568 聴 月 楼

 中国清朝時代の末、山東省青州に住む長者が屋敷の庭に眺めのよい楼閣を建て、書塾の張先生に楼閣に掲げる扁額の揮毫を依頼した。頼まれた張先生は張り切って“聴月楼”と大書した。長者はこの扁額を深く考えもせず下男たちに楼閣に掲げさせた。

 それから数日して長者の娘婿がこの扁額を見て「お父さん、これは誰が書いたんですか」

と聞いた。「うちの書塾の先生だ」と長者が答えると娘婿は「この先生は学がないですね、こんな先生に教えられては子供たちが可哀相です、お父さん、“聴月楼”なんておかしいですよ、月が何か言うわけはないから聞くことなんかできません、これは“望月楼”とすべきですよ」と言った。長者は確かに月は見るもので聞くものではない、娘婿の言う通りだ、あの先生はそれが分かってないと腹をたてていると、そこへ張先生がやって来たので長者は怒った声で「先生、あと二ヶ月で年末だ、年末になったら別の書塾へ変わってくれ」と告げた。張先生驚いて「変わってくれってどう云うことです」と聞くと、長者は「先生、

扁額の三字は一字違っているじゃないか、何が“聴月”だ、家へ帰ってよく考えてみろ」

と言った。張先生、「アー」と長い溜め息をついて「聴月の二字は大きな意味があるんです、

聞いてください」と言い始めると、長者は聞こうともせず袖を振って行ってしまい、それっきり何日も張先生に口も聞かなかった。

 こんな事があった数日後、新状元になった蘭田が祖先の祭りに故郷に帰る途中、青州の公館に立ち寄った。張先生それを知ると蘭田状元がいる公館へ行き、門番に「ご苦労だが蘭田状元に昔の老師が会いに来たと知らせてくれ」と言った。門番は慌ててこれを蘭状元に告げると、蘭田は昔の自分の老師が来たというのですぐ公館の正門を開けさせ、自ら老師を迎えに出た。だが正門に入って来た人は教師らしいが面識はない、蘭田は不思議に思っていると、張先生は「やあー」と手を振りながら鷹揚な態度で「中に入って話そうじゃないか」と言った、蘭田は自ら迎えに出ているのに、ここでゴタゴタするのはまずいと、

張先生を公館の中に入れた。すると張先生は丁寧にお辞儀をして「わたしはあなたの老師ではありません、どうかわたしの無礼を許してください」と膝をついて謝った。蘭状元は張先生に手を差しのべて「いや、謝ることはありません、だが何故わたしの老師などと嘘をついたのです」「わたしが状元にお願いがあると申し出ても、公館の正門は開けて貰えないと思ったからです」それを聞くと蘭状元は笑って「願い事って何です、言ってごらんなさい」と言った。

 それで張先生は話し始めた。「お互いに知識人ですから古人の詩を述べ、四書五経を読んで聖人に学びますがその聖人に免じてわたしに状元のご判断を仰ぎたい事があるのです。わたしは独り身で息子も娘もなく、書を教える以外に特別な能力もありません。それに年も取り辛うじて長者の私塾の教師として糊口をしのいでいる有様です。先ごろ長者が屋敷の庭に楼閣を建て、わたしに扁額の揮毫を依頼してきたのでわたしは“聴月楼”と題しました。ところが長者は“聴月”を間違だと言い張るのです、わたしが“聴月”の解釈をしても長者は聞こうともせず、わたしに出て行けというので、全く困ってしまったのです」それを聞くと、蘭状元はすぐ「あなたは何故“聴月楼”と題したのですか」と聞いた。すると張先生は一首の詩を示した、蘭状元はそれを見て感服し「立派な詩です、まさにわたしの老師です」と言い、明日長者の屋敷へ行くことを約束して丁重に張先生を送った。

 翌日の朝、蘭状元は供の列を従え長者の屋敷へ向い、騎馬の者を先行させ長者に状元の老師張先生に会いたいと知らした。長者は蘭状元が張先生に会いに来ると分かると屋敷の大門を開き、赤い絨毯を敷き、楽器を鳴らして盛大に状元を迎えた。蘭状元が書斎に悠然と構えている張先生に弟子の礼を捧げると、張先生はそれを押しとどめ「わしは無学で愚か者だから礼はいらぬ」と言った、すると蘭状元はわざと「老師、何故そんな事を言うのです」と張先生に聞くと、張先生は蘭状元を長者の庭へ案内し、“聴月楼”のあの扁額を指差し「わしはこの三字をよいとするのだが、人々は違うと言うのだ、状元の解釈はどうかな」と言った、蘭状元は微かに笑い、昨夜張先生が書いたあの詩を壁に書いた。

 聴月楼空に接し、楼高く月を聴く、穏やかな羽衣の楽、桂伐る斧音静静、

 臼を回す水車の音、薬草叩く杵の音、時に一陣の清風吹き、仙女の笑声を聴く

書き終わって蘭状元が筆を置くと、人々は一斉に手を叩き、この“聴”の題字は素晴しいと誉めそやした。長者は確かに聴の字は望の字よりも良い、張先生は本当に学があると分かり、それから張先生を追い出すどころか、尊敬するようになったということである。

語り手 姜興業 採録者 張貴洲 中国民間文学集成遼寧巻撫順市巻(上)

注 蘭状元の蘭の字は、原書に記載された字体がなく同音の蘭を当てた。