牡牛の泉
沈陽の西四十余里の地に“大牛”“二牛”“三牛”という村が三つ連なってある。なんでこんな名がついているのだろう?
この辺りの人の話によると、昔、遼河の岸に苗という家があった。夫婦は一人娘を育て、牡牛を飼い、何坪かの砂地の畑を作って暮らしていた。一人娘は青と言い、両親は田んぼの青い苗を見て、年々豊作であることを願ってこの名をつけた。
だが青が十七歳になった夏、太陽はすっかり雲に覆われ顔を出さず雨が降り続いた、みるみる遼河はゴウゴウ音をたてて増水し、とうとう土手を壊して洪水になり、苗青の両親は流されてしまった。青も溺れそうになると、飼っていた牡牛がプカプカ浮かんで来たので急いで牛の背中によじのぼり、そのまま三日三晩流されやっと岸に流れ着いて助かった。
苗青は日の当たる場所に小さな小屋を建てた、こうして住む所は出来たが食べる物がない、苗青は山菜を採って食べたが、穀物を食べず山菜ばかりでは人は生きていけない、何日もしないうちに苗青は病気になり小屋の中でブルブル震えていた。牡牛は自分の主人が病気になって心配なのか小屋の前を往ったり来たりしてモウモウ鳴いた。
ある晩、苗青がうとうとしていると、突然、白髪の老婆が来て「娘さん、何も食べないから病気になるんだよ、どうしてその牛を市で売ってお金に換えないのさ」と言った、「お婆さん、この牛はわたしの命を救ってくれたんです、どんなに困っても売ることは出来ないのです」 「馬鹿だねぇ、お前本当に売らないのかい」 「はい」 「お前が売らないなら、あたしが牛を連れて行くよ」と老婆が牛を連れて行こうとするので、苗青は慌てて老婆を引き止めようとすると、逆に老婆に突かれてよろめいた。
そこで苗青はハッと目を覚ました、もう空は明るく、まわりを見ると煉瓦作りの家の中に自分がいるのに気がついた、部屋の中は立派ではないが、箱もあるし戸棚もある、目の前にはすぐ使える皿や器もある、驚いて外に出ると庭に若者が笑って立っている、苗青が「ここは何処ですか」と聞くと、若者は「あなたの家です」と答えた「いいえ、ここはわたしの家ではありません、あなたは誰方?」 「私の名は牛俊、苗青さん、怪しまないで下さい、本当の話をしますから」
苗青は頷いて「いいえ、怪しみません」と答えた。
すると牛俊は笑いながら、くるりと体をまわすと何時も一緒のあの牡牛になった。苗青は心の中で“牛が人に変わるかしら?”と思うと、牡牛は「私は普通の牛ではありません、天界の神牛です」と言って、またくるりと若者になって「苗青さん、私が嫌いですか」と聞いた、苗青は頭を振って「あなたはわたしの命の恩人です、嫌うわけはありません」 「それはよかった、今日から私は苗青さんの暮らしの手伝いをします」それから二人は兄妹のように暮らしていたが、やがて夫婦になり、大牡牛,二牡牛、三牡牛、四牡牛,五牡牛の五人の息子を生んだ。
それから年が経って五人の息子はそれぞれ若者に育った。ある年の春、日照り続きで井戸は涸れ、河も干上がってしまい、畑の土は花びらのように割れ、木はみんな萎れてしまった。農作物は春に種を蒔かなければ秋に収穫できない、どこの村でも慌てて龍王の像を担ぎ出して雨乞いをしたが何ヶ月経っても半滴の雨も降らない。牛俊は苗青に「私は村の人々が困っているのを見ていられない、明日からみんなの畑や田に水を引く泉を探しに行く」と言うと、苗青も「気をつけて行ってらっしゃい」と言った。
牛俊は家を出ると東に行き西を巡り、歩きに歩き回って沈陽の西三十余里の南山(現在の新民県胡台郷南山村)に入った。その頃南山には人家はなく、今のように平らでもなく高い山で木が茂り、雉、兎、ノロ、鹿などが沢山いた。
牛俊はここには生き生きした草が生え木々も青々しているから、この山には水があり、地下には泉があるに違いないと、山を上ったり下ったり、山の前や後ろを探しに探し三日三晩寝ずに歩き回ったが泉は見つからなかった、牛俊は急に悲しくなって思わず涙を地面に落すと、そこに白い髭の老人が現れ、手にした龍の頭を彫った杖で地面を突き「牛俊、泉はこの山の底にある、この山を曳き倒せば泉があり清らかな水が涌き出ている」と言うと消えてしまった。
牛俊は急いで家へ帰り、五人の息子を集め一緒にまた山に戻り、自分の腰に巻いた帯を解くと片方を山の先端に巻きつけ、六人で気を合わせ力まかせに帯を曳くと大きな音が響き、大地震が三回起って山は曳き倒され泉の水が流れ出した。だが牛俊と四牡牛と五牡牛は力尽きて死んでしまった。大牡牛、二牡牛と三牡牛は泉の元を三つに分け、三大泉を掘った。それが今の大牛泉、二牛泉、三牛泉である。
薛天智故事選 00.12.3