551 彩蝶と蜒蜒
運送会社の運転手華鉄成は今年三十六歳、去年の冬、二人の娘を残して妻が急死した。残された上の娘は彩蝶、九歳、下の娘は蜒蜒、六歳。昔から中年で妻を失うのは最大の不幸と言われる。妻を亡くした華鉄成は朝出勤して夜まで働き、帰れば二人の子の面倒をみるという辛い暮らしを強いられた。それで鉄成は毎日が面白くなく悶々としていた。
だが、彩蝶は母親に似て賢く手も器用で隣の張小母さんに助けられながら洗濯炊事を覚え、よく妹の世話もした。朝は妹と一緒に学校へ行き、夜も一緒に勉強した。そればかりか母親を真似て、朝早く起きて父親のお弁当を作り、夜は父親の帰るまで起きていて少しでも父親の負担を軽くしょうとしていた。
国慶節がもうすぐだという時、張小母さんが彩蝶にそっと父親の鉄成が新しい母親を迎えるらしいと教えてくれた。彩蝶は嬉しくなってすぐ妹に話すと蜒蜒は手を叩いて飛び上がり両手で彩蝶に抱きつき「お姉ちゃん、あたいたちにまたお母さんが来れば、お父さんが夜帰らない時でも一緒にいてくれるから寂しくないね!」と喜んだ。
それから華鉄成は何時も嬉しそうな笑顔になり、服装にも気を使うようになった。国慶節の日、鉄成は髪を整え髭を剃り、新しい皮ジャンバーを着てピカピカに磨いた靴を履き結婚式の写真と変わりないような格好で帰って来ると手に提げた袋から飴を出し「蜒蜒、お前の好きなキャンディだよ」と言った。蜒蜒はキャンディの袋を父親から貰うと彩蝶と一緒に飛び跳ね手を叩いて喜んだ。
彩蝶は父の華鉄成が喜んでいるのを見ると、勇気を出して「お父さん、あたしたちに新しいお母さんが来るって本当?」と聞いた。鉄成は笑って「お前たち新しいお母さんが欲しいかい、どう?」と言った。姉妹は声を揃えて「欲しい、欲しい」と答えた。鉄成は娘の言葉に喜んで、蜒蜒を抱きかかえて空へ投げるようにすると大声で「そうか、欲しいか、二三日したらお父さんはお前たちの新しいお母さんを連れて来るよ」と叫んだ。お昼に彩蝶はお父さんの好きな料理とお酒を買って来て、家族三人で国慶節を楽しく過ごした。
国慶節が過ぎて、彩蝶と蜒蜒は毎日新しいお母さんの来る日を待った。けれども何時まで経っても新しいお母さんは来ない、そればかりかお父さんがだんだん怖くなった、お父さんは毎日勤めから帰ると溜息をついて寝転ぶと、煙草の煙をプカプカと猛烈にふかし、なんだかんだと怒り、お碗を投げたり椅子をひっくり返したりした。その度に彩蝶と蜒蜒は恐ろしくて部屋の隅でふるえていた。華鉄成にいったい何があったのだろう?
鉄成が彩蝶と蜒蜒の新しい母親に選んだ趙愛娜は郊外に住んでいてそこから染物工場に通って働いていた。ある時、工場のバスが来なくて、たまたま鉄成のトラックに乗せて貰い、互いに一目惚れして熱い仲になり、二人は結婚を考えるようになったのである。趙愛娜は顔や身なりは艶やかであったが性格は冷たい女であった。それで二三十人の男たちと交際はあったのだがどれも破れ、今年三十三になっても結婚相手が見つからない、何が原因かと言えば趙愛娜が情のない女だったからである。
国慶節が過ぎて間もないある日、趙愛娜が鉄成に会いたいと電話をかけて来た。鉄成はてっきり結婚の日取りの相談だろうと喜んで会いに行くと、趙愛娜は青い顔をで鉄成を睨みつけた。鉄成が一瞬たじろぐと趙愛娜は「華鉄成、あんた騙したわね。独身だと言ったくせに、二人も子供がいるんじゃないの!」と凄んだ。鉄成はハッとして言葉が出なかった。鉄成は自分に子供がいることは結婚が決まってから話すつもりだったのだが、まさか趙愛娜がそこまで調べていたとは気がつかなかった。鉄成は自分が悪かったので小さな声で「あの…あの…、僕が悪かった」と言うと趙愛娜は「いい加減なことを言ってよくも生娘のあたしを踏みにじったわね、どうしてくれるのよ!」と迫った。鉄成はどう返事をしたらいいのか分からなくて、ただ赤くなってうつむいていた。すると趙愛娜は少し言葉を和らげて「アー、もうあたしたちはできちゃたんだからしょうがない、でもあたしが好きなのはあんたで子供じゃない、子供たちがいなくなればお正月に結婚してもいいわ、そうでなかったら、あたし承知しないわよ」と言った。
それを聞いた華鉄成はまだ趙愛娜の心を引き止められると思い、しばらく考えてから「二人の子供は実家に帰す」と言うと、趙愛娜は「フン、実家に帰す?それで子供の姓は華じゃなくなるの?」と鼻をしゃくった。やっと鉄成は趙愛娜の考えが分かり、「それなら子供は他人に渡す」とひどいことを言った、するとまた趙愛娜は「他人に渡したって、子供がこの世から消えるわけじゃない。フン、あんたはあたしを後妻にするんだね、あたしは後妻なんて絶対に嫌だからね!」この言葉に華鉄成はハッと驚き趙愛娜を見つめ「エ!君は僕に二人の子を殺せと言うの?そ…それは犯罪だよ」「人殺しだって犯罪にならない法があるのよ、一服の鼠いらずで解決よ」「ちょっと考えさせて……」すると趙愛娜は鉄成の前で姿態をくねらせ、艶っぽい声で「きーまった!」と言ったかと思うと、今度は無表情な顔で「本当にあたしと結婚したいなら二人の子を消すのが先、あんたが二人の子を残すならあたしたちは絶交!それから…」と思わせぶりに何かを言いかけて行ってしまった。
趙愛娜の最後の言葉は冷たく光る鋭利な剣となって華鉄成の心をズタズタにしてしまった。鉄成はぼんやりしたまま家へ帰ると、ベットに倒れ、煙草をふかし、どうしょう、どうしょうと悩み、何日も何日も眠れず煙草を吸い苦しみ悩み、溜息をついた。鉄成は今年三十六歳、今までの楽しい生活、幸せな暮らしを続けたい、でもそれは妻なくしては得られない。鉄成は美しく艶やかで魅力的な趙愛娜に心を奪われ、趙愛娜と自分の将来の幸せでささやかな家庭に思いをめぐらし、とうとう恐ろしくも二人の子の毒殺を決意した。
十月十七日の夜明け、鉄成は起きるとすぐ早番で出社してトラックで仕事をし、昼十二時半にそのままトラックで家に戻り、まずご飯を炊き鼠いらずを混ぜ、それから卵を割って油で炒めるとご飯と炒り卵を二つのお碗に盛り、竈のわきに置いた。そうしてまた戸を閉めてまた会社へ行き、トラックに乗り午後二度目の仕事を終え、夜六時過ぎに家へ帰った。鉄成は途中で今家で起きているだろう事件を想像した。二人の子供は食中毒で病院へ運ばれ、手当てを受けたが死んで家の周りに大勢の人がつめかけ、騒々しく鉄成の帰りを待っている、そこへ気の強い男の鉄成が帰ってさめざめと泣く。ざっとこんな真に迫った演技を鉄成は考えていたのだ。
だが、トラックを停める駐車場は何時もと同じで変わったところはない。鉄成がわざと警笛を鳴らしてみると、たむろしていた何人かの若者が声を上げて手を振った。おかしい、子供たちは死んでいるのにまだ発見されていないのか?鉄成はドキドキしてきた、慌ててトラックから飛び下り、タタタタと急いで家へ向かい、門を開けたがシーンとしている。足早に近づいてドアーをおすと、中から泣いているような蜒蜒の声がする、もしかすると彩蝶があのご飯を沢山食べて先に死に、少し食べた蜒蜒が姉の様子を見て泣いているのではないか。そう思うと鉄成は思わずドアーをおして家の中へ入った。
すると彩蝶と蜒蜒は料理とご飯と酒の瓶を並べた丸いテーブルの前に座っていて、鉄成を見ると「お父さん」と駆けよって来た。彩蝶は鉄成の手をとり「お父さん、疲れたでしょう、あたしたちが作った美味しいお料理でお酒飲んで」と言った。そして彩蝶と蜒蜒はお箸を持ってあのご飯を食べようとした。それをみた鉄成はいきなり右手で二人の持ったお碗を叩き落とした。彩蝶と蜒蜒は泣きも逃げもせずただ驚いてテーブルの前に立っていた。鉄成は彩蝶と蜒蜒の肩を抱きながら「このご飯は食べられない、お父さんが別に作る、別に作る」と言って、泣きながらご飯を炊き直した。
その晩、華鉄成は何度も寝返りを打って眠れなかった。そして再び趙愛娜に母親のない二人の子を受け入れてくれるようによくよく頼んでみようと決心し、数日後、鉄成は趙愛娜に会い、子供と鼠いらずのご飯のことを全部話した。だが趙愛娜は冷たく笑って「あんたが愛しているのは二人の子、あたしじゃないんだ。あたしはあんたを見損なった、あんたに騙されたんだ」と言うとエンエン泣き出した。鉄成は「愛娜、僕は君を愛している、二人の子は他人にやってしまうから」と何度も頼んだが趙愛娜は「駄目!駄目!絶対駄目!」と泣き叫ぶので鉄成は何も言えずしばらく黙っていたが、やっと絞り出すように「本当に駄目なら僕たちの仲はこれで終わりにしょう」と言った。
すると趙愛娜は「なに?」と言うとみるみる白い顔が赤くなり目を丸くしてまるで怒り狂った狼のように鉄成に迫って来た、驚いた華鉄成が後ろに下がると趙愛娜は口惜しそうに「おしまいだって、うまいこと言うわね、あたしのお腹の子はどうするの?あんたはあたしを騙したんだ、悪者、訴えてやる。そうしてあたしはお腹の子と一緒に毒を飲んで死んでやる!」「アッ!」と鉄成は驚き、もし趙愛娜が本当にそうしたら鉄成は死刑か二十年の懲役だと怖くなり、バタッと趙愛娜の足もとに座り泣きながら「愛娜、愛娜、怒らないでくれ、死なないでくれ。半月のうちに僕はきっと二人の子を消す」と言った。趙愛娜は思い通りになったとみるや「いいわ、もう半月待ってやる!」と言って、振り向きもしないで帰ってしまった。
華鉄成は家へ帰って無邪気な彩蝶と蜒蜒を見るとまたこの子たちに毒を盛るなんてできないと思った、けれども二人の子が消えなければ趙愛娜は自殺してしまう。神さま!どうしたらいいんだ?華鉄成はこの悩みで食欲もなく眠れない夜が続き一日中悩み苦しむ毎日が続いた。ある日、華鉄成は仕事で遠くまで人気のない険しい石の山の道路をトラックで走っていてハッと閃いた、二人の子を遠く離れたこの険しい山に置き去りにしてあとは運命にまかせるしかない。
土曜日の朝、華鉄成は彩蝶と蜒蜒に午後学校が終わったら家に帰らず、学校の南側の道路でお父さんを待て、車で遊びに連れて行くからと伝えた。何も知らない二人は飛び跳ねて喜んだ。学校が終わると彩蝶は蜒蜒を連れてお父さんが待てと言った場所へ行き、お父さんの車を待ち、車が来ると二人は助手席に乗った。蜒蜒はすぐ「お父さん何処へ遊びに行くの?」と聞いた。「山へウサギを捕まえに行くんだ」ウサギと聞くと蜒蜒は喜んで手を叩いた。一時間ほどでトラックは峠に着いて停まった。そこから鉄成は蜒蜒を負ぶい彩蝶の手を引いて、谷間の藪をくぐり、あの険しい山の上に出た、岩を攀じ登るともう太陽は沈んでいた。彩蝶は少し心配になって、鉄成の手をとり「お父さん、暗くなったからもう帰ろう」と言った、鉄成は「大丈夫だ、お前たちこの石の上に座っておいで、お父さんがウサギを捕まえて来てお前たちと一緒に帰る、トラックは早いからすぐ家に着くよ」と言ってぐるりと回って石の山を下り、トラックを停めた道路に出ると、トラックに飛び乗り、ハンドルを握ってすぐ走り出した。
華鉄成が家へ帰るとすでに十時を過ぎていた。天気が急に変わり北風がヒュウヒュウ吹き、雪が降ってきて寒さが骨にしみた。鉄成は門を閉め、家の中の明かりを消して布団を被り横になるとできるだけ気持ちを落ち着かせようとした。しかし、鉄成の頭はガンガン鳴り心臓はドッキンドッキンと早くなり『日が沈み、狼が巣を出る。鶏はとり小屋にいて、狼は子供を食べる』という言葉を思い出していた。
夜、あの人気のない石山の森林は真っ暗になり虎や狼が吠え、彩蝶と蜒蜒は驚いて生きた心地もなくやがて死ぬ…… 鉄成の目には石の上で彩蝶と蜒蜒が手を取り合って「お父さん!お父さん!……」と叫んでいる姿が見えるようであった。華鉄成は考えれば考えるほど心に彩蝶と蜒蜒の姿が浮かんだ。あたりは真っ暗、虎の吠える声が山に響き彩蝶と蜒蜒は抱き合ってもう声も出ない。やがて蜒蜒は泣き出して体を震わせ「お姉ちゃん、お父さんはあたしたちを置き去りにしたんだ!」と言い、彩蝶も泣き出し、妹を抱き「お父さん、あたしたちが邪魔になったのね。あたしたちは他人にやられたってよかったのに……お父さんはどうしてこんな酷いことを……」と無惨に叫ぶ、突然、凶悪な虎が緑の目を光らせて躍り出て彩蝶と蜒蜒に襲いかかる……
華鉄成はここまで想い浮かべるとガバッと飛び起きて狂ったように「彩蝶!蜒蜒!彩蝶!蜒蜒!」と悲痛な声で叫んだ。
真夜中、彩蝶と蜒蜒の名を呼ぶ華鉄成の悲痛な声で、壁を隔てた隣のトラック輸送の隊長の張夫婦は何事かと目を覚まし、鉄成の家の窓を叩き「鉄成!鉄成!どうしたんだ?」と叫んだ。鉄成は頭を抱え泣きながら「子供が……子供が帰らない、帰らないんだ!」と言った。「何だって?」鉄成の返事に驚いた夫婦は戸を蹴破り「子供は何処へ行ったんだ?」と怒鳴った、鉄成は問い詰められて、事の一部始終を話した、夫婦は体を震わせて怒り、鉄成を家から引っ張り出し「急げ!急いで子供を探すんだ!」と叫んだ。
張夫婦は鉄成を連れて車に乗り全速力で山へ向かった。車が山の下に着くと、鉄成が先になってあの石の山に向かって歩いた。夜中に降り出した大雪は山の道を一面に白くしていた。三人は大声で彩蝶と蜒蜒の名を呼びながら雪を掻き分け石の山を登って行くと、石の上に二人の子がじっと動かずい座っている姿が見えてきた。三人は「彩蝶!蜒蜒!彩蝶!蜒蜒!……」と大声で叫んだ。しかし三人がどんなに呼び叫んでも彩蝶と蜒蜒は動かなかった。三人がやっと石の上に辿り着くと、なんと九歳の彩蝶は綿入れの上着の前を開き、六歳の蜒蜒をしっかり自分の胸に抱いているのだった、すでに二人は凍りついて彩蝶の背中には雪が積もっていた。
張小母さんは大声で泣き張隊長も耐え切れず鉄成の襟首を押さえ「見ろ、九歳の子供すらこんなにも妹に優しくしているのに、実の父親が実の子を殺そうと言うのか!お前は…お前は畜生だ!」と怒鳴った。張小母さんは「文句は後にして、この子を助けるのが先よ」と隊長と張小母さんは一人ずつ彩蝶と蜒蜒を抱いて急いで山を下り車に乗せると、自分の綿入れの上着を開いて彩蝶と蜒蜒を胸に抱いた。鉄成はアクセルを踏み、真っ直ぐ市内の病院へ車を走らせた。
“話は風となり、一日千里を走る”華鉄成が実の娘を雪の山に置き去りにして殺そうとしたことはすぐ市内全域に広がり、翌日の午前十時頃には病院の前に千人以上の人が詰めかけた。病院の救急室の外では張隊長夫婦が涙を拭き、鉄成は両手で頭を抱え、しゃがみ込んでビクともしない。そこへ突然、趙愛娜が現れ、鉄成の目の前で「華鉄成、あんたは人の皮を被った恐ろしい狼だ、あんたはどうして実の娘を生きながらに死なせようとしたのよ?あたしはあんたを見損なった、今日限り絶交よ!」と言うなり、見を翻して帰ろうとした。するとしゃがんで頭を上げないでいた華鉄成がいきなり飛び上がって趙愛娜を押さえ「この蛇女、こうなったわけを考えて見ろ、一緒に公安局へ行かなくちゃ駄目だ…」と言い、今までの事を群衆に向かって話した。
人々は華鉄成の話を聞くと火のように怒った。群衆の一人が大声で「お前たちは狼だ、グルになって子供を殺したんだ。その罪は逃げられない」と叫ぶと、群衆の誰も彼もが一斉に「二人を公安局へ連れて行け!」と怒鳴り、何人かの人が二人を掴まえた。そこへ報告を受けた公安局員が来て群衆はまたひとしきり騒いだ。その時、救急室のドアーが開き瞼を赤くした老医師が出て来ると「蜒蜒が目を開けた!」と言ってから一息ついて涙を押さえ「だが、彩蝶は妹のために……彩蝶は自分の熱を全て妹に注ぎ、彩蝶は……彩蝶は死んだ!」と伝えた。
人々の怒りの声は泣声になり、人々は「人殺しを厳罰にしろ!」と高く叫んだ。公安局員は華鉄成と趙愛娜に逮捕状を示し手錠をかけて拘引して行った。やがて白い布に覆われた彩蝶の遺体を白衣を着た人が担架に乗せてゆっくりと歩いて来た。張小母さんに抱かれていた蜒蜒はそれを見ると張小母さんの腕から下りて「お姉ちゃん、お姉ちゃん!あたしのお姉ちゃん」と泣いて叫んだ。 (故事会コンクール一等賞)