501 鵞鳥はなぜ生臭ものを食べないのか
孔子が弟子たちと旅をしてある村に着いた。「ここは何処か」と孔子が聞くと公冶長は「 閔家村です」と答えた、「閔家村、では、お前の弟の住む村ではないか」「はい」「お前の弟の家は貧しいと聞くが…」「はい、けれども閔は心の広い人です」と公冶長が答えると、孔子は「子路、顔回、行って案内を請うてみよ、もし閔子騫が家に在れば訪ね、不在なら戻っておいで」と言った。
公冶長が先に立ち、子路、顔回が続き、門を叩くと閔子騫が出て来た。「兄さん、いらっしゃい、一人ですか」「いや、老師とご一緒だ」「老師はどちらに」「村の東においでになる」それを聞くと閔子騫は大喜び、急いで村の東へ行き、孔子を丁重に迎えた。閔子騫は妻に「老師がおいでになったが食事に何を差し上げられるであろうか」と聞いた。「白米のご飯ではどうでしょう」「それはいいが、何の料理もなくご飯だけでいいかな」「うちの二羽の鵞鳥のうち、子のほうを料理したらどうですか」と妻は答えた。
そこで閔子騫は子の鵞鳥の足を縛ったが、老師たちは四人、わしを入れれば五人、一羽では足りない、そうだ、母鵞鳥もつぶそうと母鵞鳥の足も縛った。驚いた鵞鳥の母子はグワグワと鳴き叫んだ、その鳴き声を聞いた孔子はどうしたのだろうと思い、「公冶長、鵞鳥は何を鳴いているのだ」と聞いた、鳥の言葉のわかる公冶長は「閔子騫は老師とわたしどもに鵞鳥を料理してもてなそうと鵞鳥の母子の足を縛ったのですが、鵞鳥はどちらが先に料理されるか分らず母鵞鳥は子鵞鳥に『わたしが死んでお前がこの家に一人になったら昼間は狼や犬から身を守り、夜は狐に気をつけるんだよ。アア、お前は母のない子になってしまうね』と嘆き、子鵞鳥は『母さん、あたしが死んでも命の短い子だったと悲しんで体を壊さないでね。母さんも昼間は狼や犬、夜は狐に狙われないように気をつけてね』と互いの身を案じておるのです」と答えた。孔子はそれを聞くと「公冶長、閔子騫に鵞鳥の母子のどちらも殺すな、もし殺すならわしらはここで食事をしないと伝えてくれ」と言った。
そこで公冶長は「閔子騫、老師は鵞鳥を殺すなと言われた」と伝えた。「エッ、殺すなですって」「老師はもし鵞鳥を料理するなら出て行くと話しておられる」閔子騫は驚いて鵞鳥母子の縄を解いた、すると鵞鳥は閔子騫に向かって頭を下げた。閔子騫が「感謝はお前たちを殺すなと言われた老師にするがよい」と鵞鳥に言って聞かせると、鵞鳥の母子は孔子の前に行き、頭を三回下げた。すると孔子は「お前たちも川の小魚や蝦を食べるなよ、川の小魚も蝦も、お前たちと同じように生きていたいのだからな、これからお前たちは弥陀を唱えて青草を食べよ」と言った。
それから鵞鳥は青草だけを食べ、生臭ものは食べなくなったのである。 (四老人故事集)