517 “忍”の一字
孔子に二人の弟子がいた。一人は子路、一人は顔回である。二人の弟子は何時も孔子に従って各地を周遊した。
ある日、孔子が「顔回よ、すぐ新年が来る、去年は子路が家へ帰ったから、今年はお前の番だ」と言うと、顔回は孔子が心配で「先生、私が帰ったあとの用事は誰にさせますか」と言った、孔子は「お前は帰るがよい、だがお前は激しい性格だからどんな時にも“忍”の一字を心に留めておけ」と言った。顔回は「はい、先生ご安心下さい」と答え、先生の教えを忘れないように忍の一字を手に書いておこうと、子路に自分の左手の甲に“忍”の字を書いて貰い、尊敬の意を込めてそれを孔子に見せた。孔子もまた満足の意を表した。そこで顔回は服を着替え、馬に乗り故郷へ向かった。
顔回の家では美貌の妻と十六歳になる娘が三十日の晩、顔回の帰りをいまや遅しと待っていた。餃子もでき、料理もできた。だがなかなか顔回は帰って来ない。外では福の神を迎える爆竹が鳴り始めた、でも帰らない。母と娘は待ちくたびれてきたが三十日の晩は涙を忌み嫌い、どんな時にも楽しくしていなければならない、娘は母を笑わせようと、父の服を着て鞋を履き帽子を被り、食卓の前に座り互いに盃を交わして酒を飲み、料理を食べ始めた、でもやはり顔回は帰って来ない。
真夜中が過ぎて爆竹も鳴らなくなった。母娘は飲んだり食べたり喋ったり笑ったりして疲れ眠くなり枕を出して横になった。娘は父の服、母は新年の服を着て布団を掛け娘は母の首を抱き二人は身を寄せて眠った。
さて、顔回は馬に乗って帰り、家の前の柳の木に馬を繋いだ、表門はしっかり閉まっている、門を叩こうとしたが、妻と娘が寝ているのを驚かしてはいけないと、塀を乗り越えて庭に入ると、棟の戸はみな開いている、部屋へ入って、アッ!と脳天に一撃、まさか妻が家門を汚し情夫を抱いて寝ていようとは、このような穢れた人間をどうしてこの世に生かして置けようか?顔回は怒りで両足はこわばり、歯を噛み、目はランランと金星のよう、全身が震えどうしてよいかわからない。顔回は身をよじりながら見ると、ヤッ、若い男だ、妻はわしを長い間、慕っていなかったのだ。
よし、わしはお前を斬ると腰の宝剣を抜き、空に振り上げ正に振り下ろそうとした時、手の甲に書いた“忍”の字が見えた。いけないこの字は先生の教えを子路が書いたもの、わしより高い、わしはどうして忍えられないのか、そうだ、先ず聞いてはっきりさせよう、と剣を収めた。
驚いて目を覚ました妻が「あなた帰って来たの」と言うのを顔回は聞かず、「エイ、この卑しい奴!」と叫ぶと、若い男が起きて来て「アラ、お父さん」と言って帽子をとるとバラリと長い女の髪の毛が揺れた。顔回はハッと気がつき、娘の手と妻の手を握り、涙を流した、ああ、三十日の晩に泣いてしまった。「アララ、あなたなぜ泣くの」顔回は「アア、先生の教えられた忍の字は尊かった、わしが塀を越えて入って来ると、男の服が見え、お前たちが抱き合っていた、わしは一気に怒りを発し剣を抜いた、その時、手に書いた忍の字が見えたのだ。忍の字がなかったらわしはお前たちの首を斬ってしまっていた」と後悔した。 これは孔子が顔回に教えた忍の字の話である。 (撫順市巻上)