503 くるり棒の妖怪
昔、遼河の南に張天化という気丈な老人がいた。ある時、河べりに二段ほどの荒地を開いて麦を播いた。
ある日、その麦畑に生えた雑草を鋤で鋤返していると、今まで晴れていた空が急に曇り、雨が降ってきた。でも、張天化は蓑をつけ笠をかぶって畑を鋤続けていると、不意に何処からか「爺さん、俺、人に見えるか、神に見えるか」と小さな声がした、張天化は驚いてあたりを見回したが、麦畑はシーンとして人っ子一人見えない。わしの耳のせいかと思いなおし、またもとのように鋤で畑を耕そうとすると、また「爺さん、俺、人に見えるか、神に見えるか」と小さな声がする。
これはわしの耳のせいではない、確かに人の声だ、何処にいるんだ、見つけださずにおくものかと、張天化は鋤を持ったままあたりをじっと見回した。すると畑のわきの石の上に豆がらを打つくるり棒が立っている。このくるり棒が喋ったんだな、この野郎、わしを脅かしやがってと、張天化は「てめえは人でもなければ神でもねえ、わしがてめえを閻魔大王に送ってやる」と言いながら鋤を振り上げ、くるり棒を打ちすえた。とたんに“パン”と音がして石が割れ、くるり棒は石の下の穴に入って見えなくなった。張天化は肝心なくるり棒に逃げられてしまい、気が晴れなかったが家へ帰った。
やがて、実りの秋がきて張天化は麦を刈入れ、市場で売ることにした。ある日、張天化は村の劉と一緒に麦を市場に運んで売った。みんな売りきれたところで日が暮れ、宿に泊まった。張天化が晩飯を食べ煙草を吹かしていると、劉が来て「張さん、ここにいてもつまらねいから、芝居でも見に行こうじゃねいか、面白いぜ」と誘った。張天化もそれもそうだと何気なく劉について町中へ出かけた、二人はまだ芝居小屋に着かないうちに、ある家の塀の上や周りに大勢の人だかりがしているのを見た。
何事かと人を掻き分け、前へ出て見ると、その家の中庭に上は赤、下は緑の服を着た娘が頭にいっぱい花を挿して体をひねりながら、 「天だって地だって怖くはない、/ でも河南の張天化は怖いよ、/ 声も出さない、ドングリ目玉、/ 体は毛だらけ、頭でっかち、/ 曲がった槍で、俺の頭を突いた」 と歌っている。
張天化は娘が自分の名前を唱えているのを不思議がっていると、劉が「張さん、この奇妙な娘はどうしてお前さんの名を知っているんだろう」と言った、張天化は「うん、わしも不思議に思っているんだ、わしはこの娘に会ったこともないのに」と言いながら、この春、畑にあった豆がら打ちのくるり棒のことを思い出した。娘が唱える / 体は毛だらけ、頭でっかち / はあの時わしが蓑を着て笠をかぶっていたからだ、/ 曲がった槍で、俺の頭を突いた /はわしが鋤でくるり棒を打ったあの事ではないか、うーん、するとくるり棒のやつ、あの時逃げてこの娘にとり憑いたに違いない。わしはこの娘の病を治してやらなきゃならないと考えた。
張天化はその家の門で、娘の父親に「あなたの娘さんの病気はわたしが治して上げます、わたしに蓑と笠と鋤を貸して下さい、それで治ります」と伝えると、娘の父親は娘の病を治してくれる人が来たと大喜び、すぐ蓑と笠と鋤を持って来た。張天化は蓑を着て笠をかぶり、鋤を手に提げ庭に入ると、娘は泣いたり笑ったりして騒いでいる、張天化は娘の数歩前に行くと、目をまんまるにして大声で「豆がら打ちのくるり棒め、出て行け、わしは河南の張天化だ」と怒鳴り、わざと娘の頭に向かって鋤を振り上げると、娘は「クソ!」と叫ぶと、口から白い泡を吹き出して気を失った。
しばらくして、娘は目を開けると周りの大勢の人を見て驚き、父親に「父さん、うちに何かあったの、こんなに大勢の人が来て」と聞いた。娘の父は娘の様子が元に戻り本当に病気が治ったのを見て、傍らの張天化を指しながら「娘や、このお方はお前の命の恩人だよ、このお方がお前の心の病を治して下さったのだ、早くお礼を申し上げなさい」と言うと、娘は張天化の前に進み、深深と一礼して「わたしの命をお救い下さいました張天化さま、有難うございました、どうぞわたしの礼をお受け下さい」と跪いた。張天化は娘の病気が治ったの見て喜び、笑みを浮かべながら「こんな小さな事でお礼には及びませんよ、同じ土地の者同士なんですから」と答えた。
すると、娘の父親が張天化に走り寄って「もしあなた様がお嫌でなければ、我が家のこの娘をあなた様の娘として仕えさせて頂けませんか、また後になってくるり棒が騒ぎに来ても心配ありませんから」と言った。張天化は父親が娘を自分の娘にしたいと言う誠実な気持ちを断り切れず、この娘を自分の娘にすることにした。それから豆がら打ちのくるり棒も娘に憑くことはなかった。 (譚振山故事選)