猟師と狐の精

 昔、金玉頂という若い猟師がいた。ある日、背に弓矢、腰に刀をつけて山奥の森に猟に出かけた。
 昼なお暗く深い森で、朝から夕暮れまで獲物を捜したが一頭もいず一本の矢すらつがえていない。金玉頂は“何時もこの森にはノロ、野鹿が多いのに今日は雉も兎もいない、日も暮れてきたし帰ろう”と、引き返すと“パタ”と草むらの中から金色に輝いた狐が飛び出した、しめたと矢を放し様子をうかがった、金玉頂には自分の矢に百発百中の自信があったのだ。

 だが一瞬、目を疑った、なんと狐は放った矢を口にくわえているではないか。はずれたかと第二矢をつがえ狐の喉を狙った、矢は命中と思いきや、狐は振り向いて再び矢を口にくわえてしまった。金玉頂は驚き、“悪賢い狐め、こんどこそお前を射殺さねば金の名がすたる”とばかり第三矢を“サッ”と放った、ところがまたもや矢は狐の口にくわえられてしまった。
  金玉頂はならばと腰の刀を抜いて狐を追うと、狐はいち早く走り出した。二本足の人間が四本足の狐にかなうわけはない、狐は金玉頂の足がおそくなればおそく早くなれば早く走り、まるで遊んでいるようであった、狐にからかわれているのかと金玉頂はあと十数歩のところまで追い着くと怒りがこみあげ死に物狂いで追い駆けた、どれだけ森を駆け抜けたかわからない、空が暗くなって月が出た。

 やがて狐は山の中の古い廟に逃げ込むと姿が見えなくなった。金玉頂は廟の中、周りを丹念に捜したが狐の姿は影も形もない。金玉頂は山の神の廟の供物台の前に座り、持って来た干し糧を食べると供物台のほこりを払い、その上に横になって眠った。
  しばらくして金玉頂は寒気を感じ目を覚ますと空に星と月が光っている。ハテ、廟の中で寝た筈なのにどうして廟の外にいるのかと不思議に思ったが、疲れきった金玉頂にはそれを考える余裕もなく再び廟の供物台に戻って横になった。
 ところがまた寒気を感じ目を覚ますと自分は廟の外に寝ていて、空に星と月が光っている。いよいよ不思議に思った金玉頂はまた廟の供物台に戻り、その真相を確かめようと寝たふりをしてじっとしていた。すると間もなく“サッサッ”と足音がしてきた、薄目を開けて見ていると二人のガッチリした体格の若者が近づき、一人が金玉頂の頭を支え一人が両足を支えて外へ担ぎ出そうとする、金玉頂は二人の若者が頭と足をつかむ寸前に鯉のように“ピョン”と跳ねて地面に立ち、激しい声で「お前ら何をするんだ」と言うと二人の若者は怒った声で「お前を外に出すんだ」と答えた。

 「何故こんなことをするんだ」 「お前は俺たちの仇きだからだ」 「冗談いうな、互いに見知らぬ人間なのにどうして仇きなんだ」と言い返すと二人の若者の姿は見えなくなり、白い髭の老人が金玉頂の前に現れ笑いながら「金大人、失礼した」 「あなたは誰だ」 「金大人が追っていた獲物です」 「すると狐の精?」 「いや、老いぼれです」 「どうしてわたしを此処へ引き寄せたのだ」 「まあ、此処は話をする場じゃない、すまないがわしの家へ来て下さらんか?」老人はそう言って手を挙げると山の神の廟の後ろに灯りがついた。

 金玉頂は老人の後について行くと四棟に囲まれた大きな屋敷で、客間に入ると立派な家具が置かれ、金玉頂が見たこともない金銀玉器が並べてある。金玉頂が席につくと小間使いの娘がお茶を持って来た。娘たちはみんな若く美しく金玉頂は思わず目を見張った。 狐の精の老人は一口茶をすすると「老いぼれが若い大人にお願いしたい事がある」と口を切った。
 「何でも話してくれ」と金玉頂が答えると「では、大人の金家は代々猟師を生業とし、多くの山の生き物を殺害してきた、だが今日から山での猟を止めてもらいたいのだ」と言った。
 金玉頂が頭を上げて「山にあれば山で暮らし、河にあれば河で暮らすと言う、この深い山と深い森で猟をしないで何で暮らせというのだ」と言うと、老狐仙は溜息をついて「世間にはいくらでも生きる道がある、漁もあれば木こりも畑の耕作も学問もある、わしらは大人に金銀財宝を贈るつもいでる、それで家を買い、土地を買えば金持ちになれるではないか」と言った。

 金玉頂は目を輝かし「どれだけくれるつもりか」と聞いた、老狐仙は「欲しいだけ」と答え、金玉頂を連れて大きな石壁の前に立つて袖を振ると、石の洞窟が開いた、見ると洞窟には金銀財宝が満ち溢れ、眩しくて目を開けていられない。
 「金大人、たっぷり取るがいい」金玉頂は何も言わず上着とズボンを脱ぎ、洞窟に入り金銀を包めるだけ包み肩に担いでフウフウ言って出て来た。別れる時に狐仙は「金大人、何かあれば山の廟へ来て三回、『狐仙、狐仙』と呼んでくれ」 「よし、わかった」そう言うと金玉頂は金銀財宝を家へ持って帰り、新たに家を買うと質屋を開き瞬く間に百里四方一の成金になった。すると今まで見向きもしなかった親類縁者たちがお世辞を使ってやって来て、やたらに飲んだり食ったりした、やがて役人、高官も近づきうまい汁にありつこうとして来た。

 ある日、県官が大きな駕籠に乗り、大勢の家来を従えてやって来た。それを眺めた金玉頂は役人というのは貫禄のあるものだ、俺は金はあるがあんな権勢はない。もし俺が高官になって権力を手に入れたらいいなあと考え、県官に「清廉な県官さま、わしも高官になれますか」と聞いた、すると県官はもったいぶって「文章が書け、試験に受かればなれる」と答えた。
 それを聞いて金玉頂が「それは残念、わしは一字も字が書けない」と気を落とすと県官は小声で「本当のことを言うとわしも一字も知らない、県官は金で買ったんだ」 「どのくらい金がかかるかね」
 県官は金玉頂には金があると思い、すぐ「白銀十万両で県官になれる」と言うと金玉頂は胸を叩いて「あんたに任せる、十万なら十万出すから運動してくれ、七日経ったらわしは桃、あんたは杏を手にできる、約束したぞ」

 金玉頂は県官が帰ってからすぐ弓矢と刀を持ち、馬車に乗って山の神の廟へ行き「狐仙、狐仙」と三回叫ぶと狐仙が「わしに用事かな」と現れた。「俺は県官を買うから銀一馬車くれ」狐仙は溜息をついて「よろしい」と言った。金玉頂はそれを県の官府に届けた。
 県官は急いで金玉頂を邸宅の中へ案内し酒と料理で歓待し、妻や妾も陪席させた。金玉頂は県官の美しい妻や妾たちを見て、俺はすぐ高官になるのにこんな綺麗な妻や妾はいないと考えると、すぐ狐仙の屋敷にいたあの若く美しい小間使いの娘を思い出し、また弓矢と刀を持ち山の神の廟に行き「狐仙、狐仙」と叫ぶと、強い風が吹きあの老狐仙が「金大人、何用だ」と現れた。

 「わしは高官になったが美人の妻や妾がいない、あんたの家にいるあの綺麗な小間使いの娘を何人かわしに世話してくれ」と金玉頂が言うと、老狐仙は顔をしかめて何も言わない、金玉頂は体につけた弓矢と刀を叩いて「承知しないならわしはもとの猟師になるぜ」と脅かした。
 老狐仙は仕方なく「承知した」と言った。 狐仙は金玉頂を連れて屋敷に入り、手招きすると数十人の天女のような娘たちが金玉頂の前に花のように広がり、羞ずかしそうににっこりと選ばれるのを待つ風情であった。金玉頂はボーと見惚れてしまって、どの娘を選んだらいいかわからない。

 狐仙はその様子を見ると笑いながら「縁は天の定め、金大人、自分で決められないなら、目隠しして探り、捉まえた娘に決めたらいい」と言った。金玉頂はそれはいい考えだと、黒い布で目隠しして手探りで娘たちの中に入り、娘を捉まえようとした。
 だが娘たちはみんな泥鰌のようにスルリと金玉頂の手から抜け、笑い声が聞こえるのに捉まらない。金玉頂が少し焦り始めた時、一人の娘がよりかかってきた、金玉頂はこの時とばかり狼のようにその娘に飛びかかった。

 しかし、金玉頂は狐仙が自分を征伐しょうとしていたとは気がつかなかった。金玉頂は山の崖っぷちまでおびき寄せられ、娘に飛びかかった瞬間、空をきり万丈の谷に墜落し一片の肉の塊になってしまった。     

             薛天智故事選                              00.9.15

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