538 犬の死体で夫を諌める
東北の四平に広大な田畑、満貫の金、家畜の群れ、絹織物などなど何でも持った大金持ちの老夫婦がいた。老夫婦には兄が李仁、弟が李義という二人の息子がいた。やがて老夫婦が死んでその遺産が兄弟二人に平等に分けられ、李仁と李義は大きな財産を手にした。
だが、李仁は不幸にも大火に遭い、家屋敷など全財産を失い、田畑さえ売り何年もしないうちに貧乏になり、夫婦は村の西はずれの破れ小屋に住み、物乞いをするようになった。
李義は怠け者やならず者の遊び仲間と付き合い、屋敷の前に遊び仲間との宴会場まで建ててしまい、毎日そこで遊び仲間と飲んだり食ったりして、金はみんな李義がもった。この遊び仲間には和尚、道士、物乞い、物売り、職人、ごろつきなどなど、いろいろな人間がいた。
この連中が李義と付き合うのは李義を騙して、ただで飲んだり食ったり、何日も泊まったり、借金しても返さず、出かける時の旅費までせびれるからだ。こんな具合で李義の財産はすぐ半分になってしまった。
ある日、また宴会場に六十卓設け、遊び仲間と飲んだり食ったり真夜中まで大騒ぎしていた。そこへ李義の女房が提灯を提げてやって来た。李義の女房は宴会場に直接入らず、料理を食べたり酒を飲んだりしている遊び仲間に「あたしの夫に家に用事が出来たからと言って下さい」と伝えたので遊び仲間たちがてんでに「李の旦那、用事があるってさ」と言い出し、「李の旦那、何の用事です?」と李義に聞いた。
李義は「何でもない、みんな飲んでくれ、何の用事か話を聞いてすぐ戻ってまたみんなと一緒に飲むから」と言って宴会場を出ると、女房がおどおどしながら提灯を提げて立っている、「お前こんな時に何の用事だ?」「うちに事件が起きたのよ」「何?早く言え」「うちの薪小屋の中に人が殺されているのよ、誰がやったのか分らないけど、早く始末しないと明日、うちは殺人事件で訴えられてしまう、あんたどうしたらいいか言って?」
これを聞いた李義は怖くなって「見に行くから、お前、提灯を持って先に行ってくれ」と言った、女房は「いいわ」と言ってふうふう言いながら先に歩き出し、李義もおっかなびっくり後から一歩一歩屋敷に近づき、裏の薪小屋の戸を開けて中に入った。先に立った女房は提灯を高く上げて「見て、これよ」と言った。
李義はそれを見ると、間違いない。礼服を着て帽子を被った人が血を流して倒れている。李義はますます恐ろしくなって「お前、どうしよう?」と言った。
すると女房は「あんた考えなさいよ、あんたにはお役人、地回り、口利きなどいろんな友達がいるんだから宴会場へ戻って残った料理を片付け、また新しい料理とお酒を出し、みんながまた飲んで酔いが回りあんたに何の用事だったと聞いたら、こういうわけだと話してあたしたちが殺人事件巻き込まれないような良い方法を友達に考えて貰いなさいよ」と教えた。それを聞くと李義は「そうか!よし!よし!お前は帰って家で待っていてくれ、俺は宴会場に戻る」と言った。
李義が宴会場に戻ると、遊び仲間の連中は口々に「李の旦那が戻って来た」と叫んだ。「戻ったよ」「何の用事でしたか?」「なに、たいした事じゃない。さあ、残った料理を片付け、新しい料理でまた飲み直そう」とまたしばらく飲み食いすると、遊び仲間の連中は酔って、また「お内儀さんが李の旦那を呼びに来たのはいったい何だったんです」と聞いた。
そこで李義は連中に「ちょっとした事なんだが、わしの家の薪小屋の中で人が殺されていたんだ、夜が明けたら殺人事件でわしは訴えられてしまう、みんな良い方法を考えてくれ」と言った。それを聞くと遊び仲間の連中の一人が「みんな、飲んでてくれ、わしは小便だ」と立ち上がった、するともう一人が「俺も小便」と言って出たまま戻らない。
するとあっちの一人が「大便大便」と言い、こっちの一人が「頭が痛くて少し気分が悪い、涼んで来る」と言って出て行ってしまう、別の一人は「あいつらどうして戻って来ないんだ、ちょっと見て来る」と出て行く。こうして一人また一人と六十卓四百人あまりの連中がちょっとの間にいなくなって、李義一人になってしまった。
李義は慌てて家に帰ると女房は「どう?どうするの?」と聞いた、「ああ!駄目だ!お前が言う通り新しい料理と酒を出し直してみんなに飲ませたが、俺が一言あの事を話すと連中はみんな口を開いたまま何も言わないんだ、それどころか、俺は糞、俺は小便、俺は頭が痛いなどと言って出て行き、残されたのはわし一人だ」と李義が答えると、女房は「あんたはあんなに大勢の友達との付き合いに家の財産の大半を使ったのにたった一人の友人もいないの、それじゃあたしたち夫婦は明日捕まるのを待つばかりね。もう良い方法はないわ」と言った。
李義はがっかりして「明日捕まったらもう帰れない、お前こそ何か良い方法を考えてくれ」「あたしだって駄目よ」「お前が考えてくれなきゃ、わしはもうおしまいだ」「あたしたちにはもう道はないけれど、まだ乳兄弟の兄さんの所があるわ、この時間じゃ破れ小屋でもう寝ているかもしれないけど、一緒に行ってみよう」「じゃあお前行ってくれ、わしは行かない」「どういうわけ?」「どういうわけ?年越しの時兄貴は米や粉を借りに来たが俺は兄貴に何も貸さなかった、兄貴は俺を恨んでいる、その俺がどうして兄貴に会えると思う?お前行くなら一人で行け」「あたし一人が行ったって駄目、あたしは弟の女房、あんたは同じ乳を飲んだ兄弟だから、助けてと言えば肉親の兄さんが聞いてくれないわけはない、一緒に行きゃなきゃあ駄目よ、あたしが先に行くからあんたは後からでいい、あたしが嫂さんを呼んで戸を開けて貰い、中に入って跪いてお願いすれば聞いてくれる」李義はやっとその気になって「じゃあこうしてはいられない、ぐずぐずしていればすぐ朝になってしまう」と夫婦で出かけた。
李義の夫婦はやっと兄の破れ小屋に着いて、李義の女房が「嫂さん、開けて」と言った、兄の李仁夫婦は腹は空いているし、布団は冷たいから眠れないでいるが聞こえないふりをして返事をしない、それでも何度も何度も叫ぶとやっと「誰?」と返事があった。
「嫂さん、あたしです、」「こんな真夜中、貧乏たらしのうちへ何しに来たの、三年も福運のない貧乏家に来ても何もないわよ」「嫂さん、開けてください、用事があるんです」「貧乏人に何を頼もうと言うの、帰りなさい、年越しに何を借りに行ったって何も貸してくれなかったくせに、開けやらないわよ」嫂が何時までも戸を開けないと、李義はいらいらして、足を踏み鳴らし「帰ろう」と言った、女房は「せかないで、もう一度頼むわ、…… 嫂さんどうしても開けてくれないの」と言った。
すると嫂は可哀相と思ったのか草で葺いた戸を開けてくれた。だが家の中は真っ暗、僅かな月の光の中を手探りで李義と女房は兄の李仁の前に進んで何も言わずに跪いた。嫂は「こんな真夜中にあんたたち何しに来たの、早く言いなさい」李義の女房が「はい、うちの薪小屋に人の死体があったのです、明日訴えられたら大変です、義兄さん何か方法を教えて下さい」李仁はそっぽを向いていたが、それを聞くと振り向いて「俺は乞食で何も出来ない、俺にはお前の大勢の友人のような力はない、金も無ければ力もない。俺がお前を助けることは出来ない、早く帰れ」と言うと李義の女房は「義兄さんわたしたちは肉親の兄弟です、李義の友人はみんなならず者であたしたちを助けてくれません」と綿々と話した。
それを聞くと李仁は「よし!こうしよう、わしらは兄弟だ、お前が明日訴えられないようにわしが考えるからお前たちは帰れ」女房は李義の手を引いて帰った。李仁の女房は「あんたどんな方法があるの?」李仁は「俺に考えがある、ツルハシとシャベルを担いでそこへ行けば、解決だ」「あんた早く行って、すぐ夜が明けるわ」李仁はツルハシとシャベルを担いで弟の家へ行き、裏の薪小屋を見ると間違い無い、人の死体がある、すぐ死体を袋の中に入れしっかりしばり、腋に抱え西北の山の下に行き、穴を深く掘りその死体を埋めて李義の家へ戻り「俺が死体を始末したから明日お前は訴えられないですむ」と告げると李義の夫婦に見送られて帰った。
夜が明けても死体を見つけた人はなく何事もなかった。李義は「やっぱり俺の兄貴だ。あんなに大勢いた友達は俺に金、田畑、家畜など大半の俺の財産を使わせるだけで何も助けてくれなかった。だが兄貴は俺が何もしてやらなかったのに兄弟の情を忘れず俺を殺人事件に巻き込まれないようにしてくれた」と言って、担ぎ手四人の輿で兄夫婦を我が家に迎え、嫂を老母のように敬い、李義夫婦と子供たちは兄夫婦を大事にした。それから李義はもう狐や狸のようなくだらない者たちと付き合うことはなかった。
実はこれは李仁と李義の女房が一匹の犬を買って仕組んだ芝居で、犬の皮を剥ぎ衣装を着せ人の死体に見せかけたのだ。それで夫を諌める事を“犬の死体で夫を諌める”と言うようになった。 (四老人故事集)