兄と弟の仲
人は前世の仇をその肉親に生まれ変わって晴らすと言う。嘘か本当か知らないが、こんな兄と弟の話が伝えられている。
昔、父母に早く死なれた兄弟がいた。仲のよい兄弟は親戚や近所の人に助けられながら畑仕事をして暮らしていた。やがて兄も弟も妻を娶り所帯を持つ年頃になったが、蓄えのない二人に人さまの娘が嫁に来てくれるわけがない。
そこで兄弟は村を離れて商売をし、金を稼ごうと三年、二人がっちり手を組んで商売に励み、苦労の末にやっと大枚の銀貨を手にした。
さて、兄弟は稼いだ金を持ち、喜んでもとの村の家へ帰る途中、ある宿の二人部屋に泊まり、二人は満ち足りた心地で眠りについた。
ところが夜半になると弟は突然妖魔に憑かれたように起き上がり“サッ”と護身用の短刀を抜き、手探りで寝ている兄に近づくと短刀を振り上げ一気に刺そうとした、兄はその一瞬に目を覚まし、弟の恐ろしい形相を見て驚き“ハッ”と身を翻して、弟の腕を押さえ「お前、何をするんだ?」と言った。「お前を殺すのだ」
とっさに、兄は弟が稼いだ金をみんな欲しくなり俺の命を奪おうとしたのだと察し「お前、金のための仲違いは止めよう、金はみんなお前にやる」と言うと、弟は冷たく笑い「金ではない、お前の命が欲しいのだ」と言うと、兄の手を振り払いまた短刀を振り上げた。
兄は慌てて弟を手で制しながら言った「お前、忘れたのか、俺たちは同じ母の乳を吸って育った兄弟だぞ」 「俺は前世の仇のカタをつけるのだ。人を殺せば命で償う、金では償えない」 「何の話だ、わしにはさっぱり分からない」と兄が言った。
この時、“カタッ”と音がして部屋の戸が開いた、兄弟が振り向くと死んだ父の霊が陰界の気に乗って部屋へ入って来て、兄を指し「お前は前世で人を殺した」と言った。「俺が前世で人を殺したって?」 「この二つのものを見れば分かる」と父の霊が床の下を指すと、黒い煙が立ち地面が裂け、白骨と錆びついた鋭い剣が現れ「お前、これを覚えているか」と聞いた、兄は首を振った。
すると父の霊は兄の頭を軽く叩き、「善悪に報いあり、思い出せ」と叫んだ、兄は霊気を感じ、脳に猛然と前世の自分が描きだされた。
『前世のあの日、俺はこの宿屋のこの部屋に泊まり、食事を終えて横になっているとそこへ三十過ぎの商人が来て、身なりと持物を整えながら大金を仕舞った。
それを見て俺は殺意を起こし「あなた、ご商売は」と聞いた、「反物を売っております」 「ご商売はご繁盛のようで」 「有難うございます、私は家を離れ三年、やっと金もできました、今日はこうしてあなたと同じ宿の相部屋になったのも前世の縁というもの、私が一献差し上げますから、大いに飲もうではありませんか」商人はそう言うと行李から銀貨を取り出した、俺は目を丸くし笑いながら「俗に縁なくば会えず、縁あれば会うと言いますが初対面のあなたに散財はかけられません」と押し止め、俺が無理やりに上等な酒や料理を買い、言葉巧みに商人に酒を飲ませ酔わせ、真夜中、人が寝静まると短刀で商人を殺し、剣と死体を床下に埋め、商人の行李を担いで逃げのだ』
兄はそれを思い出すと「善悪に報いあり、前世のあの俺とあの商人が転生して兄弟になったのか、天意には逆らえぬ、殺すなり斬るなり、お前に任せる」と“バタッ”と弟の前に跪き、首を差し出した。弟が再び剣を振り上げようとすると、父の霊が立ちはだかり弟の頭を軽く叩くと「これで互いの恨みは晴れた、目を覚ませ」と言った。
弟の心は正気に返り、“父母が死んでから今日まで兄が俺を育ててくれた、兄は前世で間違いを犯したが、今は俺を大事にしてくれる、それをどうして殺せるか”弟はこう考えると心が開いた。
兄は弟が手を下げたのを見て「俺はお前をよくみてやれず悲しい思いをさせた。俺が死んだら自分を大事にしろよ、寒い時は服を余計着ろ、病気になったらすぐ薬を飲め、いい嫁さんと所帯を持ちいい子を育てて成人させろ、そして父母の墓に沢山の紙銭を上げるの忘れないでくれ」と涙を流して訴えた。
弟はそれを聞くと剣を落とした、それを見た父の霊は兄弟二人の手をとって「人は前世の仇を晴らす幽鬼となり、骨肉の情は前世の仇を消す」と言い煙となって消えた。兄と弟は抱き合って泣いた。
薛天智故事選 00.8.15