狐仙の焼酎

 昔、法庫門北桃山に『聚仙泉』という酒蔵があった。主は王安、人に王百万と言われるほどの富豪で周囲百八十里に知られていた。王安がどうして富豪になったかを説くには祖父の代から話さなくてはならない。

 王安の祖父は王勁という実直な農民であった。ある日、高粱をロバに牽かせて市場へ行く途中、二人の猟師が狐を担いで行くのに出遇った、王勁は狐が泣いているのを見て“この狐は俺に助けを求めているのだ”と思い、二人の猟師に「お前さん、この狐をわしに売らないか」と言った。「冬至の後の狐だから高いよ、買うかい」 「幾らだ」「銀二両は欲しいね」 「もうすこし安くしてくれ」と言うと、二人の猟師のうちの背の高い方が「あんた本当に買うなら銀一両でいいよ」と言った。
 だが王勁には持ちあわせもなくまだ高粱も売れてないから銀一両だってない。王勁は思い切って「この高粱とロバとの交換じゃどうだい」と言うと、二人の猟師はしばらく話し合ってから承知した。

 王勁は二人の猟師がロバを牽いて遠去かると、腰に下げていた布で傷ついた狐の腿を手当てして縄を解いてやり、狐の頭を撫で「お前の家は山の古い洞穴だろう、行きな」と言うと、狐は王勁に向かって三度頭を下げ、足を引き摺りながら逃げて行った。王勁が家に手ぶらで帰えったので女房は「高粱を売って、ロバはどうしたの?」と聞くと王勁は道であったことをみんな話した。王勁の女房もいい人ではあったがそれを聞くと「ロバがなくなって来年の春は畑に何を植えたらいいかね?」と嘆いた。

 その晩、王勁夫婦は何となく気を落として床につき、うつらうつらしていると窓の穴から小さな人が飛び込んで部屋の中に立つと、たちまち普通の人間の姿に変わった、王勁は驚いて目をこすりよく見ると、白衣を着て龍の頭を彫った杖を持った白い髭の老人で、王勁に深く礼をすると「恩人、驚かないで下さい、わしは昼間あなたに助けられた狐です」と言った、「すると、あなたは狐仙ですか」と聞くと白い髭の老人は頷いた。

 「狐仙のあなたがどうして昨日は人間に捕まったのです」 「ええ、お恥ずかしいが、わしは酒を飲みすぎて酔い潰れ山で寝ていてあの猟師に捕まってしまったのです、それをあなたに助けて貰いました、その恩返しにあなたの家三代にわたって繁盛、富貴を保証します、来年は畑を耕す必要はありません。庭にある牽き臼の下に井戸がありますからその水で焼酎を造りなさい、酒蔵を開く元手の金も用意してあります」白い髭の老人はこう言うと、また小さくなって窓の穴から出て行った。

 王勁は女房を起こし油を灯すと今のことを話した、「お前さん夢を見たんじゃないの」と言う女房に王勁は枕の下からお金を出して見せた、夫婦はこれで狐仙の言ったことが本当だと分かった。 翌日、王勁夫婦は庭の牽き臼を持ち上げて見ると、果たして井戸がありその水を嘗めてみると、蜂蜜を入れたようだった、夫婦は狐仙から貰ったお金で家具や器を揃え、大工に焼酎造りの鍋や竈を揃えさせ焼酎を醸造した。出来た焼酎には狐仙を忘れぬために、書塾の先生に頼んで『聚仙泉』と名前をつけた。

 この焼酎は味が醇正で人が四方八方から買いに来て一日の出荷は車八台分にもなった。酒蔵の甕には何時も酒が満ち、やがて酒蔵の敷地は広がり、小さな銭箱は大きな銭箱に取り換えられ、みるみる王家は大きくなった。王勁は狐仙の恩義を忘れぬために酒蔵を開いた時から、敷地の中に狐仙堂を建て、毎月一日十五日には線香を供えて祭った。また王勁夫婦は優しい人柄で、貧乏人に施しを忘れず、二人とも八十八歳まで長生きした。王勁は臨終の間際に息子の王青を呼び狐仙堂の線香を絶やさず子孫の繁栄を保てと言い残した。王青もまた臨終の時、息子の王安を呼び同じことを言い残した。

 さて、三代目の王安は西村の周長者の長女周氏を娶り、この大きな酒蔵を周長者と共同で経営する事になった。王安の妻になった周氏はなかなか手ごわい性格でいかつい顔をしているが、王安は気弱で妻の言いなりの夫で、妻がこうと言えば反対できず、大きな声を上げることもできない。
 ある時、その日はちょうど十五日で、王安が狐仙堂を開け線香を供えていると、妻の周氏はわざと狐仙堂に尻を向け、大声で「くだらない供え物や油の灯りは無駄だ」と怒鳴った。
 王安は慌てて「お前、怒鳴らないでおくれ、狐仙は我が家の守り神なんだ、わしらの酒蔵が繁盛し万事平安なのも狐仙のお蔭なんだから」と言うと、周氏は目を吊り上げ「なにが平安さ、繁盛しているのはあたしのお蔭だよ、今日から線香や供物をやってはいけないよ」と言った。王安は何とか言おうとしたが、鬼のような妻の形相を見て黙ってしまった。

 葉が青く茂り黄色くなってまた一年経ったが、狐仙堂の線香は十二ヶ月絶えたままであった。ある日、王安が酒を飲んで肘掛椅子でうとうとしていると、ふと誰かに肩を叩かれ、目を覚ますと白い衣を着て杖をついた優しそうな白い髭の老人が立っている。驚いて「誰方ですか」と尋ねると、老人は笑って「うつけ者、わしはお前らの三世代も此処にいるのにわしを知らないのか」と言った、王安は目をパチパチさせてしばらく考えるとハッと大きく口を開いたまま危く倒れそうになった。王安は祖父から聞いていたあの狐仙だと気がつき、一年も狐仙を祭っていないので急に恐ろしくなったのだ。

 老人は真っ青になった王安を見ると「まあお前も悪いが、お前の妻がよくない、だが今日はお前らを責めに来たわけではない、ただ少々酒を飲ませて貰いたいと思ってな」と言った、王安はそれを聞きやっとホッとし慌てて身を整えると老人に席を譲り、召使に酒と料理の用意をさせた。やがて酒と料理が運ばれて、 王安は今まで狐仙を祭らずにいたことを詫びて酒と料理を勧めた。狐仙も飲んだり食べたりして打ち興じ、王安とも親しく言葉を交わした。
 「あなたはさっきどうやって此処へ入って来たのですか」と王安が聞くと、狐仙はすっかり酔い誰もいないのを見て「わしはこの窓の穴から入って来たのさ」と答えた、そこで王安は半信半疑で「あなたのその法術を一つわたしに見せて貰えませんか」と言うと、狐仙は酔っていたものだから「じゃ一回だけ見せてやろう」と言うと、出ている酒壺を指して「この中へわしが入ってみせよう」と言うと一転して棗の種ほどの小人になり酒壺の上に飛び上がると“スルリ”と壺の中に入って中から「どうだい」と声をかけた。

 王安はこれはすごい神通力だと驚き、狐仙を大切にしなければ大変なことになると思い「ご老人、たいした法術です、出て来て下さい」と言うと、老人はまたもとの姿になって王安の前に立ち「わしはまだあんたの祖父に助けられた恩義を返し終わっていない」と言った。そしてまた二人は飲み続け、東の空が明るくなると老人は帰ろうとした、王安はしきりに止めたが老人は「お前さんの気持ちは分かった、だが今晩のことは決してあんたの妻には話すなよ、また何時かわしを酒に呼んでくれ、この部屋の西北の壁の角に向かって狐仙老人と三回呼んでくれれば直ぐ来る」と言うと老人の姿は消えた。

 もちろん王安の口は堅くこのことを妻に漏らしはしなかった。そして時々狐仙老人を呼んで飲み明かし、やがて半年過ぎた。
 さて、周氏は夫の王安がここ半年ほど時々夜帰らないないので外で浮気をしているのではないかと疑っていた。ある晩、王安が狐仙と飲んで別れ真夜中に帰ると、妻の周氏が苛立って待っていて、王安を見るといきなり怒鳴り始め、王安を前に座らせ何処のどんな女と浮気しているのかと問い質した。王安は本当のことを言わず、何とか言い逃れようとすると周氏はますます怒り、錐で王安の腿を突くので、王安は堪えきれずとうとう本当のことを話した。

 すると周氏は「お前は狐仙を有難がるなんて馬鹿だねえ、キッパリと殺してしまえばいいんだよ」と冷たく笑った。 これを聞くと王安は驚いて「我が家は狐仙に恩義があるのだからそんな事はできない、それに狐仙の神通力は大きくて、とても人間はかなわない」と言うと、周氏は「お前さんまだそんなこと言ってるのかい、上には上、ニガリを入れれば豆腐になるようにやり方があるんだよ。また狐仙を呼んで酒を飲ませて酔わし、あいつが一番嫌がるものを聞き出すんだよ、いいかい」と王安を睨みつけた。王安はそんなことしたくなかったが、妻が怖くてできないとも言えなかった。
 ある日、王安は狐仙を呼んで酒を飲ませ、狐仙が酔ってくると「あなたは神通力が強いから誰にも負けないでしょう?」と聞いた、狐仙は王安の悪企みを知らずに「わしは酒壺入っても壺の口に赤子の“えな”(胞衣)を被せられると出られなくなる」と本当のことを言ってしまった。王安は狐仙が帰るとすぐ妻の周氏にこれを話すと周氏は「じゃ三日後にまた狐仙を酒に呼びな、あたしゃ明日赤子の“えな”を貰って来るから」と言った。

 三日経った晩、王安は今までより多い料理を用意して狐仙を呼び、狐仙が酔うと王安は「今晩はひとつあなたとわたしで法術比べをしませんか、この酒壺にあなたが入れば、わたしも入ってみせます」と言った、狐仙も面白がって「わしが先に入り、あんたが入れなければあんたの負けだ」と言うと蜜蜂ほどの大きさの小人になって酒壺に入った。
 それを見ると“えな”を隠し持っていた周氏は素早く酒壺の口に“えな”を被せた。するとすぐ酒壺の中から狐仙が苦しそうに「助けてくれ、わしはお前らの家を繁盛させているじゃないか」と叫んだ、周氏は憎らしそうに「お前が我が家の繁盛を支えているんだって、とんでもない!今日お前が死ねば、これから我が家の面倒がなくなるわ」と言いざま酒壷を竈の中へ投げ入れた、しばらくして狐仙は焼け死んでしまった。

 狐仙が死んで七日目の夜、王家の男と女、子供から年寄りまでみんな突然病気になり、真っ裸になって庭を「熱い、熱い」と言って駆け回ると、続いて家から火がでて瓦も残さず焼け尽きた。こうしてこの日、王家は没落し周氏は焼け死に王安は生き延びたが口がきけなくなった。    

            薛天智故事選                               00.9.27

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