
石の瓢箪
沈陽城の北、遼河の南に美しい山がある。この山は七つの頂上が北斗七星のように並んでいるので、人々は七星山と呼んでいる。その中の二つの頂上の間にまん丸い大きな石が挾まれているのが面白い。遠くから見るとこの大きな石は水を汲む瓢箪の柄杓のように見えるので人々はこれを石の瓢箪と呼んでいる。しかし、高い山の上に何処からこの石の瓢箪がきたのか。これには一つの伝説がある。
七星山の麓の村にずっと昔から「九つの甕、十八の鍋、南山になし、北山にあり」と言う言い伝えがあった。この意味は七星山の何処かの山頂に金銀財宝が多く埋蔵されていると言うのだが、何処に埋められているのか、どうすれば捜せるのか誰も知らなかった。
さて、この七星山の麓に李と言う婆さんが住んでいた。李婆さんは草や花は嫌い、ただ瓢箪を植えるのが好きと言う変わった婆さんであった、それで毎年秋になると家のまわりに、大きな瓢箪をならせる。瓢箪は一つ一つみんな丸くすべすべしていて人々に珍しがられた。
ある日の朝早く李婆さんは胡瓜を取って食べようと籠を抱えて裏の野菜畑に行ってみると、大きな瓢箪が畑の入り口を塞ぐようになっているので、かがんで畑に入って行ったが瓢箪の下を通る時、邪魔だから取って食べてしまおうと思って、手を伸ばしてもぎ取ろうとすると、後から「お婆さん、やめろ、その瓢箪を取らないでくれ」と人の叫ぶ声がした、李婆さんはこの突然の叫び声にびっくりして、振り返ると、この頃南方から来た易者先生が野菜畑の外から怒鳴っているのだった。
李婆さんは嫌な気がして、心の中で余計なお世話だ、お前は易を見ていればいいんだ、わたしが瓢箪を取るのがどうだって言うんだと思って、かまわずまた手をだして瓢箪を取ろうとした。
するとこの易者先生は、つかつかと李婆さんに近寄って「お婆さん、それを取る前に相談にのってくれ、この大きな瓢箪をわしに売ってくれないかね、わしはこれを民間療法に使いたいのだ。銀五十両でどうだね、ただ一つ条件があるんだ、わしは熟れた瓢箪が欲しいのだ、早く取っては使えないのだ、もしお婆さんがそれでよければ、八月十五日朝早く、わしがぢかにもぎ取りに来る」
李婆さんはこれを聞いて心の中で、これはうまい話だ、一つの瓢箪は売れたって二文が関の山だ、それをこの田舎者の南方人がとてつもない銀五十両で買うって言うならこんないい話はないと思い喜んで承知した。
かれこれするうちに、たちまち八月十四日になった。この日は村の習慣でどの家でも瓢箪の実で作った具のギョウザを作る、八月十五日に食べるためだ。はっきり言うと李婆さんは心のせまい女なので、何時も八月十四日になると、“瓢箪を植えている家はいいが、瓢箪を植えていない家はもしかすると瓢箪を子供に盗ませるのではないか”と考える。
そして、“わたしの家の瓢箪は村の中で有名だから、きっとわたしの畑に盗みにくるに違いない、どの瓢箪を盗まれても癪だ、万一あの銀五十両の値のついた大きな瓢箪が盗まれたら、元も子もない、今日のうちに易者先生に代わって取ってしまおう、一晩くらい早く取っても大丈夫だろう”と考えると李婆さんは野菜畑へ行ってあの大きな瓢箪をもぎ取ってしまった。
翌日、陽が昇ると、あの易者先生が李婆さんの家にやって来た。易者先生は門を入った途端に驚いた、李婆さんが言うことを聞かずに昨夜のうちに瓢箪をもぎ取ってしまっていたのである。易者先生は怒って李婆さんを睨んで一言も言わず、長い間考えてから、やっと銀五十両をだして卓上に置いた、それから大きな瓢箪を持って出て行った。
その晩ひき臼のような大きな丸い月が七星山を照らし出すと、七星山はまるで銀の山のように見えた。易者先生はうさんくさい顔をして七星山の麓へ来ると、しばらくして七星山の頂上に登った、山頂に着くと易者先生は大きな瓢箪を持ち上げて、七星山に向けて続けて三回「七星山、開け、開け、開け」と叫ぶと、七星山は「ガバ−、ガバ−」と音を響かせ、山の山頂にゆっくりと裂け目を開けた。
易者先生はこの裂け目を見ると急いで大きな瓢箪を裂け目にいれた、瓢箪は山の裂け目の真ん中に挾まった。裂け目の中を見ると、そこには金色の光が四方に照り、すべて金銀財宝であった。易者先生は喜び、急いで山の裂け目に降りていくと、まるで飢えた狼のように、ガバ、ガバとその金銀財宝を袋にいれ、また別な袋にもいれた、けれどもそれでも足りず、ズボンを脱ぐとそれにも詰め始めた。こうして貪り取っていると「ガ−ン」と大きな音が響いて山の裂け目が塞がり、大きな瓢箪は押し潰されて二つに割れ、半分は山の中へ、半分は山の外に押出され、あの易者先生は山の裂け目に挾まって死んでしまった。
李婆さんの瓢箪は、たった一晩足りなくて熟しきらず、山が裂けるのも少しの間だけだったのである。易者先生は山の裂け目で、父さん母さんと泣いて叫んだけれども、助からず、生きたまま押し潰されて死に、あの半分の瓢箪は永遠に山の外に止どまり、長い長い間、風に吹かれ、雨に打たれ、ゆっくりと一つの大きな石の塊になったのである。
遠くから見るとこれが瓢箪の柄杓のように見えるので、人々はこれを今に至るまで石の瓢箪と呼んでいるのである。これが七星山に残る石の瓢箪である。
譚振山故事選 1993・3・8