555 風雨姉妹と大鬼
緑の山、清らかな水に恵まれたある山里に趙、銭、孫、李、周、呉、鄭、王という八戸の家族が豊かで平穏に暮らしていた。
さて、陰界に棲んでいた閻魔大王の義弟の大鬼が陰界のさまざまな苦業に飽きて、人間界に遊びに行こうと考え、この八戸の小さな村へ陰界の狂風に乗ってやって来た。大鬼はこの村の美しい緑の山、澄んだ水の流れ、整った家々を一目見てこの村なら何でも美味い料理と酒にありつけるとしばらくこの村に住みつくことにした。大鬼はそう決めると体を揺すりロバのように長い顔をした大男に変わり、村の真中の十字路に立ち、手を腰に当て胸を張り、大声で「村人ども聞け、閻魔大王は俺の姉の夫、俺は閻魔大王の義弟、その俺が今日、お前たちの村にやって来た。美味い料理と酒を丁重に捧げて持って来い、従わぬ者があれば生かしておかぬぞ」と叫んだ。
小さな村の中に響いた大鬼の声に、村人はみんなワイワイ言いながら出て来た。初め村人たちは馬面のおかしな奴が来たと、男に化けた大鬼を囲み大笑いした。これに大鬼は火のように怒り、また体を揺すり、もとの大鬼の姿に返った、驚いた村人たちは「キャア」と叫びみんな地面に這いつくばった。この大鬼のもとの姿は恐ろしい図体で凄い形相…大きな口に鋭い牙、目は丸い灯篭、手は大きな箕のようだ。大鬼は自分の形相に驚いて地面に這いつくばった村人を見下すと得意そうに笑い「ハハハ、お前ら本当の俺さまを見ただろう、そこらの子猫とは違うんだぞ、俺の言うことを聞かぬ野郎はひっつかまえて食ってやる」とうそぶいた。
趙家の主の趙はこの八戸の中の頭で、外のみんなより思慮深くこの災難を避けるのは難しいと判断すると起き上がり「大鬼さま、子供たちが怖がりますからまたさっきの男の姿に戻って下さい」と言った。「お前たち俺の言う通りにするか」「ハイ、します」それからこの八戸の家では順繰りに一日三回、大鬼にご馳走を出す事になった。けれども大鬼が一回の食事に羊一頭、大瓶二本の酒、三斗の米の飯を大食いするとは思いもつかず、たちまち八戸の家では食料が底を尽き、ひと月もしないうちに大鬼は八戸の家の食料を食い尽くしてしまった。人々は大鬼を追い出したいのだが大鬼に災害を起こされるのが怖いし、出て行ってくれと言えば大鬼の姐の夫の閻魔大王からどんな罰を受けるか分からないと、全くとほうにくれてしまい、あとは子供を売って大鬼に食べ物を用意するしかなかった。
ある日、趙は自分の男の子と女の子を売りに行こうとしていた。子供を肉親の父、母が売るなんて出来ようか?趙夫婦は悲しい運命の子供を抱いて子供と一緒に大声で泣いた。外の親たちも晩かれ早かれ自分たちも子供も同じ運命になるのだと思い、みんな大声で貰い泣きし、村中の数十人の老人、両親、子供たちみんなが天地を驚かすほど泣き叫んだ。
ちょうどこの時、上空を雲に乗った天界の風姐と雨妹が通りかかり、この天地を驚かす泣声を聞き、何事だろうと不思議に思い、風姐が雨妹に「雨妹、この下の人たちは何だってあんなに大声で泣いているのかしら?」と言った、雨妹も「姉さん、二人でわけを聞きに行きましょう」と言って、風雨姉妹は雲から降り、趙家の門前に行き集まっている人に「あなたたちどうしたのですか?」と聞いた。趙は涙ながらに「閻魔大王の義弟の大鬼に無理やり料理を食べ尽くされ、もう料理を出せなくなったので仕方なく子供を売るのです」と言った。
これを聞くと風雨姉妹は怒り、「その大鬼は何処にいるの?」と聞いた。「大鬼は食べ飽きると、何もしないで村の西の丘で日向ぼっこして寝ているんです」 風姐は気が荒くせっかちで、すぐ大鬼をやっつけに行こうとすると用心深い雨妹は姉の風姐を引き止め「姉さん、大鬼は腕っ節が強くて頑強だと言うから気をつけて…」「雨妹、何か良い考えがあるの?」雨妹は風姐の耳に何か囁いた、すると風姐はにっこり笑って、着物の袖から八つの団扇を取り出し、八戸の主たちにその団扇を渡し「あなたたち一人ずつこの団扇を持って東西南北八方に散って大鬼を取り囲み、大鬼が何処に行っても、そこにいる人がこの団扇で大鬼を扇いで下さい」と言った。
そこで趙、銭、孫、李、周、呉、鄭、王の八人は一人ずつ団扇を持ってそれぞれの方向に向かって走って行った。
さて、西の丘で日向ぼっこをしていた大鬼は目を覚まし、腰を伸ばし目をこすって見ると日は高くあがって昼どきだ、よし昼飯を食べに行こうと起き上がって村へ向かった。すると前から手に綺麗な団扇を持った可愛い娘が来る、大鬼は嬉しくなって口をすぼめ、アレ、何処の娘だったかな、可愛い娘だとニコニコしながら「可愛い娘さん、あんた本当に綺麗だ、俺の嫁さんになってくれ」と言った。
風姐は大鬼の甘たれた様子を見てぞっとしたが、それを隠してわざと艶っぽい声で「あたしをお嫁さんにしたいならいいわよ、でも何だかあんた怖そうね」「可愛い娘さん、俺のどこが怖いんだい?」「あんたの長い顎が怖いのよ、顎を短くしてよ」風姐に惚れてしまった大鬼はすぐ「それじゃあ、娘さん、鋸で切ってくれ」と言った。風姐は鋸を取り出して大鬼の顎をギコギコと切り出した、大鬼は飛び上がらんばかりの痛さに「痛い!」と叫びたかったが、風姐に笑われると思って、歯を食いしばって我慢した。しばらくして風姐は大鬼の顎を切り落とした。大鬼は顎がなくなり血の流れる顔で「可愛い娘さん、これで俺が好きになったろう」と言うと、風姐は口をすぼめて笑い「ダメ!」と答えた。
「まだ、駄目だって?」「あんたの顔が黒くて見ていると嫌になる、顔の皮を剥がして」「じゃあ、小刀で剥がしてくれ」と大鬼が言うと風姐は鋭い小刀を取り出して大鬼の顔の皮をゾリゾリと削り出した、大鬼は痛くて歯を噛み泣き出しそうになったが、格好悪くて風姐に笑われると思い、目をギュッとつぶって我慢した、しばらくして風姐は大鬼の顔の皮を剥がし取った、大鬼は血が流れる顔を拭きながらフウフウ言って「可愛い娘さん、今度はよくなっただろう?」と聞いた。すると風姐は「もう少しね」「何処かね」「あんたの牙が太くて汚らしいからあたしが切ってあげる」と言った。
この様子を天空で見ていた雨妹は大鬼が風姐の言われるままにされているのが可笑しくて、じっと笑うのを我慢していたがとうとうゲラゲラ笑い出してしまった。大鬼はこの笑い声を聞いてあたりを見回しやっと気がつき、奇声を上げもとの怪しい図体に返ると「お前ら、いったい誰だ?」と怒鳴った。「あたしは風姐」「あたしは雨妹」それを聞くと大鬼は憎憎しい声で「お前らは天上にいて俺は地下にいる、井戸の水と河の水は交わらないないのに、どうして俺の邪魔をするんだ」と言うと、風姐は「お前は人間を苛めているではないか!」と怒鳴った。
大鬼は怪しく笑い「ハハハ、お前ら犬が鼠を捕らえるような余計な事をするな。お前らに言うがな、閻魔大王は俺の姉の夫、俺は閻魔大王の義弟だ、もし俺がお前ら二人の罪状を閻魔大王に一声伝えれば夜中にお前らはたちまち殺されてしまうぞ、それが分かったらお前ら引っ込んでおとなしく俺の女房になれ」と言った。風姐はフフンと笑い、持った団扇を振りながら「お前があたしの団扇の風を受けられるならね」と言った。
大鬼は風姐の団扇が天下の風を吹き起こす無限な神通力を持つとは知らず、天地に響く大声で笑い「言うな!お前が千万力で扇いでも俺はビクともしないわ」と言った。風姐は冷たく笑い「じゃあ、立っててご覧」と言って、持った団扇で軽くひと扇ぎした。するとたちまち大鬼は立っていられず東に向かって吹き飛ばされた、天上にいる雨妹がそれを見て東を指差すと、東に待っていた趙が団扇で扇ぎ大鬼は西に吹き飛ばされた、雨妹が西を指すと西に待っていた銭が団扇で扇ぎ大鬼は南に吹き飛ばされ、大鬼は南に吹き飛ばされると北に吹き飛ばされ、あちこち四方八方に吹き飛ばされ半刻もしないうちに地面に叩きつけられ立てなくなった。それを見ると雨妹は雨雲を呼び大雨を降らせ、たちまち大鬼を泥水の中に溺れさせてしまった。
四方八方に立っていた八人は大鬼が死んだのを見ると、地面に跪いて風姐と雨妹に礼を言った。すると風姐雨妹姉妹は笑って「あの大鬼はあなたたち八人のみなさんが扇いで死なせたのです、あたしたちにお礼なんて」と言って、八人から宝の団扇を返して貰うと、手を振って天界へ帰って行った。こうしてまた趙、銭、孫、李、周、呉、鄭、王の八戸の家族は前のような平和な暮らしに戻った。 (薛天智故事選)