奇怪な仇討ち
世間にはいろいろ妙な話があるが、これは息子が父を息子と呼び、父が息子を父と呼んだという奇妙な話である。
時代は分からないが、山東の耿家村に耿七という若者がいた、両親が死んで一人になった耿七は先祖代々残された畑を守り、食べるに事欠くこともなく平穏に暮らしていた。ところが思いもかけぬ災いが天から降ってきたのである。
村に王という長者がいた、正妻、妾はみんな卵を生まない母鶏で子供がない。何年も東の廟で香を焚き、西の廟で願をかけたが、小さな煙草入れほどの子供さえ生まれない。王は自分が還暦を過ぎても子供がなければ家は断絶、満貫の財産も失われてしまうと、何を食べても旨くなく、夜も寝られず、熱い鍋の中で転がる蟻のように思い悩んでいた。
ある日、何処から来たのか風水の占い師が現れ、王家が財に恵まれながら後継ぎがないのは祖先の墳墓の位置がよくないからだ言い、占い師は王を連れて村のうちそとを回り、耿七の畑の前に来ると「旦那、もしここにご先祖のお墓を移すなら、きっと王家は財も人も豊かになり、三十年後には政府高官になる人がでます」と言った。王は驚き「本当ですか」と聞いた、「嘘は申しません」 「わかりました、三日後にここを先祖の墓にします」
畑は耿七のものである、早速人を介して耿七を呼んだ。
王は財をもとに権勢を奮い、耿七はおとなしくて騙しやすい、金をすこしはずめば畑を寄越すだろうとたかをくくっていた。
ところが耿七はおとなしいが芯のある男で、日頃から王が権力で貧乏人を苛めるのを心よく思っていず、王家が断絶すればいいとさえ思っていたのだ。
王は耿七が来るとすぐ畑を売ってくれと切り出した。だが耿七は即座に「あの畑はわたしの祖先から耕してきた畑で、どんなに金を積まれても売りません」と答えた。それを聞くと王は「その金でまた畑を買えばいいじゃないか」と押し返した。
耿七は顔を上げ王を見据え「あんたがどんなにうまい話をもってきても、わたしは売りません」と言って帰ろうとすると、王は心にこの野郎と思いながらも笑顔をつくり耿七を引き留め「まあ、話はまとまらなかったが、呼び出した義理もある、一杯飲んでいってくれ、おーい、酒を持って来い」と言った。すると下男や女中たちが上等な酒や料理を食卓に並べはじめた。
耿七は王がしつっこく言うので、どうせあいつがあくどく稼いだ金で買った酒や料理だ食ってやれと思い、席について酒を二口飲み、料理を一口食べた、とたんに耿七はバッタリ倒れ、血を吐いて死んでしまった。耿七はまさか王が毒を盛って人を殺すほどの悪党だとは思っていなかったのだ。
この冤罪に耿七の魂は成仏しないまま霊界に行き、閻魔殿にたどり着くと冤罪を訴えた、冤罪を叫ぶ耿七を牛頭馬頭は閻魔大王の前にひきだした。「何者だ」 「冤罪に泣く 耿七の魂でございます」 「如何なる無念じゃ」耿七は泣きながらいままでことをすっかり話した。それを聞くと閻魔大王は怒って「耿七、娑婆に転生して思うままに仇を討て」と言ってくれたので耿七は有難く閻魔殿を退出した。
さて、王長者は耿七が死んだので、吉日を選んで祖先の墓を遷した。それから三年経たぬうちにあの風水の占い師の言った通り、五十五歳になった王の妻が花開いて身ごもり、太った可愛い男の子を産み、名前を継祖と付けた。
なにしろ王にとってはたった一人の子だから何かにつけて「坊や坊や」と可愛がった。しかし継祖は三年経っても一言も話さない、王は息子が口を利かないというので、香を焚いて願をかけたり、医者を呼んで鍼を打ったり、二年あまりも大金を使ってみたが効果はなかった。
ある日、継祖が外から帰ると王は思わず「息子、お前が言葉を話せればいいのになあ」と嘆いた。すると突然継祖が小さな口を開いて「息子、父は話せるぞ」と言った、それを聞いた王はまるで狂ったように喜び「神様、息子が話しました」と叫んだ。
継祖が話せたことは王には大きな喜びではあったが、その時から継祖は王を息子と呼び、自分を父だと言って譲らない。息子と呼ばれて王が返事をしないと継祖はひっくり返って泣き騒いで手がつけられない、王はただもう継祖の言うままにするしかなかった。
小さな継祖も だんだん大きくなったが、本も読まず働こうともせず、悪い仲間と飲む打つ買うと遊び回り、とうとう二十歳になった時には王家の財も残り少なくなるまで使い果たしてしまった。そしてある日、継祖は突然腹が痛いと騒ぎ、痛い痛いと転げ回りしばらくして息絶えた。
王長者はかけがいのない息子に死なれ、大声で叫びその場に倒れボーとしていると継祖が門の外でにクスクス笑いながら手招きして「息子、父はここにいるぞ、早く来い」と言って向うへ行く、王は慌てて起き上がり継祖を追い駆けて行くとそのまま霊界に着き、更に閻魔殿に入り継祖に追い着いてびっくり、振り向いた継祖が耿七に変わっていたのだ。
耿七は王を捕まえ「こっちへ来い」と声高く叫けぶと、閻魔大王が“パン”と机を叩き王を指して「お前は娑婆にあって富をあさり貧乏人を苦しめ、人の命をないがしろにする極悪非道の大罪を犯した。鬼どもこやつを油地獄へ連れていけ」と激しい声で怒鳴った。
すると二匹の牙を剥き出した青鬼が現れ、鉄のさすまたで王をひっかけ、煮えたぎる油の鍋に落とし、から揚げにしてしまった。
こうして耿七は恨みを果たし、閻魔大王の前に跪くと、大王は耿七を立たせ再び富貴な家に転生させた。
薛天智故事選 00.9.10