毒虫神と竈神
小年(旧暦12月23日)が終わると大年(旧暦12月30日)である。小年は十二月二十三日で毎年どの家でも屋根から床まで家の内外を片付け塵一つないように綺麗に掃除し、さっぱりしてから家族みんなで餃子を食べ、それから竈神にお供え物をして祭り、爆竹を鳴らして竈神を天界に送る。どうして小年に掃除をして美味しい物を食べ、盛大に竈神を送るのだろうか?
伝えられる話によると、古代、毒虫と云う虫がいた、この虫は悪い虫で人の体について人を惑わせたり二枚舌を使わせたりして人の間に争いを起こさせたと言う。
腹黒で口がうまい毒虫は大きなことを言って玉皇大帝を喜ばせるものだから、大帝もうっかり口がすべり毒虫を“毒虫神”に任じて下界へ下し、人の善悪を査察させたのである。
俗に“鼻が高くなっても得なことはない”と云うがこれは意味の深い言葉だ。
毒虫神は大帝から論功行賞を貰おうと下界に下り、夜も昼もあちこちの人家を巡り、腰を曲げて人の足につき人の間違いを探り、年の暮れになると張三が泥棒した、李四が人を刺した、王五や劉六は神や仏を敬わないなどなど、人を嫉妬して人の悪い面ばかり付け加えて大帝に報告し、一つも人の良い所を言わなかった。
玉皇大帝は天界にいて下界には下らず、ただ天界に在ってそれぞれの神の奏上を聞くだけで下界を統べている、だから始めは毒虫神の言うことを気に止めていなかったが、毒虫神が毎年下界の人間を悪く言うので、大帝はだんだん人間に偏見を持つようになった。
ある年、またそれぞれの神が所管の事を大帝に報告する日が来た。毒虫神はわざとフウフウ言いながら霊霄宝殿に昇り跪いて「申し上げます。私めが下界を巡っておりますと人間どもが大帝に無礼な事を言っておりました」「如何なる事だ」 「大帝の侮辱で私めも敢えて申し上げられません」 「真実を言え、何を言ってもお前に罪はない」 「ハハー、あくなき人間どもは大帝を下界を知らぬ無情な愚か者だと罵っております。斯くなる上は夏は雨を冬は雪を降らさず四季おりおりの耕作で人間どもを苦しめるしかありません。そうしなければ人間どもはすぐ……」「すぐ何だ」 「天界に反逆し、大帝を八つ裂きにします」
それを聞くと玉皇大帝はあまり怒ってもう少しで玉座から落ちそうになりながら「毒虫神、すぐ下界に戻り、誰がわしを罵ったかを調べ、分かったらそいつの家にみんな印しをつけろ。大年三十日の晩、雷神に命じてその印しのついた家を撃破させる。うまくいけば、お前に十分な恩賞を与えるぞ」と怒鳴った。
毒虫神は玉皇大帝を騙し自分の思うようになったと嬉しくなって流星のように速く下界に下り、だれかれの区別なく全ての人家に印しをつけてしまった。
人家の主の竈神は温厚で剛直な神であったが、毒虫神が人に災いをすると知って、髭を震わせて怒った。だが竈神は毒虫神より官位が低く、十二月二十三日前に天界へ昇ることは大帝に許されていない、しかし早くしなければ人間は毒虫神に絶やされてしまう。竈神は火のように焦り、七日も八日も飯が喉を通らなかった。竈神の妻は賢い人で、竈神が人の夢に現れ、誰も十二月二十三日に必ず家の内外を隅々まで綺麗にしなければ大変な事になると知らせればよいと言った。
下界の何処の人家でもこの夢を信じ、みんな家の外を箒で掃き、中を雑巾で拭き半日ほどですっかり家の内も外も片付け、毒虫神がつけた印しも知らぬ間に何処の家でも綺麗に拭きとってしまった。
大年十二月三十日の晩、玉皇大帝は雷神を下界に遣わし、印しのついた悪い人間の家を探させた。雷神は大槌を提げ、東の家西の家と四方を巡り、目が痛くなり両足が疲れるまで探したが印しのついた悪い人間の家は一軒もない。
気の荒い雷神は骨折り損のくたびれ儲けだとプンプンして天界に戻り、玉皇大帝に毒虫神は下界に故意に事を起こすため流言を発し人を誹謗して、大帝を欺いていると奏上した。大帝は怒ってすぐ宣旨を伝え、毒虫神を南天門の外に追い出し、毒虫神を故意に事を起こすために人を誹謗したと公示して処刑した。
こうして毒虫神は処刑され、人は絶滅を免れた。それから人々は竈神の功徳を忘れないように十二月二十三日を小年と呼び、その日にすす払いや掃除をし餃子を食べて祝い、竈神に供え物をし、爆竹を鳴らして竈神を天界へ送るようになり、それが習慣となり今に伝えられているのである。
薛天智故事選 00.11.26