549 狼と鴉

 ある処に青桐に覆われた梧桐山という山があった。この山の青桐は幹が太く真っ直ぐで葉は青く大きい。古くから“青桐には鳳凰が降りる”と言われ、毎年春にラッパの形をした桐の花が咲きよい香りを漂わせると、鳳凰が百鳥を従えて飛んで来る。鳥たちはさまざまな色をした美しい羽を広げ、花の間を飛び交い、小さな嘴で可愛い歌声を上げる。
 長年この梧桐山に住む黒い鴉さえほかの季節より春が楽しみで爽やかな明るい空を舞ったり、緑の草、紅い花の山肌に舞い降りたりする。そしてお腹が空くと深い山の谷へ行って、狼が残した肉や腹わたを盗んで食べる。  

 ある時、鴉は狼が残した肉を食べていると、後ろから何かの音が迫って来る、鴉は驚いて木の上に飛び上がり「カアカア」と二声叫んで下を見ると、箒のような尾の一頭の大きな狼が荒地を転がるように駆けて来た。狼は木の幹に座ると下から鴉を見上げて「オイ、鴉の兄弟そんなに怖がるなよ。お前さん毎日山のあちこちでわしを見ているだろう、何で逃げるんだ」と言った。鴉はしばらく様子を探っていたが、フゥと一息つくと「狼の兄ィ、俺も兄ィと仲良くしたいけど怖くてねえ」と言った。狼はそれを聞くと「ホー、鴉の兄弟、何言ってるんだ!世間に狼のわしと仲良くなりたいと思わない奴はいないよ。わしがお前さんをどう想っているか、お天道さんだけがご存じだ。来い、下りて来い、鴉の兄弟、友だちになろうじゃないか」と狼は自分が如何にも善良で温和であるかのように振舞いながら大きな口を広げ、あの並んだ鋭い牙を剥き出して笑った。

 鴉は怖がりながらも喜んで何度も羽を広げて狼の様子を見た。狼は“面倒だ”と思ったが優しそうに「鴉の兄弟、お前さんは何時も木の上、わしは地面にいるからあまり親しくしてなかったがわしがいれば悪いようにはしない、わしが一口少なく食べればお前さんの一日分の食事に十分だろう」と言った。この狼の最後の言葉に鴉は心を許し、羽を広げて狼のそばへ飛び下りた。
 この時、鶯と雲雀は桐の花の間で囀り、孔雀は岩の上で美しい羽を広げていた。山鳩は緑の草を啄み、鶉は泉で水を飲んでいた。狼はそれを見ながらここ数日豚や羊を食べていたから変わった味の物を食べてみたい思いながら、にこにこして「鴉の兄弟、わしは大きく、お前さんは小さいが気が合っているようだ、わしら義兄弟になってこれから何時も往ったり来たりしょうじゃないか」と言った。鴉は喜んで承知し香の替わりに草を挿し、三拝して狼と鴉は義兄弟を結んだ。そして狼は明日鴉の家に行くと言って棲家の洞へ帰った。

 翌日、狼は鴉の家へ行った。鴉が青桐の花の下を狼について歩き回ると、鶯や雲雀は遠くへ逃げて行った。鴉が狼について山に登り岩の上に立つと孔雀は姿を消した。鴉が狼について青草の山道を歩くと山鳩が緑の草の中から飛び立って逃げた。鴉が狼について泉に近づくとすぐ鶉は石の間をそっと抜けて逃げて行った。鴉は狼に悪いと思ってすまなさそうに「狼の兄ィすまないね、怒らないでくれ。あいつら良いも悪いも分らず、付き合いの仕方も知らないんだ」と言うと狼は何も答えずただ不気味な舌づつみをした。鴉は仕方なく「昼時になった、狼の兄ィ、あの青桐の下で待っていてくれ。俺が兄ィの食う物を探して来る」と言って、あっちの山間、こっちの山間を探し回り日暮れになってやっと畑の中に死んでいる雀を見つけた。鴉は羽は疲れお腹は空いたが死んだ雀をくわえて飛んで帰った。が、もう狼は青桐の下で鴉を待ってはいず、黒々とした岩の洞穴の前で、鋭い牙を出し青い目を光らしていた。それを見た鴉は驚いて体を震わせ、思わずくわえていた死んだ雀を空から落としてしまった。

 何日か過ぎ桐の花はしおれ、鳳凰は百鳥を従えて別の処へ飛び去った。それから何日も鴉は何一つ食べる物が見つからなかった。ある日の昼、鴉は空を飛びながら狼が山の洞穴へ羊をくわえて入るのを見ると急にお腹が空いてきて嘴をパクパクさせ、どっちにしろ俺は狼と義兄弟になったのだ、狼は俺に少しは肉をよこさなければ義理がたつまいと心の中で考え、狼の洞穴から遠く離れた処から「狼の兄ィ、今日は」と叫んだ。

 その時、丁度狼は口を羊の腹に挿し込み羊の血を飲んでいるところで、狼は顔をあげ羊の血で真っ赤になった口を見せ「オー、これは鴉の兄弟じゃないか、久しぶりだったな、早く来い、早く来い、わしは肉を食べるからお前は腹わたを食べろ」と言った。鴉はとても嬉しくなって、狼の傍に飛んで行くと心を込めて「狼の兄ィ、俺をこんなに大事にしてくれるなんて、俺は一生兄ィを忘れないよ」と言い、羊の体の上に乗り嘴を伸ばして羊の腹わたを食べようとすると、狼は箕のような大きな口を開け、苦もなく鴉と羊の大きな肉と腹わたを一緒に腹の中に呑み込んでしまった。                                                     (聊斎*子続集)                                                * はサンズイに叉(cha)の漢字