狼山の物語
昔、何処かはっきりしないが狼山という高い高い山があった。山の中腹には雲が漂うゴツゴツした大きな洞窟があり、そこに多くの狼が住んでいた。狼山の麓には艾村という三十戸ばかりの小さな村があったが、山の洞窟に住む狼はこの村の豚一頭羊一頭も襲うことはなかった。どうしてだろう?
艾村には艾という姓が多い。ある艾家に艾山という若者がいた。弓矢が上手で雲の中の雁すら射落とす名手であった。しかも力も勇気もあり素手で虎を捉えたこともある。父は早く亡くなり、山の猟で母と暮らしていた。
ある日、艾山は弓矢を持って森の中で獲物を捜していると、真っ白な髪をした老婆が木の下に横たわりフウフウと喘いでいる。
見ると老婆は腿に傷を受けていて、傷口から真っ赤な血が流れ、辺りの草を赤く染めていた。艾山は走り寄って「お婆さん、どうしたんです?」と聞いた。老婆はひどく痛そうに蒼白な顔をして唇を震わせ「わしは娘の家へ行って帰る途中で道に迷い、誤って猟師の埋めた罠を踏み、仕掛けられた矢に腿を射られてしまったのだ」と言った。
見れば矢は老婆の腿に刺さったままだ、「お婆さん、この矢を抜く時は痛いが、そのあとで薬を塗れば治るから」と艾山が言うと、老婆は歯を食いしばって頷いた、艾山は注意深く矢を抜くと素早く薬を塗り、腰に提げた布で包帯をしてやり汗を拭うと「お婆さん、家まで送ってあげよう」と言うと「有難う、送ってくれなくていいよ」と老婆は首をふった、「お婆さんこんな深い傷だ、遠慮はいらない」と艾山は言うと老婆を負ぶった、すると老婆は笑いながら「あんたは優しい良い人だ、わたしが本当のことを言っても驚かないでおくれ」と言うと狼山を指し「わしは人間ではない、狼山の狼仙だ、わしを助けてくれた恩義を一族の狼に伝え、これからあんたや艾村の一木一草まで守ってやる」と言うや、一陣の風となって去った。
その日、艾山は家へ帰って村人に狼仙に遇ったことを話したが誰も信じる者はいなかった。後になって村人たちは狼山の狼が村のどんな小さな家畜も猫も犬も襲わなくなったのでやっと艾山の話を本当だと思った。村人はもともとみんな仲良く老若男女誰も顔を赤くして怒るような事もなく和気藹々に暮らしていた。ところがある年、苗虎という男が外から村に入って来た。
苗虎は生家が大水で流され放浪して艾村にたどり着いたのだ。村人はこの痛ましい災害に遭った苗虎を見て可哀相になり、こっちの家で米、あっちの家で薪をと助けてやり、やがて苗虎は艾村に安住するようになったのである。
しかし、誰も苗虎が蠍のような悪心を持った口先のうまい悪人だとは気がつかなかった。村人を騙し二年あまりで、村人の家や畑を巧妙に奪い、たちまち苗虎は村の金持ちにのし上がり、村人は苗虎の小作人になってしまった。苗虎は金持ちになると一日ごとに勢いを増し、官府と通じ一戸一戸の小作人から搾取し、人々は食うや食わずで床にムシロさえ敷けないほどの貧乏になってしまい、村人はみんな苗虎を恨み早く死ねばいいと思っていた。
だが、悪い奴ほど死なないものだ、村人は「狼山の狼よ、早く苗虎をやっつけてくれ」と口々に念じていた。
狼山の狼仙はこの村人の呟きを知って、ある日、狼山の狼を洞窟の前に集めて「恩人がわしらに助けを求めている。お前たち、恩義を忘れた苗虎を脅かしてやれ」と言った。
その日から苗虎の家の豚や羊が毎日毎晩、狼に襲われ大小の狼が群れをなして苗虎の家の前や後ろを囲んで吠え続けた。
苗虎は驚いて番人に艾村の熟練した猟師の張を雇おうとしたが張は首をふった、李を雇おうとしたが李も行かなかった、誰も悪玉の手先になって狼を撃つことはできないのだ。
そこで苗虎は何とか狼に豚や羊を襲われないように、屋敷の庭に狼が入れないようにするには県知事を買収するしかないと馬車に乗って官府に行き、銀五百両で『村の全戸は七日以内に狼の皮五枚出せ、期限までに出さなければ罰金銀十両』という一枚の高札を買った。
村人は困ってしまった、狼は仲間だから撃てないし官府の権力も強くて逆らう事はできない、ましてや多額の罰金を出すことはできない、全てを投げ出してすっからかんになったっても間に合わない。艾山は思いあまって弓矢と刀を持つと老母に「おっかさん、村人の災難を救うには俺が苗虎を殺すしかない」と言った、老母は涙を流し「お前の言う通りだが、そうなれば官府はお前の首を斬ってしまう」 「首を斬られてもいい、俺はやる」と言って艾山は行こうとした。
するとこの時、狼仙が風に乗ってやって来て、「艾山、それはあまりに危険だ、それよりこれで悪者を退治し村人を助けるがいい」と藍色の絹の袋、白い絹の袋、赤い絹の袋をくれた。艾山が「狼仙、これは何ですか」と聞くと狼仙は絹の袋の秘法を教えて消えた。
艾山は期限の七日目に苗虎の家へ行った。「艾山、狼の皮を持って来たのか」だが艾山は答えず、懐から第一の藍の絹の袋を取り出すと、苗虎を指差し「お前は少しも人情がないのにまだこの世にいるのか」と言いながら「藍の袋開け、狼出ろ」と唱えると袋がサッと開き一筋の藍色の光が苗虎の屋敷の内外に閃くと、そこら中に大小の狼が群がり、瞬く間に苗虎を噛み殺して狼山へ帰ってしまった。
村人たちは災いの根を断ち切って大喜びしたが、官府へは一枚の狼の皮も出せず、代わりの銀はどうしょうと思っていると、艾山は第二の白い絹の袋を出して「白い袋開け、銀出ろ」と唱えると袋がサッと開き一筋の白い光が閃くと銀が山のように出てきた。こうして村人たちの災難はまた解決した。
最後に艾山は赤い絹の袋を取り出して呪いを唱えようとすると、その前に一筋の赤い光が閃き、赤い服を着た花のような娘が現れた。そして赤い服の娘は艾山の妻となり、村人たちも元のように仲睦まじく平穏に暮らした。
薛天智故事選 00.10.26