宝の衣
財産を命のように大事にする長者がいた。そのうえ、いい物、いい事があれば何でも欲しがった。
長者には娘がいたがまだ結婚していない。長者はいつも娘を金も力もある男と結婚させて、そのお陰をこうむろうと思っていたのである。
しかし、娘はそんなことは死んでも嫌だと思っていた。実は娘は真面目で働き者の黒旦が好きだったのである。黒旦というのはこの長者に雇われている若者で、毎月働いているのだが、母との暮らしで年々借金し貧乏であった、だが器量も人柄もいいので長者の娘は黒旦が好きになり、黒旦もそれに気がついていたのである。娘はいつも父親に黙って黒旦に着物や食べ物をやっていた。
ある日、娘は黒旦に物をやっているのを父親に見られてしまった。長者はそれを見るや、火のように怒って、娘を呼びつけ「なんだって、お前はあんな貧乏人とつき合うのだ、あいつは何にも持っていないんだぞ、それでもいいのか」と怒鳴った、けれども娘は父親が何と言おうと、何をしょうと心に決めた事をくずさず「黒旦のほか誰ともわたしは死んでも結婚しない」と言った。
父親はこれを聞いて目をむいて怒り、娘を大声で怒鳴りちらすとどこかへ行ってしまった。父親は娘を説き伏せることができず、どうしようと考え、娘が絶対にあの貧乏人と結婚できないようにしょうと、思いきって黒旦をなきものにする悪だくみを考え、黒旦を死なせてしまおうと思った。
翌日、長者は黒旦を呼び「お前は何年も俺の貸し金を返していない、十日以内に清算しろ、できなければ一年ただ働きしろ、その一年は勝手に家に帰るな。そうしなければ、すぐに俺はお前を役所に訴えるぞ」と言った。黒旦は長者の無理難題に応じて一年ただで働くしかなかった。
ある寒い日、冷たい風は骨を刺し、滴は氷のつつらになった。長者は下男たちに黒旦の両手を押さえさせて粉挽き小屋に連れていき、ここなら、勝手に家に帰ったり、夜になって家に走って帰らなくても済むからと言い、鍵をかけてしまった。
本当は黒旦を粉挽き小屋で凍死させようと思ったのである。下男たちに粉挽き小屋に押し込まれた黒旦は寒くてたまらなかった。そこで黒旦は大きな粉挽き臼の押し棒を推してぐるぐる回りはじめた、しばらく回ると、寒くなくなって体が熱くなってきた。こうして黒旦は寒くなると粉挽き臼を推して回り、疲れれば一休みして一夜を過ごした。その間、粉挽き臼をどれだけ推して回ったかわからなかった。
夜が明けて、長者は一晩で黒旦の奴は凍死してしまったろうと、皮の綿入れを着て悠々と粉挽き小屋に行き、戸を開けると何と黒旦は凍死するどころか汗をかいて全身から湯気をだして座っている。長者はびっくりして、黒旦にかけより「寒くて、吐いた唾すら凍るというのに、どうしてお前は全身に汗をかいているのだ」と聞いた。
黒旦は長者を恨みつくし、この野郎、俺も貴様を苛めてやると心に思いながら、なんでもないような顔をして 「えっ、そんなに寒くなんてありませんよ、この十倍寒くてもわたしは死にません」 「お前どうして寒くないんだ」 「寒さなんて怖くありません、誰にもまだ話していないけど、本当のことを言うと、一昨日、わたしが南山に薪を取りに行った時、白い髪をぼうぼうにのばした一人の老人に会ったんです、老人はわたしに『お前は災難に遭い、このままではきっと凍死する、しかしお前には大きな運がついていて、やがて金も力もつくようになるから、わしがお前を助けてやる、これは“宝の衣”という物だ、これを着ていればどんなに寒くても怖くない』と言ってわたしにこの着物をくれたんです」
長者はこれを聞くと、黒旦の着ている“宝の衣”を見て、心の中で「どうりで、こいつは死ななかったんだ、本当に運がついているのだ。だがこの“宝の衣”を俺の物にすればもっといい、年貢や貸し金を取り立てに出かける時に着て行けば、どんなに寒い日でも寒くない」と思った。
こう考えた長者はいかにも優しそうに、「黒旦、俺の所で一杯飲もう」と誘った、黒旦はこいつ俺にひっかかったなとみて、長者について行った。長者は家の者に酒や料理をいいつけ、黒旦を座らせた。黒旦は腹が空いていたのでちょうどいい、料理がでたら食べてやれと思っていた、しばらくすると料理がならび、酒も暖められた。すると長者は早速、黒旦に「“宝の衣”を売ってくれ」と言い出した。
黒旦はそれを聞くとわざと「この“宝の衣”は寒さ暑さを防ぐばかりか、病気も治すんですよ、これは値のつけられない宝物ですから、売れません」と言うと長者はますます目を輝かせて、黒旦に「そう言わず俺に売ってくれ、お前の言うとうりの金をだすから」と哀願した。
「どんなにお金をくれても、わたしは売りません」長者は頭をさげて考えていたが、うん、いいことがあるとばかり 「お前が“宝の衣”を俺にくれれば、俺は娘をお前にやる、それでどうだ」と言った。
黒旦は密かに俺はお前さんのその言葉を待っていたんだと思いながら、うわべには嫌そうにしながら「え−、仕方がない、そうしましょう。わたしもこの宝の衣を本当は惜しくて手放したくないのですから、それだけのことをして貰わなくては」と言った。
黒旦が承諾したので、長者は大喜び「よし、思い立ったが吉日だ、お前さんたちは今すぐ結婚しろ」と黒旦に言って、召使いに言いつけ黒旦のために着物を用意させ宝の衣と取り替え、娘には早く髪を梳かし化粧をするように言った。
黒旦と娘は大喜びで夫婦になった。長者は“宝の衣”を手にして、至宝を得たと夜は“宝の衣”を被って寝た。
翌日、長者は親戚や知り合いに“宝の衣”をみせびらかして回り、ついでに小作人から年貢を取り立てて来ようと九冬の寒い日に長者は“宝の衣”を着て出かけた。
長者が出かけて間もなく鵝鳥の羽のような大雪が降ってきた、どこにも人影もなく、骨を刺すような冷たい北風が吹いてきた、長者は冷たい風が心の中まで吹き抜けるように感じたが、“宝の衣”がだんだんに熱くなるだろうと前に進んだ。
しかし二里も行かないうちに寒くて我慢できなくなった、手足もいうことをきかなくなって心配になってきた、そして風を避ける場所を捜した、ふと見ると道端に年を経た大きな柳の木がある、冬になると多くの旅人が来て火をつけ煙草でも吸うのか幹が焼け朽ちて洞になっている、長者は風を避けようと、そこにもぐり込んで幹の洞にしゃがんだ、長者は洞の中にいるとますます冷たくなって、歯がガタガタしてきた、足も冷えて硬くなり、歩けなくなってしばらくして木の洞の中で凍死した。
長者が出かけてから一日たっても、二日たっても帰って来ないので、人を出して方々捜し回った、そして長者が木の洞の中で死んでいるのが発見された。長者の家は黒旦夫婦に受け継がれた。
姜淑珍故事選 1993・2・12