母を取り返した宗秀
昔、済南に張宗という山東人がいた。十歳の時、毎年の凶作で難民となり仕方なく目の見えない母の手を曳いて乞食となり、流浪の果てに今の沈陽の西のある村にたどり着いて住みついた。
ある年に大雪が降り、十二月に入ると三日も降り続き、薄い着る物しかない張宗は物乞いにも出られず、残っていた物も食べ尽くした。でもまだ雪は止まない、張宗は母にひもじい思いはさせられないと母に黙ってそっと物乞いに出た。
そして運よく一軒の家で枡半分の粟を貰い喜んで帰る途中、何かに躓いて転んだ。起き上がって見ると鼻先から尻尾まで真っ白な犬が寒さで倒れているのであった、可哀相に思って抱えて帰ると、母は犬を撫でて、「宗や、これは犬ではない狐じゃないか、口にお酒の匂いがするから、きっと何処かで酒を飲んで酔って寝ていたんだ、酔いが覚めたら放しておやり」と言った。
翌日の朝になると狐は姿を消していたが張宗は気にもとめなかった。やがてさしもの雪も止んで、張宗は家の周りの雪を払い落としていると、窓に紐に通した銅銭が置いてある、張宗は驚いて母に渡すと母は手で銅銭を触り「お前、このお金盗んで来たのかい、それとも拾ったのかい?もし盗んで来たのならすぐ返しておいで」と悲しそうに言った。
「おっかさん、俺はそんな人でなしのことはしないよ、このお金は窓に置いてあったんだよ」 「それじゃあ、誰かが落として行ったのかもしれない、その人が捜しに来たら渡しておやり」
ところが三日経っても誰も捜しに来ない、それから四日経ってもまだお金を捜しに来る人はない。母は「宗や、誰もこのお金を捜しに来ないのは、もしかすると神様があたしたちにお恵みになったのかもしれない。まずこれでお米を買って命をつなごう」と言った。
それからお金がなくなる頃になると、決まって窓にお金が置いてあるようになり、母子は食べるにも着るにも困らなくなり、すこしばかりの蓄えすらできた。
こうしているうちに花が咲き散り年が過ぎて、張宗は十八歳の凛々しい若者になり母は息子の結婚を心配するようになった。張宗は表面ではまだ急がないでいいよと言ってはいたが心の中では実は焦っていた。
ある日も太陽が山に沈もうとする時、井戸の傍らの木の下でその事を思い悩んでいると、西の草原に灯がともり、遥かに物売りの声がする、あの草原は荒野で人はいない筈なのにと思って行ってみると、驚いたことにそこは人や馬車が行き通い、商店が並び、大道の武芸者や芸人が声を上げて人を寄せている賑やかな町であった。張宗は人を押し分け、東を見たり西を見たりしながら不思議に思っていると、誰かに袖を引っ張られた、振り返ってみると若々しく艶やかな娘が柔らかな声で「お別れしてから何年でしょう?張さん、あたしを覚えています?」と聞いた。
張宗は驚いて首を振ると、娘は羞かしそうに笑いながら「どうぞあたしの家へいらっしゃって」と張宗の手を曳いて賑やかな通りから離れ、立派な屋敷の前へ来た、黒塗りの門で屋敷は高い塀に囲まれ、東西の棟に五間の青瓦の母屋、召使の女中が出入りしている。張宗が客間に案内されて座ると召使たちが宴席の用意をし、見たこともない山海の珍味が並べられた。
張宗がびっくりしている様子を見ると娘は「張さん、本当の事を話しますとあたしは数年前にあなたに助けられた狐で、名は胡小秀と申します」 「あなたが狐の精ですって」 「そうです、間違いありません。あたしは命を助けられたご恩返しにずっとお金をお送りして、あなたがお母さんを大事にしていた事をそっと何年も見ていました、それであたしはあなたを慕うようになり、あなたを我が家へお連れしてあたしの胸の内を訴え夫婦の契りを結びたいと思ったのです。宗さんが嫌ならあたしは人間ではありませんから無理にとは申しません」と小秀は言い終わると顔を赤らめ下を向き、張宗の返事を待つ風情であった。
張宗は小秀のその姿を見ると「そんなこと問題ではありません、人間だって悪者が多く、心のいい人は少ないのです、私は貧乏な男ですが、あなたが嫌でなければ私は何も言う事はありません」それを聞くと小秀は喜び二人は毎晩、形と影のように寄り添い、酒を飲んだり遊び戯れたり、とても楽しく過ごした。
三日目になると張宗は杯を持ったまま涙ぐんだ、小秀は口をすぼめて笑い「お母さんを思い出したんでしょう」と言い、張宗が頷くと小秀は愛情をこめて「あなたは酒色に溺れない君子ですわ、あたしがすぐ家まで送ってあげます」と言った、「でも、あなたに会えなくなってしまう」と張宗が嘆くと「心配しないで、すぐ会いに行くわ」と言って小秀は張宗を送り出し、町の中の井戸の前に来ると、突然「張さん見て、蓮の花が咲いているわ」と言った、張宗が覗くと小秀は張宗を井戸に突き落とした。
驚いて目を開けると張宗は自分の家の前の井戸の脇で横になっていた。夢を見たのかと思い目をこすると老母は門の前で日向ぼっこをしていた。張宗が「おっかさん」と呼ぶと老母は驚いて涙を流し声をふるわし「お前、本当に宗かい」と言った、「そうだよ、俺だよ」「お前が何も言わずにいなくなって三年、お前、何処へ行っていたんだえ」それを聞くと張宗は俺が小秀の所にいたのはたった三日なのに、おっかさんはどうして三年と言ったのだろう?そうだ仙境の一日は現世の一年と言うではないかとすべてを悟った。
張宗は自分が小秀と出会ったことを話し、老母がこの三年をどう暮らしていたかを聞いた、すると老母は「お前がいなくなると、毎日一人の娘が食べ物や着る物を持ってきてくれ、ご飯を作ってくれたり洗濯をしてくれた、何処の娘さんかと聞くと『あたしは胡家村の胡家の娘です』と言ったよ」と言った。張宗はそれは小秀のはからいだと思い、心の中で小秀に感謝した。張宗と老母は小秀が尋ねて来るのを毎日待ち三ヶ月経った。ある晩、張宗と老母が寝ようとすると、小秀がお金を沢山持って家の中に現れた。
それから小秀が持って来たお金で三間ある家を買い、張宗と小秀は若夫婦となり小秀は老母に優しく仕え、楽しく暮らした。
ある晩、張宗は家へ帰ると小秀がしょんぼり涙ぐんでいるので、急いで聞くと「あたしは人間と結婚するのを反対した両親から逃げ、あなたと結婚したのですが、さっき使いの者が来て、明日あたしが帰らなければ父はあたしを罰すると言って来たのです」 「人間と狐の情愛に厳しいお義父さんに、俺が明日人間の何処がいけないのか聞きに行くから心配しないでいいよ」 「父は影も形も見せず行き来するから、あなたは父には会えません、父から逃げるたった一つの方法は明日の朝市場で七七四十九の双連の爆竹と九九八十一の大きな鞭炮を買いそれを真夜中に半刻の間、休まず鳴らせば助かります」
翌日、張宗は小秀が言った通りの数の爆竹と鞭炮を買って来て真夜中に点火した、ところが近所の人がその音にびっくりして何事かと飛び出したので、張宗がわけを話してちょっと音がやんだすきに、家の中で小秀の叫び声が聞こえ、張宗が驚いて家に入ると小秀は父に攫われて行ってしまった。
張宗はその場に座って大声で一日中飲まず食わずに泣き気を失い、朦朧としていると小秀が現れて「あたしは父に東山の石の洞窟に閉じ込められました、あたしたちはもう一緒に暮らすことは出来ません、でもあたしは身ごもっています、来春、花が咲いたら、あなたは七つの山と八つの河を越えて、北山の石の洞窟の曲がった松の下に来て、生まれたばかりのあなたの子を引き取り大事に育てて下さい」と泣いて訴えた、張宗は小秀を引き留めたが、小秀は袖を払って飄然と去ってしまった。
待ちに待った翌年の春がやっと来た。張宗は老母を家に残し、干し糧を持って東山に向かい、三日三晩で七つの山を越え八つの河を渡り、北山の洞窟の前の曲がった松の下に置かれた赤ん坊を抱いて帰った。帰ってみると老母は重い病に罹っていて初孫を抱くと、顔を撫でながら「あたしはもう長くはないが、おばあちゃんが名前を付けて上げよう、お前の父さんは張宗、母さんは小秀だから、お前の名は張宗秀だよ」そう言うと老母はこの世を去った。
瞬く間に張宗秀は八歳になった。ある日、宗秀は泣きながら帰って来ると「父さん、みんながあたいのことを母なしっ子と馬鹿にするんだ、あたいの母さんは何処にいるの」と訴えた、張宗は本当のことを話し、来年春になったら東山の母さんを尋ねようと答えた。
宗秀は本当のことを知ってから、ますます母を慕い、無情な祖父を恨み、狐の精の祖父の顔を描いた泥人形を作り「おじいちゃんはどうしてあたいの母さんを返してくれないの、返してくれないと便所の中に落としてしまうよ」と言うと、本当に便所の溜めにその泥人形を落とした。
こうして何回も何回も繰り返していると、ある晩、夢の中に白い髭のお爺さんが現れて「これ孫や、おじいちゃんの五百年の修行の力がなくなってしまうからやめておくれ、芒種(六月五日〜七日)になったらお前の母さんを返してやるから」と言った。
宗秀は目を覚ますとこの夢を父の張宗に話した。張宗父子は半信半疑のまま芒種の日を待っていると本当に小秀が帰って来た。それから張宗夫婦親子は幸せに暮らしたということである。
薛天智故事選 00.9.6