金の馬

 昔、劉家庄の東の大きな楡の木の下の小さな家に劉横という若者が住んでいた。両親は早く死んで一人暮らしである。
 働き者の好青年だがまだ未婚、人が悪いわけでもないのに嫁を世話する者がないのは劉横が直情径行な武骨者で、悪事をみれば黙ってはいない性格で、何時か騒ぎを起こし、人さまの娘に迷惑をかけてはいけないと自分で相手を探そうとしないからだ。

 劉家庄は三四百戸もある大きな村で、村の中央には大小の商店が十数軒も並んで賑やかである。その中の楊家は母と娘の秀玲が針や糸などを売る小間物屋である。 秀玲はいい娘で針仕事も上手な十八歳、まだ嫁入り前だ。
 村の若者たちはみんな秀玲に想いをよせて、ひっきりなしに嫁の話が舞い込む、だが秀玲は張家や李家からの話にも、ほかからの話にもただ首を振るばかりで、誰も秀玲の気持ちを探れず、秀玲がどんな婿を選ぶのかさっぱり分からなかった。
 秀玲の家の斜め向かいに、門に獅子の石像を構えた郎長者の四合院の屋敷がある。郎はもう六十を過ぎていて正妻から若い妾まで七八人も抱えているのに、まだ懲りずに秀玲の美しさに惚れ、目玉をまるでイナゴのように丸くして秀玲をじっと見つめ、用事もないのにああだこうだと楊家の小間物屋へ出入りしては、「俺の家には海や山ほどの金銀がある、親戚には多くの役人、高官がいる」などとベチャクチャ吹聴するのだった。

 だが秀玲の母はそんなことに騙されず、郎が富を誇って娘を弄ぼうとしているのだと見抜いていた。
 ある日、母は秀玲に「玲や、あの老いぼれはお前にご執心だから気をつけな」と言い、「おっかさん、あたしの目はごまかされないわ、あの爺さんのいやらしい目つきで見られると、ぞっとするわ」 「あいつが来たら隠れた方がいいよ」 「はい」と母子で話していると、ちょうどそこへ郎が大きな蒲の葉の団扇を揺らし酒の匂いをプンプンさせながらまたやって来て「母子で何を話してるんだ」と声をかけた。

 秀玲の母は郎を追い払おうとして「娘に昔話をしてやってるんですよ」と答えると、郎は図々しく「わしも聞かせて貰おう」と椅子に腰掛けた。
 秀玲の母は郎を追い出そうと「むかし、一匹の蝦蟇がいた、この蝦蟇はもう三人も四人も内儀さんがいるのに、ある日、空を飛ぶ白鳥を見て、『おーい白鳥さん、あんた綺麗だね、それに比べりやあ、俺の女房なんぞみんなゴミみたいなもんだ、あんた俺と結婚しないかね』と言った、すると白鳥は『お前さん、そんなみっともない自分の顔を見たことがあるの』と言ったとさ」と語った。

 それを聞いた郎長者は自分が当てこすられているから面白くなく、終わると茄子の皮のような顔色をして立ち上がるや「婆さん、長者のわしを皮肉るのかい、本当のことを言うとな、わしの八人の女房はみんなもとは遊女だ、若々しくて初心な秀玲はびっくりするかもしれないが、秀玲が素直にわしの処に来れば秀玲を悪いようにはしない、もしそうなれば婆さんはわしのお義母さんだし、わしは婆さんの家の上等な食客だ。この道理の善し悪しが分からなければ、わしは婆さんたちの商売の邪魔をしてやる、その時になってわしを責めるなよ」と脅かした。

 それを聞くと秀玲の母は怒りにふるえ「あんたの根性は腐っている、あたしの娘はあんたのような悪い家柄にはやれないね」と言い返した。
 秀玲も鞋底を縫う錐を持ち、蒼白な顔で「出て行って、出て行かなければあんたの目をこれで刺すわよ」と言った。郎長者はあざ笑い、覚えていろと立ち去った。
  こうして秀玲母子はその時は気を晴らしたものの後で郎長者が開き直って押し込んで来たらどうしようと恐ろしくなった。
 官府は金持ちに弱く、貧乏人が官府に訴えても負けるに決まっている。母子は考えれば考えるほど心配になり、抱き合って泣いた。

 しばらくして、劉横がこれを聞き、棍棒を持って来ると秀玲母子に「心配しないで、わたしが何とかします」と行こうとするので、秀玲は「劉さん、あなたが一人で行くのは羊が虎の処へ行くようなものです、あなたに災難を負わせることはできません」と引き止めた。「それは何時ものことで、分かっています」と秀玲の手を振り払い、郎長者の家へ行き大声で郎長者を呼び出した。
 だがあの老いぼれ長者は猿よりも鬼よりも悪賢い、自分のことであの喧嘩好きな劉横がでしゃばって来るに違いないと、家へ帰るとすぐならず者を集め一人に五両の金を与え、劉横が来たら殺させようとしていたのだ。

 さて、金を貰った命知らずのやくざたちは、劉横が乗り込んで来ると、一斉に棍棒を持って飛び出し劉横を囲んで殴りかかった。劉横もまた喧嘩好きな乱暴者、負けてはいないが一頭の虎に狼の群れ、半刻もたたぬうちに劉横は打ち倒されてしまった。
 郎はすぐ劉横を村はずれの墓地に引きずって行き大きな墓の洞に入れて塞いでしまった。そうしておいて秀玲を奪い、小屋に閉じ込め二人の下女に交替で見張らせた。

 話かわって、郎長者は劉横は死んだと思っていたが、実は劉横は気絶していただけで、墓の洞穴の中でゆっくり息を吹き返し目を覚ました。
 目を開けて周りを見ると自分が広い明るい部屋に倒れていて、そばに十二歳ぐらいの少年が笑顔で立っているのに気がついた。「劉兄さん、気がつきましたか、水を飲みますか」そう言われて劉横は喉が乾きお腹が火のように熱くなっているのが分かり、少年が差し出した大きなお碗の水をゴクゴクと飲み干した。

 すると劉横の体の傷はすっかり治り、劉横は少年に「有難う、また会おう」と礼を言うとすぐ立ち上がって行こうとすると、「何処へ行くのですか」と少年が聞いた、「郎長者をやっつけ、秀玲を助けるのだ」 「一人では危ない、私が助太刀します」 「迷惑をかけるから助太刀はいらない」 「いや、あなたの義侠心に私が正義の味方になるのです。私は人間ではありません」 「エッ!人ではない?まさか」 「私は千年前に副葬された金の馬です」 「どうして人に変わったのだ」 「修行して神になったからです」少年はそう言うと黄金に輝く金の馬になった。

 「さあ、劉兄さん、どうぞ私にまたがり目を閉じて下さい、千年の墓から飛び出します」  劉横が金の馬に乗ると、耳もとに風の音が響くとたちまち家に着いた。
 門を入ると秀玲がにこやかに立っている「秀玲、どうして逃げられたのだ」秀玲は何も言わず、身を翻すと少年になり「劉兄さん、私、秀玲さんに似ていましたか」と笑った、「似ていた、そっくりだった、竜鳳に代わって秀玲を救ってくれるのか」 「はい、秀玲さんを救って、劉兄さんのお嫁さんにします」劉横は顔を赤くして「おい、冗談言うなよ、あの人は俺なんか相手にしてないよ」

 金の馬の少年は笑って「私の劉兄さん、あなたは本当にうかつなお人ですね、秀玲さんはずっと前からあなたが好きだったのですよ」 「俺は気がついていなかった」 「兄さんが気がつかなかったから、秀玲さんはそっと神仏にお香を上げ兄さんと夫婦になることをお願いしていたんです」 「知らなかった、秀玲は何時俺に想いを寄せてくれたのだろう」 「あなたの性格ではそういうことに疎いのです、秀玲さんを早く救って帰り秀玲さん母子を連れて村から遠くの地方へ行きなさい」そう言うと金の馬は空高く飛び上がった。

 一方、秀玲は閉じ込められた小さな暗い部屋で母を悲しみ、優しい劉横に想いを焦がしていた。秀玲は郎長者の邪心で身を汚されては、劉横に申しわけないと死のうとしたが、二人の下女に見張られていて死ねない、そこで秀玲は飲まず食わず寝ず、一日も早く清らかなまま死のうと思っていた。
 夜になって、悲しみにくれて目を閉じようとすると目の前に金色に輝いた金の馬が立っていた、「秀玲さん、あなたを乗せて劉横兄さんの家へ行きます、早く私の背中に乗って下さい」 「劉さんは死んでいないの」 「劉兄さんは家であなたを待っています」秀玲は金の馬に乗った、耳もとに風の音が響くとたちまち劉横の家へ着いた、劉横は秀玲と母を連れてその夜のうちに村から離れた。

 さて、郎長者は秀玲を攫って来たが秀玲がなかなか言うことを聞かないので、無理にでも秀玲を抱いてしまおうと考えた。
 真夜中になって人が寝静まると郎は秀玲を閉じ込めた小屋へ行き、見張りの下女に「あの娘は寝たか」と聞いた、「娘は疲れて夜は床の中で身動きもしません、ぐっすり寝こんでいます」と答えた。郎はこの時だとばかりに喜んで、自分で小屋の錠をはずし、そっと中に入り手探りで秀玲に近づくと秀玲は布団から顔を出してスヤスヤと寝ている。
 郎は秀玲が寝ているのを見ると飢えた虎のように跳びついて抱き寄せ、臭い唇を突き出して、秀玲の白い柔らかな頬にぐっと押しつけた、だが少しおかしい、秀玲の頬は冷たく固くて少しも肌の柔らかさがない、ハッとした郎はとたんにギャアと叫んだ。
 抱いていたのは骸骨だったのだ。郎が驚いて人を呼ぼうとすると、金の馬が現れ前足の蹄で郎の脳天を砕いた。それから金の馬は、郎長者の家から金銀財宝を持ち出し、背中に載せると劉横と秀玲たちを追いかけた。     

             薛天智故事選                              00.8.19

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