570 善には善、悪には悪
明朝崇禎年間に侯喜という男がいた。父は幼い時に亡くなり、年老いた母と暮らしていた。正直で真面目な働き者で、村の地主の家に雇われ、一月の給料は穀物三斗、それと働きがよしとされれば年の暮れに僅かばかりの金が貰えた、朝早くから夕方晩くまで働きづめでもう何年も経つのに暮らしは楽ではなく、年も四十を過ぎていた。
ある日、大雨が降り、身の丈七丈もある竜が侯喜の家の裏に落ち、あたりに生臭い匂いがたちこめた。鱗は蝶ほどの大きさで竜は倒れたまま身動きもせず、ただ瞼をパチパチさせひどく傷ついた様子であった。侯喜は自分の家の裏に落ちたのだからと竜の体が暑い陽に晒されないように柴を被せ、水を汲んで竜の体にかけてやったが、四十日過ぎると竜の体に蛆が湧いてきた、侯喜は蛆を手で潰し竜の体を綺麗な水で洗い、朝早くから暗くなるまで世話してやった。四十九日目にまた大雨が降って竜は姿を消した。
この竜は雨を降らす北海竜王であったが、天帝の怒りに触れ、四十九日の罰を受け下界に下されたのだった。もし善人の侯喜に助けられなければ骸骨になって永遠に北海へ帰れなかったかもしれない。
竜王が北海竜宮に戻ると三人の娘は「父上お帰りなさい」と迎えた。竜王は娘たちを見ると涙を流し「わしはこの度天帝の怒りに触れ下界へ下されたが善人の侯喜に助けられた、わしは命の恩人の侯喜に報いなければならない。侯喜は貧しく結婚もしていない、お前たち誰かが侯喜の妻になり、侯喜の暮らしを助け父の命の恩人に報いてくれ」と言った。すると三女が「どんな困難があってもわたしが父上の受けた恩義に報いて来ます」と答えた。竜王が「竜宮の宝を持って行け」と言うと三女は「いいえ、先ず侯喜に会ってからにします」と言った。
ある日、大雨を降らせて竜王の三女は美しい娘の姿になり、下界の侯喜の家に行った。「アノ…済みませんが雨に降られて困っております、雨宿りをさせて下さい」「どうぞ、どうぞ、構いませんよ」と老母が答えた。やがて暗くなって娘は「もう息子さんが仕事を終えて帰って来るのに夕飯の支度はしないのですか」「娘さん、家にはもう食べる物がなくて息子が何か食べ物を持って来るのを待っているのです」「わたしはお米を持っていますからご飯を炊きましょう」と言って娘は小さな盃に入れた米を出した、それを見た老母は心の中で“盃に入れた僅かのお米じゃ三人分に足りない”と思っていた。娘は老母が怪しんでいるのを構わず盃の僅かの米を鍋に入れ火をつけるとしばらくして家の中にいい香りが漂い、お鍋にいっぱいのご飯が炊けた。
この時、侯喜が帰って来た。老母は「お前が帰って来て丁度よかった。食べる物がなくて困っていると雨宿りをしたこの娘さんが鍋いっぱいご飯を作ってくれた、明日の分まであるよ」と言った。「あなたが侯喜さんね」「そうです、でもどうしてわたしを知っているのですか」「わたしの父があなたの家の裏で災難に遭い、優しいあなたに命を救われました、そのお礼に父に替わってわたしが来たのです。わたしは竜王の三女で今年二十八歳になりますが結婚していません、あなたがどんなに年をとっていてもわたしはあなたの妻になり、あなたを助け豊かな暮らしにして上げます、もう人に雇われて働くことはありません」老母は喜んで「あなたは美人でお金持ちなのに侯喜と暮らしてくれますか」と言った。娘は「お母さん、安心して下さい」と答えた。すると侯喜と老母の前に娘は丸い薬を出して置いた。するとたちまち老母と侯喜はその場に五日間眠ってしまった。
その間に娘は竜宮に帰り父に「神筆を貸して下さい、大きな屋敷や下女たちがいるのです」と頼んだ。父の北海竜王が「ほかに持って行きたいものはないか」と言うと娘は「いいえ、ありません。神筆で描けば何でも揃いますから」と答え父と別れ侯喜の家に戻り、あの薬をしまうと、老母と侯喜はあくびをして目を覚まし驚いて妻になった竜王の三女に「今までの小さな小屋が大きな広い部屋になり、寝床には新しい布団が敷いてあり、家の中は金持ちの地主の家の十倍も立派な家具が揃っているのはいったいどういうわけですか」と聞いた。「それよりお母さん、侯喜さん、早く新しい着物に着替えて下さい、もう地主の家で働かないでいいのです」「それはできません、仕事をしなければにわたしは地主に罰金をとられます」「かまいません、欲しがるだけやればいいのです、お金は幾らでもあります」と妻は言って箱を開けると中にお金が一杯詰まっていた。そこへ金持ちの地主が来て「侯喜、お前どうして仕事に来ないのだ、お前の家は何時の間に変わったのだ」「これはわたしの妻が持って来た財産です、わたしはもう旦那の所では働きません」「働かないなら金で弁償しろ」「旦那、急がないで下さい、料理を用意しますから食べてからお金の話をしましょう」妻は台所で料理を三十四作り、それから紙を出してチョキチョキと七羽のウズラを剪って息をかけると太った大きなウズラになり羽をむしって料理した、しばらくすると部屋中に香ばしい匂いがしてきた 。
金持ちの地主は心の中で“侯喜のやつ福運を掴んだものだ、こんないい女房と結婚し、俺の十倍も財産を手にした”と思った。料理が並び、旨い酒が注がれ、地主は腹一杯食べ、酒に酔うとある考えを思いつき、侯喜に「金でかたをつけるのはやめた、お前は罰金を払わなくていい、わしは帰る」と言った、侯喜は「家まで送りますよ」と言って地主の家まで送って行くと、玄関に出て来た地主の妻は絹の服を着た大金持ちの御曹司のような侯喜を見て驚き、うちの人よりずっといいと思い「侯喜、何日か会ってないうちにどうして金持ちになったの」と聞くと侯喜は「わたしの妻が財産を持って来たのです」と答えた。すると地主が「侯喜、いい考えがある」とさっきの思いつきを話した、「お前の女房は綺麗で年も若い、どうだ俺の二人の女房とお前の女房と交換し、それに俺の屋敷とお前の家とも交換しないか」侯喜は一言聞いただけで癪にさわったが「旦那、これは大事なことだから家へ帰って妻に聞いてみます、もし妻が承知すればいいですが承知しなければ無理やり交換しても互いにいいことはありません」「いいだろう、お前帰ってよく相談しろ」
すっかり困った侯喜が家へ帰ると妻が侯喜を見て「どうしたの、暮らしもよくなったのに心配そうな顔をして」と聞いた「地主のやつが変な事を言ってきたんだ、あいつの女房二人とあなたと交換し、屋敷も交換しようなんてとんでもない事を言い出したんだ、どうしょう」「いいわ、心配なんていらないわよ、あたしの言うとおりにすればいいのよ、交換すると言いなさい、わたしは侯喜を裏切ったりしないわ、あいつをこらしめてやる」
侯喜は妻の言うとおりに地主に交換すると返事をすると、地主は大喜びで「じゃ、わしはお前の家へ引越すからお前はわしの家へ引っ越せ、だがお前の女房はわしに寄越すんだぞ。口約束だけではだめだ、村の確かな人に立会人になってもらい、わしら二人の誓約書を書こう」と言った。「いいでしょう」と侯喜が答えると、地主は何人かの立会人を自分で探し、侯喜の家で準備した立派な宴席で“この取り決めを永久に変えない”と立会人の前で誓約書を書き、料理を食べ酒を飲むと、「ハ、ハ、ハ」と笑い、「じゃわしらは引越しをはじめよう」と言い、侯喜は地主の家へ引越した。地主も侯喜の家へ引越したが、侯喜の妻は地主たちが来ると法術を使い、地主をボケさせ動けなくしてしまった。夜になると侯喜の妻はまたあの薬で地主たちを眠らせ、神筆で描いた侯喜の大きな屋敷の画を巻いてしまうともとの小さな侯喜の家に戻ってしまった。北海竜王の三女は神筆を竜宮へ返し侯喜と夫婦になって交換した地主の屋敷で一生幸せに暮らした。
これが善には善の報いがあり、悪には悪の報いがあるということだ。
語り手 趙福臣 外祖父竜恒礼(故人)から聞いた語り。
採録者 李少華
中国民間文学集成遼寧巻撫順市巻上
付記 原書の語りの展開を自由に想像して読み、原書の語りと異なる部分がある。