母と子
何時の時代か知らないが、わしらの家の辺りに周という母子が住んでいたそうだ。息子の周三合はとても親孝行で暑さ寒さに母をいたわり、母の食べたい物は何でも食べさせた。
母は息子を、息子は母を思い、「お前が…」 「おっかさんが…」と互いに譲り合い、何時も喧嘩でもするように押し合っていた。でも薪を売って暮らすのは大変で母子には一軒のあばら家と、薄い布団、炊事の道具しかなかった。
ある年の中秋節に三合は朝早くから山に入り、薪を伐ると急いで町へ売りに行った。三合は薪を売りながら、今日は中秋節だ、何時も貧乏で母に何もしてやれないから今日は喜ばしてやろうと、薪をみんな売ってしまうと肉と小麦粉を買い、肉饅頭を作ろうと考えながら家へ急いだ。
すると後ろでバタッと音がするので振り返ると髪も顔も汚れボロボロな着物を着た老婆が倒れている、三合は走り寄って老婆を助け起こし「お婆さん、どうしたんですか」と聞いた。老婆は涙を流しながら「わたしはたった一人で身寄りもなく、もう三日も水も飲んでいません」と答えた。
三合は“こんなに年をとって一人ぼっちなんて可哀相だ、人はみんな一家で中秋節を祝うのにこのお婆さんは何も食べられないのか、よし,買って来た肉と粉を少し上げよう”と思い提げている肉と粉を出してみたが、“これを分けたら肉も粉も少なすぎて一人前にもならない、みんな老婆にやってしまえば、家には母が中秋節を楽しみに待っている……でも母には明日薪を売ってまた買えばいい、母には一日遅れの中秋節をして貰おう”と心の中で決め唇を噛みしめ、肉と粉をみんな老婆に渡し「お婆さん、一人ぼっちで頼る人もいないならこれで中秋節を過ごして下さい」と言った。
老婆は肉と粉を受け取ると礼を言い頭をふりふり行ってしまった。三合は家へ帰って母にこの事をみんな話すと母は「さすがあたしの子だ、良い事をした、あたしは肉饅頭を食べるより気持ちがいいよ」と三合を褒めた。
秋が過ぎて冬になり、三合の母は風邪を引き寝こんでしまった、三合は朝早くから西北からの吹雪の中で薪を取って町で売ると急いで薬を買い家へ帰った。
途中まで来ると干からびたような老人が雪の中に蹲っている、三合は老人を助け起こし「お爺さん、どうしたんですか」と聞くと、老人は息を切らしながら「わしはたった一人で身寄りもなく、その上気候が変わって病気になり,薬を買うにも一文もないし、金を借りるあてもないので雪に埋まって死のうと思っているのです」と答えた。
三合はそれを聞くと涙が出そうになり、そっと心の中で“この老人は一人ぼっちで可哀相だ、母に買った薬はこの老人にやって、母には明日また買おう”と決め唇を噛みしめ、薬を老人に渡し「お爺さん、一人ぼっちで頼る人もいないなら、この薬を上げます」と言った、老人は薬を受け取ると礼を言って雪につまずきながら行ってしまった。三合は家へ帰って母にこの事をみんな話すと、母はまた「さすがあたしの子だ、良い事をした、きっと天の神様があたしたちを助けてくれるよ」と言って三合を褒めた。
小寒が過ぎて大寒となり年の暮れになったが、毎日雪が降り続き三合は山に入れず薪が取れない、薪を売らなければ金にならず、正月の用意も出来ない、それに母の病気も悪くなるばかりで薬も買えない。
ある朝、三合は母の病気が前より重くなったの見て、優しく「おっかさん、何が食べたい?」と聞いた、すると母は口を何回も開け、しばらくして蚊の鳴くような小さな声で「おっかさんは何も食べたくないが、ただ鯉の汁が一口飲めれば死んでもいいと思っているよ」と言った。三合は母の言葉を我が胸を矢が貫いたように聞くと涙で何も言えずやっと「おっかさん、鯉を捕って来るよ」とだけ言った。
三合はすぐ氷割りを持ち、すくい網を担いで村の大池に行った。池に張った氷を突いて突いてやっと大きな穴を開けるとすくい網を何度も何度も入れてみたが日が暮れて暗くなっても小さなえびもかからない、三合は氷の上にしゃがみ、涙を流しながら「天の神様、天の神様、わたしの母が病気になり鯉の汁が飲みたいと申しています、どうか神様の霊験で鯉を捕らして下さい」と祈った。
すると氷の穴から一尾の小さな鯉が飛び上がった、三合は喜んですくい上げ家に帰り、すぐ鯉を鍋に入れて鯉汁を作った。
その時、外からポクポク木魚を叩いて乞食僧が布施を求めに来た、三合が米を出すと僧は首を振り、金を出すと要らぬと言う、三合が何が欲しいのかと聞くと、僧は鍋の鯉汁を飲ましてくれと言う、三合は困って、“おっかさんは星や月を望むように鯉汁を飲みたがっているのにこの小さな鯉でやっと一椀の鯉汁ができただけだ、これをこの僧に飲ましてしまえばおっかさんには何もない、どうしたらいいかおっかさんに聞いてみよう”とこれを母に話すと母は笑いながら「息子や、坊さんは苦行しているんだから、鯉汁は坊さんに飲ましてお上げ」と言った。
それで三合は乞食僧を家の中に入れ、鯉汁を僧に差し出した、すると僧は三合と母を見ながら平気な顔で鯉汁の椀を受け、頭も上げず目を閉じて旨い旨いと言いながらアッという間に飲み干してしまい、口を拭きながら、「母は賢く、息子は孝、我は肉、粉、薬、一椀の鯉汁の旨さ」と念じ、三合の母の体を指差すと、母の病気は治り、小さなあばら家は青瓦の四棟の屋敷に変わり、庭にあった石は砕けて小石になるとそれがみんな黄金に光る金貨となった。
母と三合は呆然としながら今までの事はこの僧のしたことだったのかと気がついたが、その時はもう僧の姿は見えなくなっていた。
薛天智故事選 00.12.4