527 月見小路
清朝の初め、沈陽の大西門の外に権力も金もある“黄帯子”と呼ばれる屋敷があった。邸宅は広い庭の奥にあり、多くの使用人や下女が仕える格式高い家柄で、清の皇帝の親戚と伝えられていた。
この家に花のように美しく、千金の令嬢と呼ばれる明貞という娘がいた。明貞令嬢は聡明で書物に通じ、心優しく穏やかで、下女の小蓮とはまるで姉妹のようであった。また明貞は刺繍が上手で花や鳥など何でもまるで本物のように刺繍した。老父母は明貞を手のひらの珠のように可愛がり、何でも明貞の言う通りにしてやった。
こうして育てられた明貞も嫁入りの年頃になった、俗に『皇女は嫁ぐに憂いなし』と言うが、“黄帯子”の家柄の千金の令嬢は却って嫁ぎ先が難しく、老父は多くの親戚友人に家柄の釣り合った娘の嫁ぎ先を頼み、幾つもの話があったがどれもみんなまとまらなかった。相手の青年が断ってきたわけではなく相手が令嬢明貞の想いに適わなかったのである。
時は一日一日、一年一年と過ぎていくのに娘の明貞の結婚は定まらず、老夫婦はずっと心配していた。だが清純で学もある明貞はどんな家柄であろうと放蕩息子には目もくれず、結婚するなら善良な働き者の青年と決め、不真面目な放蕩息子とは結婚しないつもりでいた。そうした娘の気持ちは長い月日の間に下女の小蓮の口から老父母に伝わっていて、ある日の夕食後、老父は娘の気持ちを変えさせようと、「わしたち金持ちの娘が貧乏人と結婚するなんて面目が立たない」と諭した。
それを聞くと明貞は心が暗くなって何も答えずにいると、老父は娘が自分の言葉を聞いていないと思い、いっそう怒って「年頃の娘が嫁に行かなければ、わしの面目は丸潰れだ」と言った。すると明貞は顔色を変え、長い間一言も言わず黙りこみ、床に身を投げてしくしくと泣き、「お父さんお母さんもう何も言わないで、あたしは一生結婚しないで尼になります」と言った。
老父はこの娘の言葉に慌てて、すぐ小蓮に明貞を落ち着かせてくれと言いつけ、どうしたらいいかと老妻と相談した。そして老父母はもう娘には嫁入りのことは言わないほうがいい、俗に年頃の娘は娘で娘でないというが明貞はもう一人前の娘だ、もし万が一の事があったら大変だと、いろいろ考え一晩中眠れず、明日また娘をよくよく慰めようと話し合った。
さて、明貞は自尊心の強い娘で、父親の話を聞いた後、ますます悩み苦しみ何時までも泣き続け、小蓮がいくら慰めても泣き止まず、やがて泣きながら眠ってしまい夢を見た。
明貞は小蓮と花園で一緒にブランコに乗り揺れていると、何時の間にかブランコを離れ軽々と空に舞い上がり、どんどん高く遠くへ飛んで行った。周りを見るとたくさんの星がキラキラと明貞と小蓮を囲んで光っている。明貞は二人が月の世界へ向かって飛び、いま月の世界に着いたことがわかった。目の前に雪のように白い兔、透明な玉樹が現れ、それはそれは素晴らしい月の世界であった。一つ一つの楼台、亭閣は美しく、丸い月の門、月の窓が一重二重と重なり、明貞には花が咲き乱れているように見えた。小蓮は月世界の仙女となって、大きく丸い窓の下に座っている。
ふと見ると、なんとそこは我が家の東の塀の外ではないか。すると突然小蓮の声が聞こえた、「お嬢様、お嬢様、南を御覧になって、あの御方はお嬢様がお探しになっている方ではありませんか?」明貞が南側へ行って見ると、本当に美しく逞しい青年が南から北へ向かって歩いて来る。小蓮は傍らの手毬を明貞に渡し、「お嬢様、早く手毬を投げて、手毬を投げて」と叫んだ。明貞は素早く手毬を受け取ると、急いで青年に向かって手毬を投げた。手毬は下に落ちて転がったが、もう青年の姿はなく明貞はまた泣いた。朝になって小蓮の声で明貞は目を覚ました、夢だった。
小蓮が老父母に明貞の様子を話すと、老母が心配して明貞の部屋へ行くと、明貞は母を見てまた泣いた。老母はもう終わったことだからと明貞をなだめた。それから明貞は昨夜見た夢の話をし、夢に出た小楼が欲しいと言った。老父はそれを聞くと「よしよし、すぐ東の塀に沿って小楼を作ってやろう」と言った。明貞は喜んで夢の情景に出た小楼の絵を描いて老父に渡した。
老父母は可愛い娘のために大金を出し、沈陽の熟練した工人を呼び半年かけて屋敷の東の角に明貞が夢に見たという小楼を建てた。小楼は入り口も窓もすっかり明貞の描いた通りに出来た。明貞は夢に見た情景と全く同じ小楼に小蓮を連れて住み寝食を忘れ、夢で見た手毬と同じ手毬を三日三晩で作り上げた。それから毎朝明るくなると明貞は小蓮と一緒に街の見える窓の前に座って南の方を一日中見ていた。待って待って、眺めて眺めて、一日が過ぎ一年が過ぎても夢に見たあの青年の姿はなかった。小楼の下を通りかかる人々はただ小楼の月見の窓の中で明貞と小蓮があの夢の青年を待ちわびている姿を見るだけであった。
何時の年の何時の日かわからないが小楼の月見の窓の中にいた明貞と小蓮の姿が見えなくなった、それはある日の朝、明貞の夢に出た青年があの手毬を持って来て、明貞と小蓮を連れ月見の窓の小楼を離れ、遠い他郷で幸せに暮らすようになったからだと伝えられている。
それから、あの月見の窓の小楼の下の通りを人々は月見小路と呼ぶようになったのである。
(中国民間文学集成遼寧巻沈陽巻上)