529 隙間通り

 沈陽の四平街の東にある鐘楼の北面の横丁を東西に抜ける“隙間通り”と呼ばれる狭い道がある、巾は三尺もないから人が二人通りすがるには体を斜めにしなければならない、車も駕籠も通れない。どうしてこんなに狭くなったのだろうか。
 昔はこの通りの道巾は一丈あまりあって車も駕籠も入れたし、物売りも来て自由に行き来できる便利な通りであったがその頃は名がついていなかった。
 当時、通りの北側と街に面した処はみんな沈陽で一番権勢を振るっていた王府の地所で人々は王府を恐れ、県当局さえ王府と面倒を起こすのを避けていた。 

 ところで、トンという商家がこの通りの北側の街に面した地所を王府から借り毎月借地料を払って商売をしていた。トンは商売を広げもっと儲けようと店を大きく建て直そうとした。トンはなかなかのやり手で、四間の店を建てるには土地に余裕があるが五間の店を建てようとすると公道に三尺はみでる、どうすればいいかと、いろいろ思案して夜も眠れないでいたが、ふと、そうだ!俗に“大樹の下は涼しい”(寄らば大樹の蔭)というではないか、トン家は王府の地所を借りているのだから王府の名を出せば少しぐらい公道をはみだしたって、当局は文句をつけられまいと考えた。

 そこで翌日、トンは五間の店を建てることにして、工事人を呼び、線引き、杭打ち、塀の基礎の穴掘りを始めた。二三日して基礎の穴も掘り終わり、工事の材料も揃い、さあ、工事に取りかかろうとすると、公道の向かいの商人の陳が黙っていなかった。陳は訴えるぞと大騒ぎした。もしトンが店を五間に広げて繁盛すれば陳は自分の店がふるはなくなる、それにトンの店が公道に、はみだせば陳は商品を運ぶ車や何やかやとたいそう不便になるからである。陳は考えれば考えるほど怒りが増し、金を使って代理人に『トン家、公道を侵犯して店を建つ』との訴状を書かせ、見取り図を添えて承徳県行政府に訴えた。

 県知事は訴状を見るとすぐトン家の主人を裁判所に呼び出した。県知事は“パン”と堂木を打ち、大声で「この悪徳商人め、お前は大儲けしようと公道を侵して店を広げるのか、そんなこと天下の法が許さぬ、三日のうちに北側に店を三尺縮め、元に戻せ、さもなくば厳罰に処するぞ」と怒鳴った。トンは跳び上がって驚き、これは凄く手強い県知事だなと思ったが、すぐ王府の旦那の権勢のほうが県知事よりもっと強い、俗に“官は上に弱い”というから王府の旦那を持ち出したら県知事はどう出るだろうと思い、トンは頭をあげ「県知事さまは分っていないのですか、わたしが増築した所は王府の旦那が私に貸してくれた地所で、王府の旦那は私が店を広げることを承知したんです、信用できないと言うなら王府の旦那に聞けばすぐ分ります」と言った。

 この県知事は着任したばかりであったが、王府の権勢の強いことはよく知っていて、自分の官位を守るには王府のご機嫌をとっておいたほうがよいと分っていたから、王府に文句をつけられない、県知事は急に穏やかになってトンに「王の旦那がお前に地所を貸していることをどうして早く言わないのだ、よし行け、問題ない」と言った。トンはにんまりすると、急いで県知事に礼をした。さて、県知事は“わしは朝廷に任命された官吏だから裁きは公平に下すのが正しい、王の旦那がトン家に公道を三尺はみだして店を広げるのに同意したのなら、わしも陳家に公道三尺を使わせれば県知事の公正潔白を示すことができる”と考えた。そこでまた県知事は訴えた陳に「お前も店を広げたいのなら、トン家と同じように公道に三尺伸ばすことを許す」と言った。陳はこれを聞くと喜び、急いで丁寧に礼を述べて帰った。

 それから、トンと陳の両家はこの公道にそれぞれ三尺はみだして工事を始め、店を増築し、公道の巾は三尺足らずになってしまった。困ったこの通りの住民は連名で訴状を県政府に出した。県知事は訴状を見ると怒って「あそこは塀の隙間だ、馬車などが通れぬのは当たり前だ。これからあそこを公道とは呼ばず“隙間”と呼べ」と言った。県知事のこの言葉が伝えられると住民たちは大いに怒ったが、行政府に怒りをぶつけることもできず、泣き寝入りするしかなかった。こうしてここは“隙間通り”と呼ばれるようになり、こんな民謡が流行した。  

  でたらめ官吏のでたらめ判決   
  世の有力者に何も言えず  
  民は道を隙間にされて  
  馬車はぐるりと遠回り                            
                                           (中国民間故事集成遼寧巻沈陽市巻上)