573 二つが一つになる
王俊は賢い人で妻の李もまた優しく理性的な人であった。王の母はすでに五十を過ぎていたが、一家三人は祖先からの家業に励み幸せに暮らしていた。ところがある年、思いもよらない大火に遭い、家は一片の瓦も残さず焼け落ち、たちまち生活に窮してしまった。仕方なく王は小さな商売を始め何とか暮らしを立て直した。
それから王は家を離れて働いたがしばらくして大きな商売をする大店に入ることができ、王の優れた知識と能力で大店の大番頭にまで出世した。それでも王の心は何時も妻と老母にあり、早く老母と妻を呼び寄せたいと想っていたが商売が忙しく手が離せなくてそれができないでいた。三年ほどして、王の故郷から来たという人が老母と妻とが飢えと寒さで死んだと伝えた。王はあまりのことに驚き嘆き、悲痛にくれたが時とともにその悲しみも薄れていった。
さて、話かわって離集鎮から五里のところの小さな村に高という貧しい家があり、高牛とその妻と子、老母が住んでいた。やがて老母が病気になり寝たきりになってしまったが治療する金がない。妻の劉は涙を流し夫に「お金がなくて母の病気の治療もできず、小さい子どもも育てられないのは耐えられない、あたしの身を売って下さい」と言った。もちろん夫の高は承知しなかったが、ほかに方法もなく仕方なく目に涙をためて肯いた。人に頼み妻の劉は五十両の金で王俊に身を任せることになった。
夜になって王と寝ることになると劉は泣き出した。王はなぜ泣くのかと聞くが劉は泣くばかりで答えない、それでも王が何度もその理由を聞くので劉はやっと本当のことを話した。王はそれを聞くと優しく「もう泣かないでいい、わたしはあなたを苦しめたくはない、今夜わたしは寝床の下に寝るからあなたは寝床の上に寝ればいい、井戸の水と河の水は交じわることはない、安心しなさい」と言って王俊はその晩寝床の下に寝た。
翌日、朝飯を食べると王俊は劉に食料や衣服、幾許かの銀貨を持たせ、雇い人に車を用意させると劉の家まで送らせた。高牛は妻が帰って来たのに驚き喜び、劉が王俊とのことを残らず話すと高牛は感激した。三日目に高牛と劉は大恩人の王俊のいる大店を訪ね、感謝の意を述べた。いろいろ話しているうちに王俊は「高さん、よかったらこの店で働いたらどうですか」と聞いた。高牛夫婦は大いに感謝して喜び、それから高牛は王俊の大店で働くことになった。
ところで実は王俊の妻の李と老母は死んだのではなかった。王俊が出稼ぎに行くと王からの便りもなくなり、二人はだんだん暮らしに困りとうとう人に恵みを求める乞食になってしまったのである。やがてある街で老母は重い病となり、李は身売りを覚悟し、わが身を売る印の草を身に挿し、街の市に蹲って人を待った。丁度この時この街に商品を買い付けに来ていた高牛が草を挿した李を見て心の中で“王俊の恩は天より高く地より広い、その王俊にはまだ夫人がいない、恩人にこの人を世話しよう”と決め、高牛が李にこれを告げると李は更に老母も一緒に面倒みてくれと要求した、高牛は王俊は大家だから老母の一人ぐらいは養えるだろうと承知した。
李と王俊はもう二十年も会っていないから互いに見覚えが薄れたまま高牛の立会いで二人は契りを結んだ。その晩床に入ると李は別れた夫を思い出し、悲しみに耐えられず泣き出した。それを見た王は心の中で“わしの運命は初床に入ると相手に泣かれるめぐり合わせなのか”と思い、李にそのわけを聞くと、びっくり仰天、新妻は死んだ筈の元の妻だったのだ。李も話しているうちに、夫となった目の前の人が行方が知らずになっていた元の夫と分かり、涙は嬉し泣きの涙に変わった。王俊は母も病気だが健在と知り急いで母に会い、母子抱き合って泣いた。
王俊の家族の幸せに大店の人々も喜び、それからも王俊の大店はますます繁盛し王俊一家と高牛一家の両家は一つの家族となって幸せに暮らした。
語り手 高文挙 男 七十歳 于洪区老辺郷高台村農民
流伝地区 沈陽北部
採録者 丁述明 于洪区老辺郷政府幹部
中国民間文学集成遼寧巻沈陽市巻中