王義之の書
王義之は娘をある資産家の家に嫁がせた。この家は金はあればあるほどいいという考えの資産家で、姑は嫁の親の王義之は中国第一の書家というから、きっと嫁入り道具も多いだろうと思い、嫁入り道具を収める新しい部屋を用意した。やがて、十二月二十四日になって運び込まれた嫁入り道具は木の椅子二脚と戸棚だけ、これを見た姑は癪にさわったが、戸棚の中に金銀財宝が詰めてあるのかもしれないと開けてみると、字が書いてある紙ばかり、怒った欲張りな姑はその紙を取り出すとみんな焼いてしまった。この姑の酷い仕打ちに嫁となった王義之の娘は泣き出した。
それから何十年も経って、姑も年老いて七八十の老婆になり、嫁となった王義之の娘も何人も子を生み育て、この家は大家族になり貧乏になっていた。ある日、数人の人が訪ねて来て「こちらは王義之先生のご親戚と伺いました、きっと先生がお遺しになった書がおありと存じ買いに参りました。金にいとめはつけません」と言った。老婆はハッとしたが「とっくの昔にみんなわしが焼いてしまいましたよ」と答えると、「まだあるかもしれません、探して下さい」と言うので、あちこち探すと戸棚の隅っこに一字だけ書いた王義之の書が残っていた。この字を見るとこの人は一千両の金を差し出した。
老婆は驚いて「なんてぇこった。嫁の父親の字が一字一千両になるなんて」と言った。それから、『王義之一字一千両』の故事が後世に伝えられた。 (四老人故事集)
<注> 王義之 (306〜361) 東晋の書家、“蘭亭序”“十七帖”などの書が有名である。