535 魂、三千里走る

 昔、首切り役人と義兄弟になった人がいた。二人は肉親のように情を交わし一心同体と言ってもいいほどであった。安穏な暮らしは長くは続かない、その人は罪を犯し死罪の囚人となって牢に繋がれた。首切り役人の義弟は牢に繋がれた義兄の様子を見たり食べ物を差し入れたり、出来るだけの事はしてやった。

 昔、死刑囚の首切りは霜の降りる時期に刀で行われた。霜降りの時期が迫ると、二人は牢の中で抱き合って泣いた。首きり役人は「ああ、義兄さんの死期が迫った、わたしは義兄さんの首を切らなければならない」と言って泣いた。かって二人の友情が深かった頃、首きり役人の義弟は義兄の首を見ながら首を切るには何処がいいかと言うと義兄はその試しに応じたこともあった。

 首切り役人は「わたしが義兄さんの首を切るのは耐えられないが、首を切る直前にわたしが義兄さんの背中を叩き、義兄さんの名を三回叫んで刀を振り下ろせば、義兄さんの体は死んでも、魂は抜け出て死なない」と言った。処刑の日、首切り役人は義兄の首を切る時、先ず義兄の背中を強く叩き、その名を三回大声で叫び、歯を噛締め、心を鬼にして刀を振り下ろし、義兄であった友人の首をすぱっと切り落とした。

 首切り役人は義兄の首を切った後、県の役所に赴き県知事に「わたしは首切り役の役目柄とはいえ、親しい友人の首を切りました。それで首切り役人を続ける気がなくなりました」と申し出て首切り役人を辞めた。
 首切り役人を辞めた男は半年余りぼんやり暮らした後、妻に「俺はお前と所帯を持ち仕事も終えた、これからはお前が家を守ってくれ、俺はまだ見ぬ土地を巡り歩きたい、長ければ三年か五年、短くても三ヶ月か五ヶ月かかるが、行ってみたい処を回ったらすぐ帰る」と言った。妻は夫が今度の首切りの役目を果たして帰ってから、何かの魔に憑かれたように態度も顔色も前とは違っていたので「あなたは首切り役人を辞めて身が軽くなったのだから好きな処へ行くのもいいわ、家の事は心配しないで行ってらっしゃい」と言った。

 そして男は金を持ち、首切り用の刀を背負って旅に出た。男は何をしに旅に出たのであろうか。そう、三千里飛んだ義兄の魂を捜しに行ったのである。
 こうして男は旅に出て二年過ぎた、ある日、三千里離れたある地方の村に入り喉が渇き、水を飲む所を探していると、具合よく井戸で水を汲んでいる人がいた。一口水を貰おうと近づくとその人が振り向いた、男は思わず「ああ、義兄さんじゃないですか」と叫んだ、その人も一目で義弟だと気がつき「ああ、義弟、どうしてこんな遠くまで来たんだ」と互いに懐かしんだ。義兄は「こんな所で話すのもなんだから、一緒にわしの家へ行って話そう、わしはここへ来て幸せなことに所帯を持ち、もう二歳になる子供もいるんだ」と楽しそうに言った。

 義兄は義弟を家に案内して妻に引き合わせた、子供は床の上に這っていた。義兄は「これはわたしの肉親と同じような義弟だ、お前、料理の用意をしてくれ」と言った。妻は今まで夫の身内の話を聞いたことがなかったので、これからは夫の身内と親戚付き合いができると喜んで、てきぱきと何品かの料理を作り、酒を温めて運んだ。二人は別れてからの暮らしぶりをいろいろ話し合った。義兄は「今はわたしは幸せなのだが、この子が二歳になるのに座ったり歩いたりできないので心配している」と言った、義弟が慰めると、義兄はこれは自分の事だからと話を変えた。
 義弟は「処刑場で義兄さんに別れてからわたしは首切り役人を辞め、義兄さんを今日まで捜していたのです」と言うと義兄は「首切り役人を辞めたのに何故まだ刀を持っているのだ?」と聞くと、義弟は「これはわたしの護身用なのです」と答え、義弟は刀を抜いて義兄に見せた、義兄はその白刃を見ると、ばったり倒れた。義兄の妻は台所で忙しくしていたが、部屋の中が急に静かになったので入って見ると、客の義弟が刀を持ち夫の姿がなく、床の上に紙人形が横たわっていた。義兄の妻は驚いて「あんた、あたしの夫をどうしたの、紙人形を何処から持って来たの、あんたは夫を殺し財産を奪うつもり、それとも何かの報復に来たの」と迫った、義弟がどんなに弁明しても義兄の妻は信ぜず、ああだこうだと大騒ぎして役所に訴えた。

 訴えを聞いたこの地方の検察長官が輿に乗って来た。検死役が調べたが切られた首がないばかりか血の跡もない。検死役は「長官、何の証拠もありません」と言った、床の上の紙人形も調べたが何の痕跡もない。長官は事件の概要が分らず「先ず刀を持った男を捕らえ、吟味しよう」と男の生地、姓名を聞き糾した。義弟は自分が首きり役人であったこと、死刑囚の義兄の首を切ったこと、首きり役人を辞めたこと、三千里離れた処で義兄を捜し当てたこと、そして義兄と酒を酌み交わした前後のことをすべて話し、「わたしが刀を義兄に見せるとすぐ義兄は紙人形に変わったのです」と答えた。

 それから長官は義兄の妻に「義弟が家にから外に出たか?」と聞いた、「出ていません」「お前の夫は家から出たか?」「出ていません」「二人とも家から外へ出ていないのにお前の夫が義弟に首を切られ殺されたとすれば、義弟は首を何処へやったのだろう」と首をかしげて言った。長官は何故この事件が起きたのか分らなくなり、いったん調べを中止するしかなかった。
 長官は全く困り果てて家へ帰ると、老母は「何か難しい事件があったのかい」と聞いた、長官は「今日は妙な事件があったのです」と答え、どんな事件であったかを話した、老母はそれを聞くと「その妻の子を連れて来てご覧」と言った。
 その子が連れて来られると老母はその子を触ってすぐ「首きり役人だったという男を釈放しておやり」と言った、長官は驚いてそのわけを尋ねると老母は「首きり役人の義弟が義兄の首を切る時、背中を一撃して、その名を三度叫んだので義兄の魂は飛び出し三千里離れたここに飛んで来て誰かが作った紙人形にその魂が憑き、紙人形は人間に変わったのだ、人間に変わった紙人形は妻を娶り、紙人形の幽霊の子が生まれたのだ、だからこの子は二歳になっても骨がないから座れないのだ。紙人形に憑いた義兄の魂は義弟が抜いた刀の光を見てまた魂が紙人形から飛び出し義兄の体はまた死んで魂は三千里離れた処に飛び出して行ったのだ。わたしがその首きり役人を釈放しろと言ったのはこの子が骨のない幽霊の子だと分ったからだ。義兄の魂はまた飛び出して死んだのだから、首きり役人の義弟は義兄の死とは関係ない」と言った。

 こうして長官は老母の謎ときでこの事件を解決し、あの首きり役人であった義弟は釈放され、また南へ三千里飛んだ義兄の魂を追いかけ、永遠に帰らなかった。
                                                          (李占春故事選)