548 鷲と鷹
石榴の花咲く端午になって黒石山の黒石岩の洞穴に住む鷹は鉄葫芦山の鉄葫芦の洞穴に住む昔馴染みの鷲を訪ねることにした。鷹は鷲の洞穴に着くと「鷲の兄貴はいるかね?」と大声で呼んだ。すると鷲は直ぐ出て来て笑いながら「おー、誰かと思ったら鷹の兄貴じゃないか、入ってくれ」と言った。洞穴へ入ると、鷲が「鷹の兄貴、久し振りだな、嘴は太くなり、目は光って前より一層元気になったじゃないか」と言うと、鷹は「兄貴、そりゃあ褒め過ぎだ、俺はそんなでもないよ、兄貴こそ立派な体格だ」などと、ひとしきり互いを褒め合うと、次はそれぞれに自慢話を始めた。
鷲は「俺はピョコピョコ跳ねる蛙は言うに及ばず、空飛ぶ燕だって眼中にない。俺のように翼を広げ万丈高く飛べる奴は何処にもいない」と言えば、鷹も「誰もが鳳凰が一番と言うが鳳凰が何だ、鸚鵡の嘴が鋭くても何が出来る、俺が林に入れば百鳥声なしだ」と言った。鷲が「おー、そうだ。天下に俺たちより力のある者はいない。俺たちは義兄弟になろう」と言うと、鷹は「そうだ、強い俺たちが義兄弟になれば、世の中に俺たちに出来ない事は一つもない」と言った。
こうして鷲と鷹は香を焚き天地を礼拝して義兄弟になり、鷲は鷹より年が上なので鷲が兄貴分となった。鷲が「今日から俺たちは義兄弟になった、これは大いに喜ばしい事だから酒を呑んで祝おうではないか」と言うと鷹がすぐ「義兄さんの言う通りだ、今日は俺たちが義兄弟になった日だから、義弟の俺が酒と肴を用意して、義兄さんに喜んで貰う、ここで待っていてくれ」と答えた。すると鷲は首を振って「それはいけない、俺は義兄だしここは俺の家でお前は客だ、お前がここで待っていてくれ、義兄の俺が餌を捕まえて来る」と言った。鷲はそう言うと鷹の返事も待たず元気一杯に鉄葫芦洞を飛び立ち翼を広げ花のように空に舞い義弟に兄貴分の力を見せつけると、翼をパタパタ振って山の麓に向かって飛び去った。
鉄葫芦山の麓に一人の老婆が住んでいた。老婆は鶏を飼っていたがやっと大きくした鶏を何度も鷲にさらわれるので鷲をやっつけようと考え、鶏籠の下に米粒を撒きそれから一本の高粱の茎を切って鶏籠の一方を支え、その棒の根元に細い紐をつけ窓の縁から家の中へ引き込み、窓の内側から鷲が鶏を捕りに来るのをそっと待って紐を引き鷲を捕えることにした。
さて鷲はもう老婆の家の鶏を食べ慣れていたからまた“サアー”と飛んで来て先ず老婆の家の上空を何回か旋回した。鷲が鶏を捕まえるにはこうして鷲自身の影を地上に映し出すのだ、すると鶏はこの鷲の影を見て驚きみんな一ヶ所に集まる、鷲はそれを狙って“サッ”と地上に飛び降り鶏を捕まえるのである。
鷲はこの日も何時ものように老婆の家の上空を丸く一回、また一回、また一回と三回飛び回った。鷲は目がいいから空から草むらのバッタなどもはっきり見える。しかし今日は“どうも変だ?”鷲はこの前、何回か鶏を捕まえた時は鶏はみんな庭の中にいたのに今日はどうして籠の中にいるのかと疑い、鷲は周りを眺めながらどうしようと迷ったが、肥った柔らかい鶏の肉は酒の肴にはもってこいだからと意を決して降りることにして鷲はまた旋回すると籠の一方が高粱の茎に支えられて開いている、そこから入れば籠に入れる、だが籠から一本の紐が窓の内側に引き込まれているのが心配だ、ここは飛んで逃げるのが一番安全だが、酒の肴はどうすればいいのか、義弟の前で大きなことを言った手前、空手で帰るわけにはいかない。
“エーイ、運試しだ、降りてやれ、大丈夫だろう”と鷲は翼を閉じるようにして籠の前に降りた。すると空から見たように籠は一方が上げられて開いている、入れば入れる。籠の中の鶏は喜んで餌を啄ばんでいたが鷲の影を見て驚き籠の奥に集まっている、前の二回はすぐ鶏を捕まえて飛び上がったのだが今日は籠の外には一羽もいない。鷲はあたりを見て思い切って籠の中に入った。この様子を窓の内側でじっと見ていた老婆は“ヨーシ、入った”と紐を引いた、高粱の茎の棒が倒れると籠は“カタッ”と音をたてて下に落ち、鷲は籠の中に閉じ込められた。
老婆は走って来ると鷲を捕まえ、「この悪者、あたしの鶏を二回も食べてしまって、三回目はそうはさせない、今日はお前をやつけてやる」と怒鳴りながら鷲の頭を殴り続けた。籠に入って鶏を捕れなかった鷲は逃げようとしてバタバタしたが老婆は鷲の首を締めつけながら頭を殴るから息が苦しくなり、我慢出来ず翼を垂れて震えた。老婆はさんざん鷲を殴っても恨みは解けず、鷲を地面に押しつけ翼の羽毛を毟り取りまた毟り取って無様な鷲にしてしまった、それでも老婆は鷲を手から離さなかった鷲は痛くて恐ろしくなって死に物狂いになったが“オー”と声を上げると目の前が真っ暗になり首を下げ気を失ってしまった。
老婆は鷲の羽を毟り取ってしまうと今度は羽の上の大きな翼を抜こうとした。でも年をとった老婆にはもう翼を抜く力はなく、どうしても翼が抜けない、“お湯を沸かして茹でてから翼を抜けば楽だろう”と考え、半死半生の鷲を捕まえていた手を離し「翼が抜けなくてもどうせお前は飛べないからいいや」と独り言を言って、湯を沸かしに急いで家の中へ入った。
話変わって、鉄葫芦洞にいた鷹は待っても待っても鷲が帰って来ないので心配になり「どうして兄貴は帰って来ないのだろう、何か災難に遭ったのではないか?」と思うとじっとしていられなくなり、翼を広げ山から飛び出して鷲を探しに出かけた、老婆の家の庭の上を何回か飛び回ってはっきりとこの様子を見て鷹は驚き「アレー、大変だ」と声を上げ一気に“サアー”と降りて半死半生の鷲をくわえて飛び上がった。上空にはまだ太陽が高く照り、涼しい風が吹いていた。こうして鷲は鷹に助けられて鉄葫芦洞へ戻りやっと気がついた、見ると自分の体の羽毛はみんな毟り取られ、皮がはがれている所もあり、全身傷だらけ血も流れている様を見て声も出なかった。
鷹は驚いて「鷲の兄貴、いったいどうしたのだ?」と叫んだ。すると鷲は体中火のように熱く痛かったが我慢して首を上げ、不服そうに「俺はお前と義兄弟を結んだ祝いに一杯飲もうと考え、麓のババアに鶏三羽よこせと言ったら一羽もよこさねえから喧嘩になり、俺は怒って着ているものを脱いでババアを殴ったんだ、もしお前が来なかったら俺はもっとババアをやっつけていたんだ」と言った。鷹は鷲の話を嘘だとはっきり分っていたが真面目くさって「兄貴、マア怒らないで休んでいてくれ。俺が酒と肴を取ってくる、心配するな、すぐ戻って来る、俺たち二人の祝いの宴会をフイにはしない」と言い、鷲の返事も待たず鉄葫芦洞を飛び立ち、しばらく空高く舞うと翼を水平に伸ばして空を滑りながら東を見西を眺め、どの方向がいいかと悩んでいたが、市場へ行けば牛や羊の肉があると考えを決めると風に乗って大きく翼を羽ばたき、五と十の日に市が開く街に向かって飛んだ。
鷹は山を越え峯を越えて街へ向かった、何時もならこの季節には山は青く花が咲いているのだが今年は日照りで雨が一滴も降らず青い草も伸びず色とりどりの花も咲いていない。日は高く照りつけ、むんむんと翼も体も焦げつきそうだ、それでも鷹は自分を励まして飛びに飛んでどうやら街の市の上空にたどり着いた。幸いまだ市は終わってない。鷹は真っ黒な翼を広げ円を描いて市の上を飛び回り何度も地面に灰色の影を落とした、鷹の黒目の中の黄色い瞳は鋭いのだがいくら目を大きく見開いても肉の市は空っぽだ、棚に吊らされた豚肉も羊の肉もなければ、大皿には砕かれた肉の切れ端もない。鷹はずっと自分は何でも知っていると自惚れていたのだが、県知事が人々に豚や羊を雨乞いの生贄にしろと告示をしたのを知らなかったのだ。鷹は“エエッ、何処にも肉がない、空手で帰っては兄貴に会わせる顔がない”と焦った。
鷹はまた大きく円を描いて市の上を飛ぶと翼が木の梢を擦った、するとその時、丁度その木に繋がれていた一頭のロバが糞をして尻を丸出しにした。その尻が上から見た鷹の目には一塊の肉に見えた、いい具合に人もいない、今だと鷹は肉だと思ってロバの尻に飛びかかった、何も知らないロバは驚いて尻を強くすぼめたから鷹の頭はロバの尻に挟まれ鷹はしばらく両足を命がけでバタバタさせると、まるで闘鶏で負けた鶏のように全身をガタガタ震わせ翼を垂れてしまった。
さて、鉄葫芦洞でしばらく休んだ鷲は前よりも少しよくなったが、今度は何時まで経っても鷹が帰って来ない、待ちくたびれた鷲は「鷹の義弟は行ったきり帰って来ない、何かあったんじゃあないか」と独り言を繰り返すと鉄葫芦洞に待っていられなくなった。鷲は小さな羽は毟り取られていたが、大きな翼は何ともないので翼を広げて飛び、しばらくして市場の上空に着いた。鷲は何回か空を回っているうちに鷹に何があったのかはっきりと分り、すぐ降りて行き、鷲の鋭い爪で先ずロバの頭を掴んだ、ロバは驚いて体を震わせ尻が緩んだので頭をロバの尻に挟まれていた鷹は地面に落ちた。鷲はその鷹を掴んで飛び上がった。鉄葫芦洞へ戻った時、鷹はハアハア息をついていたが、長い時間の後やっと気がついき黒目の中の黄色い瞳も開いてきて、息も戻った。
鷲に「義弟よ、お前ロバの尻で何していたんだ?」と聞かれた鷹は自分の面目が潰れると思い首を伸ばし「兄貴、あの野郎はあの婆さんよりずっとやっかいだった。俺は今日の肴にあの野郎の肝をよこせと言ったがよこさないからあの野郎の尻の穴に首を突っ込んで肝を引っ張り出してやろうとしたんだ。兄貴が来なけりゃ俺はあの野郎の尻の穴から肝を引っ張り出したんだ」と言った。勿論、鷲はこの鷹の話を信用しやしない。
見栄ぱりで大法螺吹きの鷲と鷹は二羽とも命からがらだったのに少しも恥じを感じてないのだ。 (聊斎*子続集) *はサンズイに叉(cha)の漢字