532 鉄仏寺の由来

 “鉄仏寺”という寺がある。この寺の名の由来にはこんな話が伝えられている。
 ある寺に一人の乞食が住みついていた。和尚はこの乞食を追い出さなかったので、乞食は毎日貰って来た物を食べ、貰った金は貯めていた。乞食は長い間一度も寺に賽銭を出したことがなくそれを気にして、やがて貯めた金を全部出し一体の鉄の仏像を作った。
 ところがそれから程ないある雨の日、乞食は寺の門で雨を避けていたがそこへ雷が落ち、死んでしまった。和尚は“この乞食は食べる物も倹約して金を貯め、それで仏を作ったのに死んでしまった、本当に信心深かったのに何と不公平なことか”と悲しみ、乞食の死体の背中に『慈善の乞食、一体の鉄仏を鋳し、今日落雷に死す、来世に人に転生するや知らず』と書いて乞食を埋葬した。

 そして乞食は赤ん坊に生まれ変わった。母親は生まれた赤ん坊の背中に何か字が書いてあるのを見つけたが小さくて何が書いてあるのか分らなかった。それがこの子の成長にしたがってはっきりしてきたので母親はそれを父親に写させ、字の分る人にその意味を聞いて回ったが、誰もどういう意味か分らからず、両親はただ心配するだけであった。こういうわけで、父も母もこのことをこの子に話しても何のことか説明できないから、それをこの子に話してはいなかった。 

 やがてこの子は字が読めるような青年になった。ある年の夏、裸になってほかの若者たちと河で水浴びをしていると、ほかの若者たちがこの青年の背中を見て「お前の背中の字は誰が書いたのだ?」と聞いた、若者たちはみんなでああだこうだと何字かは読んだが、全部は読めなかった。青年は自分の背中の文字は見えず家へ帰って、父親に「みんなが、俺の背中に字が書いてあると言うけど、誰が俺の背中に字を書いたのか?」と聞いた。母親は「お前の背中の字は誰かが書いたのではなく、生まれた時から書いてあったんだよ」と答え、父親は背中の字を読んで聞かせた。青年は「それが本当なら俺が前世で作った鉄仏をまつる寺が何処かにあるはずだ」と父母に別れ、この寺を捜す旅に出た。 

 青年は何年も各地の寺を回り、とうとう鉄仏があるという寺を見つけた。青年が寺に入り、「この鉄仏は前世のわたしが作りました」と言った。するとその時の和尚がまだ生きていて、青年を見ながら「この鉄仏をお前が作ったという証拠はあるのか」と聞いた、青年は「生まれた時からわたしの背中に書いてあった字が証拠です」と言うので和尚が青年の背中の字を見ると、確かに自分の字で、すぐあの時のことを思い出した。和尚は「一本の毛ほども違ってない、この字は確かにあの時わしが書いたのだが、お前さんはどうするつもりだね」と聞いた。青年は「わたしは何処へも行きません、この寺で出家します」と言った。和尚は青年を弟子として受け入れた。 

 後にこの和尚が老いて亡くなり青年が寺の跡を継いだ。青年はこの寺の住職となって百年を越える長寿をまっとうした。この老僧が天寿を迎えた日、空には楽音が響き、人々は老僧は天界へ昇ったと言った。それから人々はこの寺を鉄仏寺と呼ぶようになったということである。                          
                                                          (李占春故事選)