、かんとか言って招魂牌を取り出すと、于徳海は素早く招魂牌を取り上げて海の中にほうり込んでしまった、催命鬼はジダンダ踏んで「見せてやったのに、どうしてそんなことをするのだ、俺は帰って報告できないではないか」と言った、すると龍妹が出て来て「ちょっと待って、あんたが首かせをかけ、縄で足を縛って帰ればいいのよ」と言うと、首かせと縄が飛んで行って催命鬼を括り上げてしまった、催命鬼が長い間バタバタやっても首かせも縄もはずせず、ただポトポトと首かせと縄をつけたまま、一歩また一歩と地獄へ帰るしかなかった。
閻魔大王はだらしのない恰好で帰ってきた催命鬼を見て驚き、一部始終を聞き終わると目を丸くして怒り、自分から于徳海の家に行き、大声で「于徳海、夫婦もろともここへ出て来い」と怒鳴った、龍妹は家の中から「閻魔大王ですか」と尋ねた「そうだ、お前ら夫婦はすぐ死を受けろ」 「ハイハイ、何をそんなに怒っているのですか、わたしたち夫婦はあなたがお出でになれば、死ぬと承知しておりますが、死ぬ前に食事をしておきたいのです、あの世でお腹のすくのは嫌ですから、外でしばらくお待ちください、お腹が一杯になればおとなしくあなたについて行きますから、嘘は言いません」
閻魔大王は家の中に美味しい料理や酒があると聞いて、わしは地獄に八世代も生きてきたが、まだこの世の料理は食べたことがない、どんな味がするのか、食べたいものだと思い「お前たちが腹一杯食べて行きたいと言うのはわかる、だが晩秋の海の風は冷たい、わしを家の中で休ませてくれ」と言い、龍妹が門を開けると、閻魔大王は家に入り、いきなり食卓の前に進んだ、食卓にはいろいろ並べてある、みんな見たこともない美味しそうな料理や酒てある。
「あの料理は何だ」 「この世の美味しい料理です」 「あれは何の酒だ」 「この世の美酒です」 「あの料理は本当に美味しいか」 「素晴らしく美味しいですよ、食べれば年も若くなります」 「あの酒は旨いか」 「旨いですよ、飲めば顔も綺麗になります」
これを聞くと閻魔大王は嬉しくなって、心の中で「わしのあの三宮六院の妻たちはわしの髭がみっともないとみんな嫌がるが、ここで美味しい物を食べ若い青年になれるなんて、こんないいことはない」と考え我慢出来なくて、嬉しそうに食卓の前に行って箸をとった。
龍妹は閻魔大王をおしとどめ「あら、慌てて立ったまま飲んだり食べたりすれば、むせたり胸が痛くなりますよ、座って食べたほうがいいです」と言うと、閻魔大王は遠慮せずに、上がり込んであぐらをかき、酒を飲み料理を食べ腹一杯になり、酔っ払ってしまった。
酔っ払った閻魔大王は龍妹を見てこの内儀さんは器量がいい、わしの三宮六院の妻たちと比べれば、月とすっぽんだ、龍妹をわしの妻にしようと考えると、ゴソゴソと龍妹のそばに寄って行った、龍妹は「あなたの気持ちはわかりました、もっと料理を食べ、もっと酒を飲んであなたが若い青年に変われば、わたしはあなたに頼ることにします」と言うと、閻魔大王は喜んで料理を端から平らげ、酒の瓶を抱えて飲み、酔っ払ってパタッとまるで死んだ犬のように倒れてしまった。
龍妹夫婦は恐れずに、縄で閻魔大王を馬に縛りつけ水をかけて目を覚まさせ、鞭で馬を走らせた、閻魔大王はアッと言う間に天界に着き、すぐに天帝に泣き言を訴えたが、龍妹も後に続いて一部始終を天帝に申しあげた。
天帝は火のように怒り「恐れを知らぬ閻魔、賄賂を取り、色恋に迷い、それで人間の生死を預かるとは何事だ、誰かある、閻魔を鞭四十の刑にしろ」天兵がきて閻魔を鞭で四十叩いた。「意地汚く飲み食いした罪だ、誰かある、頬を殴れ」四天王がきて閻魔の頬を殴りつけた。「色恋を貪った罰だ、誰かある、閻魔の三宮六院を取り上げろ、永遠に閻魔は妻を娶る事はできぬ」
こういうわけで閻魔大王の三宮六院が取り上げられ、それから閻魔大王は妻を娶る事ができなくなった。 龍妹と于徳海の夫婦は今でも小船に乗って東の海で魚を取っている。そうして夫婦は互いに苦楽を共にして幸せに暮らしている。
薛天智故事選 93・3・19