三虎と妖怪
昔、山奥の深い谷に大虎、二虎、三虎の三兄弟が住んでいた。大虎は気も力も強く両腕で山を押し倒すこともできる。
二虎は弓の名人で、夜、弓を引いて蚊を射ることができる。三虎は力も弓も二人の兄にはかなわないが優れた知恵があった。
ある日、大虎は猟を終えて山から帰ると二人の弟に「北石山に妖怪が出て周りの村の男や女がもう九十人も食べられ、あと少しで百人になるそうだ。天界の神も恐れて退治できないでいるから、わしが妖怪をひねり殺して来る」と言った。二虎と三虎は「大兄一人では危ない、俺たちも一緒に行こう」と言ったが、大虎は「わしがほんの少し力を出せば済む、わし一人で十分だ」と言い残して一人で北石山へ向かった。
大虎は北石山の麓に着くと白髪の老婆に会った、「お前さん、何しに行くんだい」 「わしは北石山の妖怪を退治に行く」 「そうかい、その前にお前さん、一人暮らしのこの婆に少しばかし手を貸しておくれでないかい」 「よし、何をするんだ」 「馬小屋の馬の糞を取るのさ」老婆はそう言って大虎を山の陰の小さな小屋へ連れて行き、馬糞刺しを渡しながら木立を指差し「あそこに馬小屋がある、やりおわったら戻って昼ご飯にするから」と言った。
大虎は馬小屋へ行くと昼まで腕を奮って馬糞を取った、汗を流し喉が渇いてきたが、馬糞は少なくならず却って増えてくる。
しばらくして老婆が左手に大きな牡羊を牽き右手に水の入った瓢箪を持って体をふるわしながらやって来ると「お前さん、喉が渇いたろう、水を飲んでおくれ」と言った、大虎は喉がカラカラで瓢箪を受け取るとすぐゴクゴクとすっかり水を飲み干した。
すると老婆は薄笑いを浮かべ「お前さん、馬糞が多くて一刻半では片付かないだろう、それよりこの牡羊を山へ連れて行っておくれ」と言った、「よし」と大虎は牡羊を牽いて歩き出した。しばらくいくと牡羊が突然暴れだし、大きな角で大虎に向かって来た、大虎は自分の力なら何でもないと手を伸ばして牡羊の角を掴んでひねった、ところがどうしたわけか体に少しも力が入らず、牡羊に引っ張られて倒れてしまった。
その時、老婆はキラキラ光る刀を持ち、大きな盥を抱えて大虎の前に現れ、体を揺すると青い顔に褐色の髪を乱した大きな妖怪に変わりニタニタ笑い「ハハハ、お前、産毛もないのにこのわしを刺そうなんて本当に何も知らぬ奴だ、いまわしがお前の血と肉を食べてやる」と言った、大虎はやっと妖怪に謀られたことを知り、必死になって立ち上がろうとしたが力が入らず立ち上がれない、妖怪は得意になって「わしの魔水を飲んでしまえば、もうお前の一生はおしまいだよ」と言いながら刀を振り下ろして大虎を殺し、洞窟に引き摺って行くと血をすすり、肉やはらわたを食べてしまった。
二虎と三虎は七日七晩待っていたが大虎は帰って来ない。「三虎、大兄が行ったっきり帰って来ないのはたぶん妖怪に食べられてしまったのだ、俺が見て来る」 「中兄、一人で行くのは危険だ、俺も行くよ」 「俺は弓の名手、一人で大丈夫だ」と二虎は弓矢を背負い北石山へ向かった。妖怪は二虎が来るのを知るとまた老婆に化け「お前、何処へ行くんだ」と二虎を引き止めた、「北石山の妖怪退治に行く」 「お前、一人暮らしのわしに少し手を貸してくれないかい」 「よし、何をするんだ」 「馬小屋の馬糞を取っておくれ」と老婆は二虎を家に連れて行き、馬糞刺しを渡しながら「背中の弓矢は邪魔だからここへ置いて行きな」 「よし」と二虎が弓矢を背中から下ろして老婆に渡すと、老婆は顔をなでるとまた妖怪に変わりニタニタ笑い「お前、二虎だろう、まだ乳の匂いも取れないくせにわしを殺そうというのかい、何も知らないんだね、お前の心臓をわしの酒のつまみにさせておくれ」二虎は妖怪を矢で射ようとしたが弓矢は老婆に渡してしまったのだ、二虎は妖怪に謀られたことを知ると気を失った。妖怪は二虎の心臓を切り取り酒を飲みながら食べてしまった。
三虎は家で待ちに待ち、心をせかして八日待ったが二虎は帰って来ない。三虎は“中兄は十中八九妖怪に食べられたのだろう、大兄がやられ、中兄が帰って来ないのをみれば、あの人食い魔はちょっとやそっとでは退治できない、これは用心して行かねばならぬ”と考え弓矢を持って北石山の麓に行った、三虎は老婆に化けた妖怪に近づき「お婆さん、二人の若者を見ませんでしたか」と聞いた、「見たよ」 「二人はどっちへ行きましたか」 「閻魔様もただでは鬼を使わない、わしもただでは教えないよ、お前がわしに手を貸してくれれば教えてやる」 「何をするんです」 「馬小屋の馬糞を取っておくれ」老婆は三虎を家へ連れて行くと、馬糞刺しを渡しながら「お前、背中の弓矢は邪魔だからここに置いて行きな」と言った。三虎はこれを聞くと、弓矢は猟師の命だ放せぬと思い、心の中で“俺はここを兄貴たちとよく通ったが人を見たことはない、それをこの婆さんが歩いているなんておかしい”と思い、そっと婆さんを探ると目が怪しく光り、顔に殺気がある、三虎は胸に疑いを抱きながら「弓矢を背負っていても大丈夫です」と言った。
三虎は馬小屋へ行き、馬糞を取っても取ってもどんどん増えてくるので不思議に思い辺りを見回わすと頭のない馬が尻からひっきりなしに糞をしているのを見つけた、これは妖怪の仕業だと馬の尻の穴に棒を刺し込んで塞ぎ、馬糞をすっかり片付けてしまった。そこへ老婆が左手に牡羊を右手に瓢箪を提げてやって来て、馬糞が綺麗に片付いているのを見て驚いたが、何食わぬ顔をして笑い「お前、疲れたろう、水を飲んで喉を潤すがいい」と瓢箪を出した。
三虎は死ぬほど喉が渇いていたので飲みたかったが、老婆に抱いていた疑いが解けないので「私は飲まない」と答えると「水を飲まないなら、わしの替わりに羊に草を食べさせに連れて行っておくれ」と言った。
三虎が羊を連れて行くと、途中で羊が狂ったように三虎に突進して来たので三虎は匕首を出して羊を殺した。老婆は三虎を殺せなかったと知るとたちまち妖怪の正体を現わし風に乗ってやって来た、それを見た三虎は弓を引いて矢を“サッ、サッ、サッ”と三本放ち、妖怪を射殺した。
薛天智故事選 00.11.2