幽霊の料理人
昔、むかし、北京の街はずれにどぶ川があった、このどぶ川の両岸は雑草でおおわれた荒野で大小の土饅頭がならんでいる。ある年、なぜか多くの子供が死んでムシロに包まれ、この荒野に捨てられてから、この荒野に野犬と烏が群れ、ここには昼も夜も人が近づかなくなった。
ところが何時頃からか、山東から流れてきた龍という母と十歳あまりの順女という娘が行き所がないままここに掘建て小屋を作って住み、街に出て物乞いをして暮らし始めると、同じように何人かの乞食がここに来て住みつき、だんだん人が増えてきた。
ある日、順女は物乞いに行き雨に降られて帰ると倒れてしまった。体が冷えたり熱がでたり七日七晩苦しみ、ハアハアと胸で息をした、母親は驚き、涙の干れるほど泣いて看病した。貧乏人は病気になっても医者も呼べず薬も買えず、ただ死ぬのを待つばかりだ。
ある陰気な風の吹く暗闇の晩、母親が暗い灯の下で涙を流しながら、寝ている順女を見守っていると、突然“サァー”と冷たい風が吹いて戸が開き、灯が“ユラユラ”と三回揺れると戸口に五十歳前後の老人が現れた。母親は驚いて「お前さん、こんな夜更けに人の家へ勝手に入って何をするの?」と言うと、老人は笑って「怖がらなくてもいいよ、わしはあんたは知らないかもしれないが、あんたの叔父の龍須だ」と答えた。
母親はそれを聞いて、やっと死んだ夫から、龍須という叔父が二十歳の頃家を離れて長年音沙汰がないと言っていたことを思い出し、「あたしはあなたがもう亡くなられたと思っていましたが、よく帰って来られました。どうかあたしの子の順女を助けて下さい」と言った。
すると、龍須は順女のそばに行って様子を見ると、懐から小さな瓢箪を出して中から数粒の薬を取り出し順女に飲ませ、母親に「心配いらない、この子は七日もしないうちによくなるよ」と言いながら、懐から何枚かの銀貨を出し母親の手の上にのせ「この金で何とか暮らしていきな、じゃあ、わしは行くから」と言った。
「どちらへ行くのですか」 「宿屋へ帰る」それを聞くと母親は龍須を引き止め「叔父さん、あたしは夫が早死してから娘と二人きりで頼る所もなく流浪したあげく、やっとここで暮らして来ました、もし叔父さんがまだ一人でいるなら、どうかここで一緒に暮らして、あたしに叔父さんのお世話をさせて下さい、お願いします」と言った。
龍須は溜息をついて「アア、互いに辛い運命だったなあ、わしはお前たち母娘を山東から河北へと捜し歩き、あっちで聞きこっちで尋ねやっと捜し当てたがわしも老いてしまった。お前たちが嫌でなければ、そうさせて貰おう」と答えた。
これを聞くと母親は「あたしたちの暮しは貧乏ですが、あなたへの孝養は忘れません」と涙を流して喜び、龍須は「よし、わしは今晩宿屋に帰り、荷物をまとめ明日早く運んで来よう」と言った。
龍須が来て四日たつと順女の病気も治り、龍須は母親に「お前、この辺りは家も少なくないし往来する人も多い。それにこの家は十字路の角だから居酒屋を開けばきっと儲かる」と言った。そして龍須は煉瓦を買って来ると古い木材を建て付け小さな店を作った。
商売をするにはまだ十分ではなかったが、三日もしないうちにこの店で酒を飲み料理を食べる客が増えて来て、客が押し合うほど混んで来た。
どうしてかというと龍須が作る料理の味に客は魔法をかけられたように一回食べると二回食べたくなるのだ。母親が「叔父さん、あなたは何時何処で料理を習ったのですか」と何度も聞くと龍須はその度に「それは聞かないでくれ」と言うのでそれからもう母親も聞かなかった。
半年経つと店はますます繁盛して来たが、母娘にはどうも分からないことが二つあった。一つは店の酒や料理がみんな売り切れても、龍須は決して母娘に酒や料理の材料を買いにやらず何時も夜になってから自分で買いに行くことだった、「叔父さんどうして昼間買いに行かないのですか」と母親が聞くと、龍須は意地をはるように「昼は暇がない」と答えた。
昼間、客の応対をしていて夜になってから、仕入れに行って買えるのだろうか。二つ目は酒屋までは遠く、元気な若者でも行ったり来たりに二刻半はかかるのに、年をとった龍須は煙草を一服する間に戻って来る。しかも仕入れて来る酒や食材は市場でも見かけない上等な品ばかりである。
母親が「叔父さんの足は余程速いのですね」と聞くと「わしの足は鍛錬してあるからだ」と答え、「叔父さんの仕入れてくる品はどうしてこんなにいいのですか」と聞くと「誰だっていい物を選んで買うだろう」と答えた。
こうして十数年が経った。
どぶ川の両岸は人家で埋まり、龍家の小さな居酒屋は大きな料理屋になり、店の前も賑やかな町並みになった。
ある年の旧暦七月十五日のお盆の晩、龍須は母娘を呼んで「お前さんたちが貧乏を抜け出して、わしの願いも叶った。わしはもう行かねばならない」と言った。「何処へお出でになるのです」 「天界だ」それを聞いた母娘はびっくり、「エエ、こんなにお元気なのに、どうして死ぬなんて」と声を揃えて言った。すると龍須は「わしらは一緒に仲良く十年あまり暮らしたが別れる時が来た、これ以上わしの身の上をお前たちに隠しておくわけにはいかない。
実はわしの姓は龍ではない、わしの姓は趙、趙光武、昔は皇帝の食事を作る料理師であった、ある時、わしが塩を多めにした料理を作ると皇帝が塩辛いと怒り、有無を言わさずわしを死刑にした、わしはそれを恨み霊界をさまよい成仏できぬまま、この世を巡る人助けの幽霊になり、お前たちの貧乏を助け、居酒屋になって暮らした。わしがこの店で使っ物はみんなわしが皇宮から盗んで来た物なので長い間お前たちには言わなかった、しかし今や、わしの功徳は満願になり天界に行くことになったのだ」龍須はそう言うと姿を消した。
すると外に笛や太鼓の調べが聞こえて来た、母娘が急いで外に出て見ると趙光武は大勢の人に囲まれ美しい車に乗って空を昇って行った。 趙料理師が去った後も龍家料理店はそのまま残り繁盛した。それで後の人々がこの不思議な話を聞いて、それからこの辺りを龍須溝と呼ぶようになったのである。
薛天智故事選 00.11.20