572 壷の銀貨
働き盛りの中年に妻を亡くした劉爺さんは残された息子二人を男手独りで育てあげ、河北省保定の西南の村で暮らしていた。やがて成人した長男の劉福は鮑という妻を娶ったが、この鮑が悪妻でろくに家事もしないのに半年もすると古い小さな家を建替えてくれと言い出した、劉爺さんは文句も言わず瓦や木材を買い、大工と一緒になって七間もある大きな瓦屋根の家をどうにか建ててやった。劉爺さんはもともとこの村の百姓ではなく二十年前には保定で商売をしていたのだが役所との争いを恐れ、妻子を連れて此処に移り住んだので少しは蓄えがあったのだ。こうして劉福と鮑の夫婦は新しい家に住み、劉爺さんと次男の劉喜は古いもとの家に住むことになった。
さて、鮑は前からよくもめ事をおこす性癖があり、夫の劉福に「お義父つあんは貧乏百姓なのにこんな大きな家を建てる金がどこにあったんだろう、耄碌爺さん、きっと金を隠していてお前をだまし、義弟に残すつもりなんだよ」と告げ口した。これを聞くと劉福は怒り出し、父親の劉爺さんに文句をつけて金を取ろうと立ち上がった。すると鮑は劉福を引きとめ「お前も馬鹿だね、事を荒立てるよりいいやり方があるんだよ」と言った。
翌日の昼、劉福と鮑は畑仕事をしている劉爺さんと義弟の劉喜を家に呼び、煙草とお茶を出してもてなした、これで劉爺さんは心の中でハハアと気がついた。しばらくして鮑は料理と温めた酒を持って来ると、劉爺さんを上座に、劉福、劉喜を下座につかせ、劉爺さんの大きな盃に酒を注いだ。劉福はニコニコしながら父親を見、鮑の目配せを見ると「お父つあんは長い間苦労したけど、金はあっても棺桶にまで持って行けないからね、アノ…アノ…」とモゴモゴと口ごもった、鮑は話の下手な劉福をにらむと「お義父つあんはあたしたちを心配してくれていい人ですね。でも義弟はまだ小さいから、あたしたち夫婦にお義父つあんがどんなにお金を持っているか分かればあたしたちも嬉しいし、お義父つあんの老後にあたしたちの心配もなくなります」と言った。
劉爺さんはそれを聞いてもっともだとは思ったが酒を一口呑むと「わしは働きづめで二人の子供を育てながら暮らしてきて、そんなに金はないよ。それに毎日粗末な物を食べ、一文一文を大切にしてきた金も七間の瓦屋根の新しい家を建てて使い果たし、もう一文もない」と言った。すると鮑は「お義父つあんは劉喜を可愛がって、隠しているお金をあとで劉喜にやるんでしょ」と言い、劉福は怒って劉爺さんの胸ぐらを掴み突き飛ばした、劉爺さんは戸棚の角に頭をぶつけ大きな瘤ができ血が出た。驚いた劉喜は父親の劉爺さんを抱き起こすと急いで古い家に戻り、床に寝かしボロ布で頭を巻いた。しばらくすると劉爺さんは目を開け涙をこぼしたが言葉が出ず、黙って十五歳の劉喜を見ながら口を開き、片手は天を指し片手は地を指したまま目を閉じて死んだ、劉喜は劉爺さんの体に伏せて大声で泣いた。
翌日、劉福は村人を証人にして分家をした。村人は劉福と鮑のずるい事を知っていたが、劉福夫婦の言うとおり、劉喜に古い家と僅かな畑を分ける事を認めるしかなかった。それから劉喜は朝早くから夜晩くまで働き、何時の間にか三年が経ち嫁を娶る年頃になったが、貧乏で嫁を世話してくれる村人もいなかった。幸い死んだ劉爺さんと仲のよかった秦爺さんが劉喜の働きぶりを見て娘と結婚させてくれた。二人は睦まじく、劉喜は畑を耕し秦は機を織って暮らしたが、その翌年は不作で秋になっても収穫がなく劉喜夫婦は困り、義父の秦爺さんに米などを借りていたが秦爺さんの家にも食べ物がなくなり、恥を忍んで兄の家に米を借りに行ったが逆に罵られて追い出され、劉喜は家に帰り、空き腹を抱え仰向けに寝て苦しみに耐え天井を眺めるしかなかった。
そしてまだ劉爺さんと一緒に暮らしていた頃、天井の箱に乾物の食料をしまっていたことを思い出し、天井に上がって見ると確かに乾物を入れた箱があり、持ち上げると重い。縄をかけて引き下し箱を開けると乾物の食料が入っていた、劉喜は喜んで乾物を取り出すとその下に紅い布に包んだ物がある、ひろげると五枚の銀貨が出てきた。喜んだ劉喜夫婦は乾物を煮て食べ、劉喜は銀貨を見ながら「お父つあんは死ぬ時、天と地を指さしたが天を指したのは天井の銀貨だったんだ、それなら地を指したのは何だったんだろう」と秦に話し、夫婦で家のあちこちの地面を掘り起こしているうちに壁の角の三四尺の深さから一つの壷を掘り当てた、開けてみると銀貨が一杯詰まっていた。劉喜は喜び、翌日銀貨二枚で食料や家具を買い整え、七日目には秦爺さん夫婦を呼んで一緒に住むことにした。翌年は畑を耕す牛を飼い、十数間もある大きな煉瓦造りの家を建て、年末には子供も生まれ、柱と名づけた。
さて、劉福夫婦は毎日肉を食べ酒を飲む暮らしを続け、劉福は博打に耽り博打に負けては鮑に罵られるので、ある日とうとう劉福は怒り出し鮑を棍棒で打ち、鮑は足を折り医者だ薬だという騒ぎになった。こうして劉福夫婦は二三年のうちに家、畑、家具を失い着の身着のままになり、乞食になるしかなかった。何時の間にか一年が経ち、年の暮れがくるのに着ているは薄い単衣、寒くてガタガタ震えお腹が空き、夫婦はある家の門前で恵みを求めた。門を開けてこの家の主人が出て来ると劉福夫婦は残飯と銅銭を恵んでくれと言うと主人は「外は寒いから家に入って温まり、熱い汁でも飲みなさい」と言った。そして夫婦が家に入ると、劉福夫婦がもう何年も食べたことのない饅頭と炒り卵を出した。お腹が空いていた夫婦は頭も上げずにすっかり食べてしまい、礼を言おうと立ち上がるとそれを主人は押し止め「兄さん、義姉さん、もう何処へも行かずこの家に住み思う存分食べなさい、あたしたちは兄弟じゃないですか」と言った。劉福、鮑夫婦はこれを聞き、弟の家だったと分かると、パッタリと座り涙を流して「わしたちが悪かったのにこんなに優しくしてくれるなんてわしらは一生懸命働いてこの恩を返す」と言った。劉喜は兄夫婦を妻の秦と秦爺さん夫婦に会わせ、それから劉喜と兄の劉福は一緒に畑を耕し、秦と鮑は姉妹のように睦まじく暮らした。
採録者 張方林 流伝地区 遼寧一帯 中国民間文学集成遼寧巻沈陽市巻中