504 空(から)城の計

 昔、“三国志”をそらんじるほど読み込んでいた年老いた農夫がいた。
 ある日、村に芝居の一座がやって来て、この老農夫の息子夫婦、孫たちもみんな見に行きたがった。村では誰も昼は畑仕事があるから、芝居は夜に演じられる。そうなればどうしたって夜の留守番がいる。もともと主の老農夫は気楽な人で、家の者が行きたいと言うと「お前たち行きたければ行ったらいいさ、わしが留守番する」と言った。一家の長の老父にこう言われて行かない者はない、みんな喜んで芝居見物に出かけてしまった。

 さて、主の老父はみんなが出かけたあと一人でいると、家の中まで芝居のドラの音が聞こえてくる。老父はいてもたってもいられず、<三国志>の『諸葛亮はすべての軍を出兵し城は空っぽ。この時、司馬懿の大軍が城を囲んだ。しかし司馬懿が城を眺めると、諸葛亮は城楼に在って琴を弾じ、琴の音は少しも乱れていない。これを見た司馬懿は数万の大軍の囲みを解いて去った。諸葛亮の“空(から)城の計”である』 という一節を思い出した。

 老父はこの“空城の計”を思い出すと、わしもこの“空城の計”で芝居を見に行こうと思いついた。まず表門を開け、南と北の部屋の竈に水を張った鍋をかけ火を起こした。しばらくすると、鍋の水が沸いて熱湯になり、もうもうと湯気が外にひろがった。老父はこうしておいて、更に竈に薪を足して芝居見物に出かけた。芝居が夜半に終わり老父は先に家へ帰ると、泥棒が入った気配はなく、家の物は何一つなくなってはいない。老父は“空城の計”がうまくいったとにんまりした。
 実を言うと村に芝居がかかった時が一番泥棒には都合がよく、この日も空き巣が二人、この老農夫の家を狙ったのだが、表門は開けぱなし、庭に忍び込むと湯気がむんむんして、部屋の中の灯かりもぼんやりしてよく見えない、戸からも熱気が出て竈に火もついているらしい、これはてっきり中には家人がいると勘違いして入れなかったのだ。

 村の芝居は三日続きが常だから、芝居は二日目の晩も続き、老農夫の家族はまたホイホイと喜んで出かけた。また留守番に残った老父の耳には芝居小屋のドラの音が響き、どうにも落ち着かない。そこで老父は昨夜の“空城の計”は本当に効き目があった、ここでまた諸葛亮の計を使わない手はないと考えた。折しも芝居小屋のドラの音はますます激しく、それにつれて老父の心もまたますます躍り、薪を両わきに抱えて来ると、鍋に水を張り、またまた火をガンガン焚き始めた。やがて湯が沸くと、表門と部屋の戸を開け放し、灯かりも消さず、芝居小屋へ走った。 
 夜半になって芝居が終わりに近づくと、老父はまた芝居がはねる前に家へ帰った。ところが、家に入ると棚や箪笥はみんなひっくり返され、目茶目茶になっている、空き巣にやられたのだ、老父は息子夫婦や孫たちに何と言っていいかと頭を抱えて寝てしまった。

 実は昨夜のあの空き巣の二人はこの家には金があると知っていて、あきらめ切れず、また来てみると、昨夜のように表門は開けっぱなし、部屋の戸からは熱気がもれている、二人はそっと窓の下に近づき、中の様子をうかがったが物音もしない、小石を二つ投げてみたがやはり少しも人の気配がない、空き巣の二人は思い切って部屋に忍び込むと、案の定、家の外にも内にも人はいない、そこで空き巣は盗みを働いたのだ。

 さて、老父は家族の者に頭を下げ、ひととうりいきさつを話したあと、床から這い出し「わしのこの“空城の計”はもともと諸葛亮が用いた優れたはかりごとなんだが…」と、<三国志>を持ち出し“空城の計”の一節をひろげ、よくよく見てから、ハタと膝を打ち「諸葛亮は“空城の計”は一回だけと言っているのにわしは二回やってしまった。それで空き巣に入られたんだ」と言ったとさ。                                   (李占春故事選)