565 伊将軍と養女

 清朝道光年間、沈陽に伊という将軍がいた。ある晩、実家から老母が病気だという手紙が届いた。親思いの伊将軍は銀貨を持ち旅装を整えると、すぐ馬を用意し一人で故郷の母の病を見舞いに出発した。

 夜半に沈陽城を出るや、伊将軍の心ははやり馬もまた快走した。走りに走ると伊将軍は前面に荒れた墓場を見つけ、そこから白い喪服をつけ驢馬に跨った人影が出て来るのを見た。将軍は手綱を引き馬をゆっくり進めると、月の光に照らされたその人影は目の前の部落に向かって行く。将軍は“こんな夜更けに誰が白衣を身にまとい墓場から出て来たのか、幽霊ではないか”と考え、これは誰かの家に災難がふりかかるかも知れないと思い、将軍もまた部落に向かった。将軍の馬が部落の入り口にかかると、白い人影は驢馬から下り、ある大きな屋敷(四合院)の前に立ち、一瞬身を翻して屋敷の高い塀の内側に消えた。

 伊将軍は高い塀の大きな屋敷の前に立ちじっと見つめ、この屋敷は普通の民家ではない暮らしもきっと良いのだろうと思った。将軍は表門に進み門を叩いた、出て来たのは裕福そうな老人であった。将軍は丁寧に礼をし「およびたてして申し訳ありません、私は沈陽大絲房の商人ですが所用で晩くなり城門に入れなくなりました、一夜の宿をお願いいたしたいのですが」と言った。老人はこの家の当主で、将軍が立派な馬を牽いているのを見て器量の大きい大商人だと思い屋敷に案内し、二人の息子の嫁を呼び将軍に料理と温かい酒の準備をさせた。

 老人は八人用の大きな食卓を出し、将軍を席につかせた。将軍は話しながら家の外と内の様子を探っていた。やがて酒と料理が出ると老人と将軍は酒を飲みながらお喋りをした。老人は二人の息子がいるが今は仕事に出ているので二人の嫁が留守居をしていると言い、長男の嫁をあれこれと褒めた挙句、次男の嫁は何でも下手で駄目だとけなした。そのうちに次男の嫁が将軍と義父に碗に盛ったうどん汁を持って来たが、何かにつまずき「ア!」と声をあげ、うどん汁の碗を落としてしまった、碗は割れ、うどんは散らばって落ちた。老人は箸を置き、次男の嫁の落ち度を責めたが将軍がとりなし、老人は黙った。

 二人の嫁が落ちたうどん汁を片付け、作りなおそうとするので将軍は「いりません、私はお酒をたっぷり飲んでお腹が一杯です、そうなさらずに」と断った、だが老人は酒だけ飲んでうどん汁を食べなければいけないと承知せず、うどん汁をまた用意させた。間もなく次男の嫁がうどん汁を持って来た。うどんは細くて長く、とても美味しくできていた、将軍はこの嫁は作るのも早いし味も良いのに、どうして老人はこの嫁を悪く言うのだろう、何かわけがあるなと気を配った。

 食事が終わって将軍と老人は床についた、将軍は横になって老母の病を案じながら、さっきの事を思い出していた。次男の嫁がうどん汁を持って来た時、後ろから白い足が出て次男の嫁がつまづいた、あれはあの幽霊の仕業だったのではないか?と思いつき、これは確かめねばと思った。老人が眠りに入ったあと、将軍は靴下のまま外に出ると西の棟の部屋に灯がついていて次男の嫁が誰かと話している。将軍はそっと窓の下に近寄り、唾で紙の窓に孔をあけ、真っ直ぐ大工が直線を見るように目を据えると、白い人影が次男の嫁に「死ね、死ねば心も静まるし、人から意地悪されることもない、生きていても苛められるだけだ」と言った。次男の嫁は泣きながら「あたしの実家は貧しく嫂さんの実家のようにお金も力もなく、嫁いで来てからずっと義父さんから白い目で見られて来た、夫は何時もいなくて、あたしのこの苦しみを誰に言ったらいいのか、本当に死んだほうがいい、そうすれば毎日苛められることもなくなる」と言っている。

 将軍は“ハタッ”と、これは幼い時に母から聞いた陰界から転生する幽霊が現世に身代わりを捉まえに来たのだと気がついた。どうしたらいいか?このまま次男の嫁が身代わりにされ死ぬのを見過ごすことは出来ない。そう思った時、幽霊は縄を出して次男の嫁に「見てご覧、この中が極楽だよ」と言うと次男の嫁を抱え腰掛の上に立たせ首に縄を掛けた。これを見た将軍は窓を破るや、鋭く険しい顔で部屋の中に飛び込み幽霊を蹴飛ばした、次男の嫁は腰掛から転がり落ち、転生幽霊は将軍を天界の神と思ったのか一塊の風となって逃げた。

 将軍が次男の嫁を連れて部屋へ戻ると、家中の者がみんな目を覚ましていた。将軍は転生幽霊が次男の嫁を身代わりにしようとしたこと、転生幽霊を追い払ったことを話した、老人は驚いてこの大商人に感謝すると、将軍は「わしは商人ではなく沈陽城の伊将軍だ」と本当の身分を明かした。老人は何も知らずにいたことに驚き、二人の嫁にお茶の支度をさせた。すると将軍は涙を流している次男の嫁に「娘や、どうしてわしが分からなかったのだ、わしはお前が小さい時の義父ではないか」と言った、聡明な次男の嫁はすぐ将軍があたしを助けるために義父だと言ったのだと気がつき、将軍の前に跪き叩頭の礼をした。

 老人はこれを見て次男の嫁が伊将軍の養女であれば自分の身の上にも強い力がつくと思い、「今まで次男の嫁に冷たく当たり、辛い思いをさせてしまった、また今晩は将軍が助けてくれなければ大騒ぎになった」と言うと、将軍は「家族に不公平であったから転生幽霊を招いてしまったのだ」と言い、懐から二十両の銀貨を出し二人の嫁に十両ずつ渡した。 長男の嫁もまた聡明で、すぐ伊将軍の前に跪き「もしあたしが嫌いでなければ、あたしも養女にして下さい」と言った。将軍はハハハと笑い、「よし、そうしよう」と言った。将軍は一晩の宿で二人の娘を得たのだから嬉しくないことはない、老人と将軍はまた改めて杯を交わし、二人の娘も料理を勧めた。その晩を語り明かした将軍は翌日故郷の実家に病の老母を見舞った。

 それからこの老人の家族も和気藹々に楽しい日々を過ごしたということである。そして伊将軍が転生幽霊を打ち、娘を救った話も伝えられた。                                      (譚振山故事選)