511 三十六人男村
昔、張という夫婦が十年あまりに双子を九回二九十八人の男の子を生んだ。子供が多ければ食べる物も着る物も大変だ。本当に困ってとうとう父親はこっそり家を出てしまい、十八人の子供と母親だけになってしまった。ところがこの母親は気丈なうえいろいろ器量のある人で、夫がいなくなっても十八人の子供を引き連れ、あっちこっちの村の人や親戚などの助けを受けながらなんとか暮らしていった。
子供たちは一年毎に大きくなり、畑を耕したり柴を刈ったりできるようになり、母親も糸を紡いだり、布を織ったりした。それに母親は裕福な家の出で、本も読めたし字も書けたから毎日子供に字を教え、論語、四書五経を読ませた。昼間は時間がないので夜教え、子供たちは紙がないので砂の上で字を練習し、灯油がないので月の光で本を読んだ。やがて長子の双子二人は国家試験を受ける年頃になり、母親は二人を都へ送り出した。幸いにも二人は合格して官吏になった。それからこの一家は前よりずっと暮らしがよくなり、勉強を続けていた弟たちもみんな土地を持ったり、商人になったりして一家は栄えた。
さて、家を出てしまった父親は流浪して江南に住んだ。父親はもともと瓦職人で、ここでも瓦職人として働こうとしたが、土地に不慣れで雇ってくれる人もなく困っていた。しばらくして、ある娘と知り合い二人は所帯を持った。すると不思議なことにまた年毎に双子の男の子が九年続けて生まれ二九十八人になった。父親はまた困ったがもう年も取り再び家出することもできず、乞食をしても子供を養うしかなかった。
ある日、この老父が施しを受けに江北へ行くと、ちょうど街では前の妻の九番目の息子が国家試験の状元に合格した祝いで提灯が灯り、爆竹が鳴り太鼓やドラが響いて賑やかであった。馬に乗った状元が前を進み、後ろの八人の担ぎ手の駕籠には状元の老母が乗っていた。老父は状元合格の祝いならきっと施しも多いだろうと八人担ぎ手の駕籠の前へ進み出た。駕籠の老母はこの老人を見ると、なんと家を出た昔の夫ではないか、十何年も会っていなかったのだが、若い時には夫婦だったのだからすぐわかったのである。老夫人はすぐ召使に「この老人を馬に乗せ屋敷に連れて来るように」と伝えた、召使はどういうことかわからなかったが、状元の老母の言い付けなので、馬に老人を乗せ屋敷へ連れて帰った。
屋敷に着くと老母は家人を大広間に集め「子供たち、お前たちの父親は死んだのではない、今日わたしは駕籠からお前たちの老父を見たので屋敷へ来て貰った、さあ、お前たちの父親に会いなさい」と言った。老父は新しい衣服に着替え、老夫人のそばに座り、息子たち、その妻たちには父として孫たちには祖父として会った。それから老夫人は老夫に「あなたは何年も何処へ行っていたのですか」と聞いた。「あの頃わたしはあなたたち家族を養えず、面目なく出稼ぎに行こうと家を出て江南を流浪したが、やはりあなたたちに金を送ることができなかった。そのうちにある娘と結婚し、また九回も双子の息子がミジンコのように十八人生まれました。今、一番大きい息子は十三歳ですが息子たちを十分に育てられず施しを受けようと出かけると立派な駕籠に遇ったので、少しでも多く金の施し受け、子供たちを養う助けにしようとすると、それがあなたの駕籠で、あなたたちがこん立派になっているなんて思いもしませんでした。本当に面目なく顔むけもできません」
老夫人はそれを聞くと、老いた夫が可哀相になった。老夫人は優しい人で「それでは今日はここで休み、明日あなたは江南の家族をみんな連れて来なさい、そしてみんなで暮らしましょう、もうその子たちに辛い思いをさせないほうがいい、十八人だって何人だってかまわない、みんなわたしたちの子供なんだから」と言った。翌日、老父は使用人と馬車を連れて江南に戻り、十八人の息子たちと二人目の妻を江北に連れて帰った。こうして一家は三人の老人と三十六人の息子と息子の妻や孫たちで数十人になり、小さな村ができたので三十六人男村と呼んだ。
“千人家族に一人の当主”という、こんな大きな家の当主は誰がいいかとみんなで相談し、老夫人は十三歳の十九番目の息子を当主にして、一家の鍵をこの息子に管理させた。この事はいち早く県知事に伝わり、知事は“この一家には状元、挙人、武官がいるからやがて勢力が大きくなるとわしに従わなくなる”と考え、兵馬の大隊を率いて三十六人男村を包囲して県知事の権力を示し、この家の当主は出て来いと伝えた、しばらくして十九番目の息子が出て来た、見るとまだ子供である、知事は「子供に用はない、早く当主を呼んで来い」と言うと「私が当家の当主です、用があれば私に言って下さい」答えた。
知事は“これはわしを試しているのだな、よし、ならばこっちも考えがある”と、「若当主、今日は暑くてわれらの大隊は兵士も馬も喉が渇いている、裏の梨畑の梨は熟れているようだ、わしが兵士に命じて梨を採らせ、兵士に食べさせるがよいか」と言って兵士に梨を採るように命じた、若い当主は“兵士は数百人いるから家の梨はみんな食べられてしまう”と考え、すぐ「県知事様、梨を採るのに兵士たちの手を煩わすことはありません、私が家の者に持って来させます、しばらくお待ち下さい」と言った。そうして急いで水を運ぶ者、火を起こす者を手配した。しばらくして沸かした水を数十の水桶に用意すると、梨を十数個もぎ取らせそれを砕いて少しずつ数十の水桶に入れ、それを運び、兵士に「さあ、みなさん梨味の水を飲んでそれから梨を食べて下さい」と言った。兵士らは先ず梨を入れた梨味の水を飲み梨の味に飽きてしまった。
知事が「おい、なぜ梨を持って来ない」と怒鳴ると、若い当主は「兵士のみなさんは砕いた梨を入れた水桶の水を飲み、梨の味に飽きて梨を食べないのです」と言った。兵士は梨の味の水を飽きるほど飲んで誰も梨を食べようとしなかったのだ。知事はこの子供にやられたとムッとしたが、この子供の聡明さに感服して「確かにお前が当家の当主だとわかった、お前が当家で一番聡明だから当主になったのだな、そうだろう」と言うと若い当主は「違います、私たち兄弟は三十六人います、大母さんの生んだ十八人の兄はみんな聡明で能力もあり私よりずっと偉い、けれどもみんな所帯を持っています、大母さんは『結婚すると妻や子供ことなど雑事が増える、雑事が増え自分の家族の心配をする者に大家族の家を任せると、大家族の家は崩壊する』と言い、家族の面倒のない私を当主にしたのです」と言った。これを聞いた知事は、偉いのは老夫人だ、自分で家を管理せず、自分の生んだ子を当主にせず、後妻の生んだ子を当主にした。こうしたやり方は家が栄えても、朝廷に謀反を起こすことはないと安心し、皇帝に三十六人男村を加封するように進言し、この賢い老夫人を称えた。 中国民間文学集成遼寧巻撫順市巻上