574 甕を壊す
むかし、近隣に名の知られた老いた甕作り職人がいた。代々甕作りの技を受け継ぎ、息子にもその技法を伝えているが息子は十年過ぎてもまだそれを会得していない。老父は毎日、息子に耳にたこのでるほど“技は心だ、心をこめて修業せよ”と諭したが、息子はどこ吹く風と、ただ飲み食べ遊ぶだけ、修業に身を入れようとはしない。老職人は祖先伝来の技が息子の代で失われることを嘆き、ちょっと風が吹けば倒れそうな底が小さく胴の大きい出来損ないの不安定な甕を焼き庭に置いた。甕の胴には四行の字が刻まれていた。
心があれば金は生まれ
金があれば心は得られ
心があれば技は磨かれ
袖の中には金がたまる
実は甕には老父が生涯に貯めた金が練りこめられていたのだ。
それから、毎朝早く老父は息子を起こすと、この甕の前に息子を立たせ、甕に刻んだ四句の言葉を唱えさせた。だが息子はただ丸読みするだけで何年経っても何も分からないでいた。老職人は臨終の際に息子を枕元に呼び「忰や、わしの死は目前に来ているが、お前に言い残したいことが二つある。一つは祖先の甕作りの秘法を忘れず一生懸命技を磨くこと、二つ目は庭に置いた甕に刻んだ四句の言葉、残念ながらお前にはまだその意味が分かっていないようだが、わしが死んだらお前はあの甕を街へ売りに出せ、売れたら前の二句は売り手のお前に、後の二句は買い手に価値のあるものになる。だが、この甕を買った人が誰であっても、お前はすぐその人に教えを請え、それを覚えておけ」と言った。息子が「お父つあん、分かった」と肯いた。
老職人が死に息子は葬式を済ませると、甕を街で売りに出した。甕は胴がとても大きく底が小さいのですぐ倒れそうに見える、道行く人はみんな胴が太く底が小さい甕を面白がったが買おうとする人はいない。息子は甕のわきに座って買い手を待っているが、何日経っても買い手はいない。ある日、西の方からのんびりと歩いて来た老人が甕の前に立ち止まり、腰をかがめて甕をじっくりと見ていたが「お前さん、この甕は売り物かね」と聞いた、「そうです、売り物です」「幾らかね」「二十文です」「よし、買おう」
老人は財布から金を出して老職人の息子に渡し、甕を運んで行こうとすると息子はバタッと老人の前に土下座して「お爺さん、待ってください」と叫んだ。道行く人が何事かと回りを囲んだ、老人は甕を両手で抱え「何をするのかね」と聞くと息子は「お爺さん、実はわたしの父親は死ぬ時にこの甕を買った人にこの甕に刻まれた言葉の意味を土に頭をつけて教えを請えと言い残しました、お爺さん、どうかこの甕の四句の言葉の意味を教えて下さい、お願いします」と言った。「教えてもいいが、お前さん後で売ったことを後悔するよ」「いいえ後悔しません」「それなら」と老人は言うと、甕を持ち上げると石の上にパンとぶつけ甕をこなごなに割ると腰を曲げ甕の底を拾い上げ、息子に「お前さん、この甕の底は何か知っているかね、黄金だよ、少なくみても二百両の重さがある」息子は目を丸くして驚き「お爺さん、どうして甕の底が黄金だと分かったんですか」と聞いた「心があれば世の中に出来ないことはない、この胴の大きな甕は底が重くなければ立たない、底に黄金の重さあったから立っていたのだ」
老職人の息子はそれを聞いてやっと甕の胴に刻まれた四句の言葉の意味が分かった、老父は自分に心は金よりも大切だと教えてくれたのだと感動した。それから息子はこれを心にとめて精進し、しばらくして父親と同じように近隣に名の知れた甕作り職人になった。
語り手 李鳳春 男 七十四歳 新城子区虎石台の村人
流伝地区 東北一帯
採録者 張相承、王輝 新城子区沈陽鉱務局蒲河鉱中学教師
中国民間文学集成遼寧巻沈陽市巻中