539 毛生え薬(鳥梢蛇)

 昔、母親の作った豆腐を売り歩く禿げ頭の王三という貧乏な若者がいた。
 ある日、豆腐を売り終わって花の咲く庭の角を曲がると、庭の中の楼閣の上と下で娘と若旦那らしい男がひそひそ話している、耳をすますと娘が「三日経ったらあんた石で合図して。あんたが一つめの石を投げたらあたしは急いで下女と身支度するわ、二つめの石を投げたら指輪首飾りなどをまとめておくわ、そしてあんたが三つめの石を投げたらあたしは塀を越えて外に出るから一緒に逃げよう」と言っている。王三は“駆け落ちの相談だな、その包みを貰えばいい儲けになる”と思いついた。

 三日目の晩、王三は早めに楼閣の下へ行き、深夜まだ若旦那が来ないうちに石を楼閣に向けて投げた“ポトッ”と音がすると、楼閣に灯がついた、少し間をおいて王三が二つめの石を投げると楼閣の中で包みを作る様子が見えた、三つめの石を投げると、ゆっくり二つの包みが塀の外に出た、王三は片手で包みを一つ受け取ると、もう一つは肩に担いで走り出した。
 女中と娘は王三をてっきり若旦那と思い込んで後を追いかけた。女中が「ゆっくり行って下さい、追いつけません」と言ったが王三は声が違うと分ってしまうから何も言わない、だが大きな包みは一つが四、五十斤、二つで八、九十斤もする、さすがに王三も疲れ、止まって息をつぐ、女中と娘は歩いてついて来るが何も持たず身が軽いからすぐ王三に追いつく、王三は追いつかれるとまた走り出す、こうして走る追いつく走るの繰り返しで遠くまで来た。  

 夜が明けて、また女中と娘が王三に追いついた、見ると若旦那ではない、「あんた誰?」王三は慌てて「お二人さん、すみません。娘さんと若旦那の駆け落ちの話を聞くと、わたしは貧乏なのであなたが持ち出す包みを拾おうと思ったんです」と言った。
 女中と娘はそれを聞くと人違いを悔やんだが、娘は“もう出てしまった家には帰れない、嫁入り前の娘が駆け落ちしたんだから両親はあたしをもう見放している”と考え、仕方なく「あたしはもうこうしてお前さんについて出てしまったのだから家には戻れない、一緒に行こう」と言って三人はまた歩き出した。娘が足が痛くて歩けなくなると女中が娘を助け、そのまま六、七日歩き続けた。

 そしてある村に着くと娘は「あたしの持って来た指輪や首飾りを工面して家を探し、この村に住もう、そして鞋や帽子を作って、それをお前さんが市場で売り、それで暮らすことにしよう」と言った。そこで不動産屋に家を探させたが別々に住む家はなく、部屋が三間で静かだという家があった。三人は話し合いをしたがほかに方法はないのでそこに住むことにした。三間ある奥の部屋が娘と女中、王三は外側の部屋に住むことにした。それからみんなで鞋や帽子を作り、それを王三が市場で売りその金で米や柴を買って暮らした。

 こうして一年あまりが経った。ある日、王三が市場へ行ったあと下女が食事の支度をし、香りと湯気を立てて粟粥を炊いていると、編み戸にいた白い蛇が熱い湯気にあおられて、“ポトン”と粟粥の鍋の中に落ちてしまった、下女は急いで鍋に蓋をして火を燃やし、この蛇を茹で上げ、尻尾から掬い上げて捨てた。
 鞋と帽子を売りお腹を空かして帰って来た王三に下女は知らんぷりしてこの粟粥を食べさせた。ところが王三は何時もより十倍も美味しいと何杯も食べ、お腹が石榴のようにふくらんで眠くなり「疲れた、早寝だ」と寝てしまった。

 翌朝、明るくなっても王三が起きて来ないので、下女は“あの人あの粟粥を食べてどうなったかしら”と見に行くと禿げ頭だった王三は真っ黒な髪の毛がふさふさ生え、これ以上美しくはなれまいと思われるほど眉目秀麗な青年になっている、下女は慌てて娘にこれを知らせた。
 娘が王三を見に行くと王三は美しい青年に変わっている、これはどうしたことかと下女に聞くと、下女はこれまでの事を話した、娘は王三を見て王三と正式な夫婦になろうと思い、王三を起こすと「お前さんとあたしはこんなに長く一緒に暮らしていて外聞も悪いから夫婦になろう」と言った、王三は「それはいけません、わたしはこんな姿であなたとでは釣り合いません」と答えた、娘が「あんたは変わったわ、鏡を見てご覧らんなさい」と言うので、王三は自分を鏡で見ると娘の言う通り自分がいい男前になっているので娘と結婚する気になった。

 それから娘は「あたしは家出してから一年余りになった、父も母も心配しているから家へ帰る、あたしが家へ帰ることを父も母も待っているだろう」と言うので王三は承知して娘の家へ帰った、両親は娘が帰って来たのでどうしたのだと聞いた、娘は今までの事をみんな話した、老父はそれを聞くとほかに良い方法もないし、娘の婿もいい男だったので承知した。

 これが世に広がると何人かの漢方医がこの蛇を調べこの蛇が鳥梢蛇であることが研究で分り、頭の禿げやハンセン氏病の治療に役立つことが分った。現在ではハンセン氏病の治療には化学薬品が使われているが、その時代にはなかったので鳥梢蛇、白花蛇が治療に使われ、鳥梢蛇、白花蛇一匹の値が高くなった。やがて外国人も買いに来るようになり、この蛇を一匹捕まえて役所へ持って行くと一年の年貢米が免除された。それから鳥梢蛇は禿げとハンセン氏病に効果がある薬として中国では長い間この薬が使用されていた。                                                          (四老人故事集)