美女“楊百艶”

 洛陽の西に隠退して故郷に戻った翰林の楊という長者がいた。娘の百艶は花や玉のように美しく、天女よりも美しかった。
  ある日、楊翰林の好き友、閻涛が息子の新状元閻克良を連れて、我が家へ帰る道すがら洛陽の楊翰林の屋敷を訪ねて来た。
 閻涛は一つは老友に会いに来たのだが、実は息子のために百艶に求婚に来たのだった。二人の老友は手をとりあって喜び、楊の屋敷では何かの祝い事のように豚と羊を料理して宴を開き、閻父子を歓待した。その宴席で閻、楊二人の老友は息子と娘の婚約を話し合った。克良は楊岳父に婿の礼をとり、双方で婚約を喜んだ、賢才美女、家柄も相当、これより適った婚約はない。

 だがこの話が百艶に伝わると百艶は泣いて騒ぎ、どうしても嫌だと言う。楊翰林夫婦は始めは優しく諭していたが、どうしても嫌だと言うので遂に怒りだして百艶を責めたが、百艶は聞かず床に臥してしまった。楊翰林は仕方なく面目を捨てて閻家に詫び、この婚約を元に戻した。
  それからしばらくして、時の皇帝は楊翰林の娘が絶世の美女と聞いて百艶を太子の王妃に選び、百艶を皇宮に召す宣旨を下し勅命大臣を楊の屋敷に派遣した。楊翰林は跳び上がるほど驚いた。娘の百艶が承知しないことは明らかだ、然し覚悟を決めて宣旨を受けるしかなかった。

 皇帝の宣旨に抵抗すれば一家断絶、累は九族に及ぶのである。楊翰林は娘の前に跪き、娘を王妃と呼び百艶が皇宮に入り一家一族の命を救ってくれるように懇願した。百艶は父を扶け起こすと強いて笑顔を作り、下女に化粧道具を持って来させた。楊翰林はそれで娘が宣旨を受け容れてくれたのだとわかり、悲しみは一転して喜びとなり、真紅の提灯を掛け、三日間の大宴会を開き王妃を都へ送ることになった。

 その日、百艶は父母に三回の叩頭の礼を捧げると束ねた髪の毛を形見に差し出した。楊翰林はこれが娘の最後の姿だと観念した。日が沈む頃、王妃の車駕は王二村に着き、その村の長者王善堂、別名王老楽の屋敷に入った。
 老楽の先祖王二は昔からこの辺りに聞こえた義侠の士であり、その死後、村人は王二を記念してここを王二村と改めたのである。
 さて、その夜、王老楽は王妃の居室から泣き声が洩れるのを聞いた。王老楽は王妃に選ばれ皇宮に入るのは大きな喜びなのに王妃は何故泣くのかといぶかしく思っていると、翌日から王妃は侍従の官女たちが勧めてもお茶も食事も摂らなくなった。そして王妃は病気になり、王楽の屋敷に数日とどまることになった。勅命大臣は万一王妃に重大なことが起こればどうなることかと焦っていると、思慮深い王老楽は自らの老妻に王妃の介護を任せたらと申し出た。

 大臣は早く誰か有能な人に王妃を世話して貰いたいと思っていたからすぐそれを受け容れた。王老楽の老妻は女の道をわきまえた心の優しい人で、百艶に対して先ず王妃と臣下の礼を尽くした、百艶は自分の母親と同じ位の王夫人から叩頭の礼を受けて羞じ、すぐ王夫人を扶け起こした。王夫人は年下の王妃をいたわり、心に悩みがあるのだろうと察し何も言わず、王妃が泣くと自分も涙を流した。
 そのまま長い時間が経ち、百艶は自分は何でこの老夫人に悲しい思いをさせなければならないのかと、済まなく思うようになり、きっぱりと泣くのを止めた。それを聞いた勅命大臣は安心して更に王夫人を王妃と起居を共にさせることにした。
 こうして王夫人は王妃にぴたりとついて百艶のすべての世話をすることになり、百艶の信頼も厚くなった。  

 ある夜、王夫人は百艶が夢を見て寝言で“有田さん”と呼ぶのを聞き、きっと王妃には心の人がいると気づき、翌日、人のいない時に王妃に“有田さん”とはどなたですかと聞いた、百艶はハッと顔を染めたまま長い間無言だった。
 しばらくして王夫人は中指を噛んで血を滴らし誓いを立てると「王妃どうぞ民の老女に本当のことをお話し下さい、この老女死んでもご一家をお護りいたします」と言った。百艶は王夫人の誠意に心を動かして、或る事を話し始めた。
  数年前の春、まだ少女だった百艶は女中に連れられ馬車で春の遊びに行き、家へ帰る途中、少年が道に倒れているのを見つけ、女中が見に行くと少年は百艶の幼い時の乳母の息子の趙有田だった。女中が有田を揺すって気づかせると、有田は母の病気が重くなって薬を買いに行ったが金が足りなくて買えず、泣きながら母を心配して走って帰るうちに倒れて立ち上がれなくなったのだと言った。
 女中が有田を百艶の前に連れて行き、これを告げると百艶も泣いた、有田の母は百艶の生まれた時からの乳母で百艶は有田の母の乳で育ち母と子の情が通っていたのだ。有田とも大きくなってからは会えなくなっていたが幼い時に何時も母に連れられ屋敷に来た有田と百艶は仲よく遊んだのである。  

 百艶は有田を連れて屋敷に帰り銀貨二両を与え、すぐ薬を買いにやった。それから百艶は時々有田の家へ行って乳母に会い銀貨二両を渡していた、それで有田母子は暮らしていた。やがて百艶は誠実で賢い有田の学習に金を出し、数年で有田の学識は深まり、あの閻克良が状元に合格した年に有田も科挙を受けようとしていた、百艶は有田に科挙受験の旅費を贈り、密かに夫婦として生涯を共にしょうとその時心に決めていたのだ。百艶の心は趙有田にありどんな状元、太子でも百艶の心は動かなかったのだ。王夫人はこの百艶の身の上を聞いて百艶に病気を装い、体を養いながら暗に良い方法を考えることを教えた。  

 ある晩、盗賊が襲い王妃を攫って逃げた。驚いた勅命大臣は皇宮に戻れば罰せられると、何れかに姿を消してまった。だが実はこれは王夫人と王老楽の計略で、攫われたのは百艶ではなく王家の下女、攫った強盗も王家の下男であった。この二人は王家にいた時から好き同士で王楽夫婦はこれを機会に二人を結ばせ、百艶を逃がそうとしたのだった。
 百艶は男装して逃げた。だがもともと大家の令嬢でなよなよしているから、すぐ疲れ病気になって宿屋で倒れ、王家から贈られた銀貨二両も使い果たしてしまった。宿屋の主は金がなくなった百艶を手取り足取り外へ押し出した。
 この時、宿屋の主は百艶が女だ分かり悪気を起こし手込めにしょうとして百艶は気を失ってしまった。人にはこんな死の瀬戸際にもどんな偶然の救いがあるか分からない。ちょうどこの時、この宿によく泊まる商人の姚老が来た。
 宿屋の主は姚老に見られて恥ずかしくなり、言い訳をすると姚老は百艶の宿賃を払い、百艶を連れて家へ帰った。 姚老夫婦には息子も娘もない、それが急にこんな美女が天から降って来たのだから、姚老夫婦は百艶が可愛いくてしょうがない、百艶も姚老夫婦に実の親のように仕え姚老の商売の手伝いをした。すると十里八村の人々は姚家には美女がいるとわざわざ商品を買いに来るので姚家の商売はますます繁盛した。

 ある晩、百艶が店を閉めようとすると一人の乞食が来た、すぐ着物と食べ物をやろうとよく見ると、なんと百艶が毎日恋しがっていた趙有田ではないか、二人は抱き合って泣いた。姚老夫婦が声を聞き店に出て来てこれを見て、すぐ有田を家の中に案内しわけを聞いた。
 趙有田が科挙を受けに行く道中で賊に遭い、都で試験を受けるどころか家にも帰れなくなり、乞食をしながら故郷へ帰る途中であった。百艶も自分の受けた苦しみや王老楽や姚老に救われたことを、悲喜こもごもに話した。それを聞いた姚老夫婦は準備を整え二人を結婚させた。
 そして趙有田も姚老人の商売を手伝い、やがて商売はますます繁盛して有田は故郷から母を迎えここで幸せに暮らした。

 しかし、趙有田は科挙をあきらめきれず何度も受験したが合格しない。その後有田は科挙に合格するのは政府高官の子弟ばかりだと知り関心がなくなり、商売に専心し何年か後に豪商になった。
 百艶は王老楽夫婦の恩義を想い起こし有田に王二村に行って貰うと、王二村で王妃が攫われたことを皇帝が怒り、官府を派遣して捜査させたが王妃を攫った強盗は捕まらず、王家は焼き払われたことが分かった。

 幸いに老楽夫婦は人に助けられていると聞くと有田は老楽夫婦を探し出し、遠慮する夫婦を我が家へ連れて帰った。百艶も父母の楊翰林夫妻を迎えに人を出したが、父母は百艶を想いながらすでにこの世を去っていた。
 こうして姚家、王家、趙家は同じ処に住み、ともに幸せな日々を送り、ますます栄えたということである。      

             薛天智故事選                              00.12.6

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