553 桃園の娘

 昔、二人の書生がいた。一人は富豪の息子で一人は貧家の息子であった。ある年、朝廷で官吏登用の国家試験があり、二人はそれを受けようと一緒に都へ上った。
 夏の暑い盛り、二人は背中に汗を流し暑さで目が眩み、喉をカラカラにして行くと前に林が見える、近づくと紅く丸々と熟した桃の果樹園である。富豪の息子は食べたくて涎を半尺も垂らし、手を伸ばして桃の実をもぎ取ろうとした。すると貧家の息子は「盗みをしてはわれわれ書生の誇りを傷つけます」と富豪の息子を引き止めた。富豪の息子は顔を赤らめ、頭を掻き掻き「うん、それはそうだが喉が渇いて死にそうだ」と言った。

 二人は「桃園にはきっと持ち主がいます、その人に幾つか桃を恵んで貰いましょう」「よし、君に任せる。中に人がいれば頼み、いなければ遠慮なく桃を頂戴しよう」と話し合いながら桃林の奥へ入って行くと、果たして萱葺きの小屋があり、その前に一人の娘が立っていた。髪は墨のように黒く、頬は紅く桃の花のように美しい娘であった。富豪の息子は娘を一目見るやその美しさに息を呑み動けなくなり、貧家の息子に突っつかれてやっと気がついた。貧家の息子が「きっとあの人が桃園の主人でしょう、僕が桃を二つ貰って来ますから待っていて下さい」と言うと、富豪の息子は「君、待ってくれ、僕に行かせてくれ」と貧家の息子を引き止めた。

 この道中で宿屋の交渉、飲み食いの世話はみんな貧家の息子がやり富豪の息子は鷹揚に構えていたのに急にこう言い出したのは娘があまりに美しいので娘と言葉を交わしたかったからだ。それに自分の顔や着ているきらびやかな衣装を見れば娘は自分に一目惚れすると思ったのだ。そこで富豪の息子は袖を振り、帽子を被り直し埃を払い、わざと優しく上品そうに振る舞い、娘の前に進むと丁寧にお辞儀をして「お嬢さん、私は国家試験を受けに都へ上る者ですが喉が渇き桃が欲しいのです。試験に一番で合格してから相応のお礼をいたします」と言った。  

 桃園の娘は富豪の息子をよくよく見てから「蜜柑や柿は構わないけど、あたしの桃が食べたいならあたしの四つの問題に答えなければ駄目よ」と言った、「いいです、いいです、どうぞ問題を出して下さい」と富豪の息子が言うと、娘はすぐ「高い中にも高いのは何?低地の中の低いのは何?不味いのは何?蜜のように甘いのは何?」と言った。
 富豪の息子は心の中でこれは易しい問題だと、すぐ口を開いて「高い中にも高いのは天、低地の中の低いのは地面、不味いのは犬の糞、蜜のように甘いのは桃」と答えた。すると娘は口をすぼめて笑い、「あなたは格好ばかりで文章は下手ね。それで一番に合格できるの?それでも桃が欲しいなんて。早く出て行って」と言った。

 富豪の息子は桃園の娘に好意を持たれるように答えたつもりなのに、思いもよらぬ娘の言葉を聞いて猿の尻のように顔を赤くし、気まり悪そうに貧家の息子の腕を引いて「君、早く出よう、この娘は駄目だ」と言った。だが貧家の息子は「僕がもう一度頼んでみる」と言った。「僕が頼んでも聞いてくれなかったんだから君のような貧乏な格好じゃ、初めから相手にしてくれないよ」「あの娘が僕を無視するかしないか試してみる」と貧家の息子は桃園の娘の前に進み、お辞儀をして「お嬢さん、私たちは国家試験を受けに都へ行く書生ですが旅の途中で暑さで喉が渇きました。あなた様の惻隠の情で、私たちに一口の水を恵んで下されば、試験に合格するかしないかにかかわらず、ご恩は一生忘れません」と言った。
 桃園の娘はこの書生は貧しい服装をしているが誠実な人だ、だが文才はあるのかなと思い「水はあたしが出す問題に答えて下さればすぐ用意します。答えが正しければ甘い水は飲み放題、木になった桃も食べ放題……」と言った。
 「どうぞ出題して下さい」  桃園の娘はさっき富豪の息子に出した四つの問題をまた出した。貧家の息子はしばらく考えて「父母は高い中でも高く子は地面で低い。何でも満腹なら不味く飢えていれば蜜のように甘い」と答えた。桃園の娘は何度も頷いて「あなたのこの四句の詩文は都の試験できっと合格です」と言い、一籠のもぎたての桃を貧家の息子に贈った。                                            (薛天智故事選)