530 賈さんの胡同
沈陽の街の中に“賈さんの胡同(ホートン)”と呼ばれる路地がある。昔はこの路地は賈さんの胡同ではなく丁さんの胡同と呼ばれていたのに、どうして賈さんの胡同というようになったのだろう。それにはこんな話が伝えられている。
ある年の暮れ、家々では正月の支度で忙しかった、豚や羊の肉を用意したり、爆竹を鳴らしたりたいそう賑やかであった。だけど丁さんの家は森閑としていた。丁さんは壊れかけた腰掛けに座りスパスパと煙草を吹かしながら外の歓声や笑い声を聞いていたが心は刀で斬られたように傷ついていた。借金取りに家の戸口で金を返せと催促され、丁さん一家は年を越すにも越せずにいたからである。丁さんは寂しく「貧乏人の年越しは関所を越えるようなものだ」と嘆き、だんだん情けなくなって、いっそ死んでしまおうと思い、家の裏にあった麻縄を持ってそっと外に出た。
丁さんは家を出ると真っ直ぐ街の北門の先にある林に行った。すると林の中に人影がある、丁さんは人影をじっと見つめ、多分この人は用を足すつもりなんだろうと思い、この人が林を出て行ったら死のうと思っていたがこの人はなかなか出て行かない。丁さんはいらいらして、ひとが死のうと思っているのにこんな邪魔が入って嫌になっちゃうな、俺の心を乱すのはどんな奴で何をしているのか見てやろうと、少し怒って林へ入って行った。
さて、林の中の人は賈という人である。実は賈さんも丁さんと同じように貧乏で切羽つまり死のうとここへ来たのだった。つまり首を吊って死のうと決めた人が二人前後して林へ来たというわけだ。賈さんは林に入るとすぐ死のうと縄を持って木の下に立つと林の外に人がいる、空が暗くてその人が何をしているのかはっきりしない、賈さんはあの人が行ったら死のうと待っていたがその人はなかなか出て行かない、賈さんは誰がわしを死なせようとしないのかとその人に向かって歩き出した……
こうして二人は互いに互いを確かめようと歩き始め途中で出会った。
丁さんは怒った声で「ヤイ、お前、暗くなっているのにまだ帰らないのか、ここで何しているんだ」言った、賈さんも無愛想に「そういうお前さんも家へ帰らずこんな寂しい処をブラブラして何か心配事でもあるのか」と反問した。
賈さんのこの言葉が丁さんの心を動かし、丁さんはため息をつくと死ななければならないわけを賈さんに話した。賈さんはそれを聞くと辛そうに「そうか、わしら二人は相憐れむ仲だな、お前さんの家は何人で借金はあるのかね」と聞いた、丁さんも辛そうに「はい、四人暮らしでわし一人の稼ぎでは足らず借金に追われ、にっちもさっちもいかなくなりもう死ぬしかないのです」と言い、かがみこんでしまった。
賈さんも涙ぐみながら悲しそうに「お前さん、わしらは同じ蔓にできた貧乏暮らしの苦瓜だ。今日ここで逢ったの何かの縁だ、ここに少しばかり金があるがわしが持っていても何もならぬ。わしの家には七八人もいて、この金は借金を返すにはとても足りないから、お前さん、この金で年を越すがいい」と言って賈さんは破れた懐から古ぼけた黄色の袋を出して丁さんに渡した、だが丁さんはどうしても受け取らない。すると賈さんは「天下の貧乏人は同じ一つの家族だ、わしらは助け合わねばならない、急いでこれを持って帰りなさい、間違っても自殺などと考えるのは無用だよ」と言って無理に丁さんの手に黄色い袋をねじ込んで帰ろうとした。
賈さんの言葉は丁さんの胸を熱くし、丁さんは鼻をすすり涙を流し賈さんの袖を押さえ「賈さん、あなたはあたしの家族を救った恩人です、あたしはどうお礼をしたらいいか分りません」と言って賈さんの前に跪いた。賈さんは丁さんを助け起こし「早く帰りなさい、家族も心配していますよ」と言うと、丁さんは「いいえ、あなたもわしの家へ帰って一緒に年を越しましょう」と言った、賈さんは笑って「わしはいいですよ、それより早く行きなさい」と答えた、丁さんは賈さんがどうしても家に来てくれないと分り「それなら、ここで待っていて下さい、わたしが材料を買って帰り餃子を作ってここへ戻って来ますから、ここで一緒に餃子を食べ酒を酌み交わしましょう、そうしてくれなければ、わたしは帰りません」と言った。賈さんは丁さんが強く言うのでそこで待つことを承知した。
丁さんは走って家へ帰ると大声で「オーイ、酒と肉を買って来てくれ、わしは餃子がいるんだ」と言った、老妻と二人の娘は丁さんが大声で怒鳴っているのでどうかしたのかと、心配そうに丁さんを見つめたが丁さんは真剣な様子である。老妻は「お前さん、気でも狂ったの、それとも貧乏でボケたの、うちには何もないのよ、それなのに酒、肉を買えだって、冷たい風でも飲みなさいよ」と言った。そこで丁さんは今までの事を細かく話し、やっと妻と娘たちは事情が分り急いで粉と酒と肉を買って来てみんなで餃子を作り始めた。
妻は餃子の具を作り二人の娘は皮を延ばし、丁さんは具を皮で包んだ。上の娘が麺棒を持って台の上で皮を手早く延ばしていたが、壊れかかった台の脚がガタンと折れて台が傾いてしまった、丁さんは「全く役立たずの娘だ、お前たち二人して何やってんだ、早くしろ」と怒った、慌てて下の娘が姉の麺棒を取って傾いた台の隅で皮を延ばしたがまたガタンと台の脚が折れてしまい、台が下の水瓶の上に落ち、水がそこらじゅうにドッと流れ出しみんなで慌てて台を起こし、水瓶を外に運び出した、すると水瓶のあった地面から黒い瓶が現れた、丁さんが急いで瓶を持ち上げて開けてみると中に金貨が一杯詰まっていた。丁さんは大喜び「よかった。わしはあの賈さんを助けることができる」と叫び金貨を懐に一杯いれ、狂ったように喜び勇んで林に向かって駆け出した。
丁さんは林に着くと走りながら「賈さん、死んじゃだめだ、わしらは生きていける」と叫んだ、賈さんは丁さんが喜んで走って来るの見ると、呆然として「丁さん、何があったんだ、そんなに喜んで」と言った、丁さんが金貨のことを話すと、賈さんも驚き喜んだ、丁さんは「驚いていないで賈さん早く家族を迎えに行ってください、今日からわしらは同じ家族です」と言った。
そのあとすぐ賈さん一家は丁さんの胡同へ引っ越して来た、そして両家は仲良く親戚のようになり丁さんの娘二人は賈さんの家に嫁いだ。何年かして丁さん夫婦は相継ぎ世を去り、この胡同には賈さんの家だけが残り、長い間を経てこの胡同に賈姓の人が多く住み、人々は丁さんの胡同を賈さんの胡同と呼ぶようになった。
(中国民間文学集成遼寧巻沈陽市巻上)