胡家の墓
胡家の墓は墳墓ではない、ただ石が積んであるだけである。何故、胡家の墓は石が積んであるだけなのか。その話をしよう。
昔、この五女石村に塾があって李生という学生がいた。李生は塾では最年長で体も大きかったが、頭はいちばん悪かった、もう十七才になっているのに、まだ初歩の“三字経”を読んでいた。李生は頭はよくなかったが勉強は熱心であった。夜、何人かの学生が塾で自習するが李生は毎晩ほかの学生がみんないなくなっても帰らず、深夜までずっと勉強した。
ある晩、李生はおそくまで本を読んでいて、何時の間にか机に伏せて寝てしまった、しばらくして李生は体が熱くなり目を覚ますと、十六、七才ぐらいの娘が目の前に立っていたのでびっくりした。娘は細い眉、丸い瞳で、肌はつやつやと艶やかである。
李生は慌てて「あなたのお内はどちらですか、どうしてここへ来られたのですか」と聞くと「わたしの家は近くです、今晩は塾の灯がずっと夜中までついているので、不思議に思って来てみたら、あなたが一人でここに寝ているので、風邪をひいてはいけないと思って、わたしが綿入れの袷をあなたにかけて上げたのです」と言うので李生は首を回して自分の背中をみると、花模様の綿入れの袷がかけてある、李生は羞しくなって「これは……」と言うと、娘は「ほかの学生はみんな早く帰ったのに、あなたはどうしてまだ帰らないのですか」と聞くので、李生は「私は頭が悪くてよく覚えられないのです」と答えると、娘は「じゃあ、わたしが毎日々々山で取った薬草から煉って作った丸薬で頭を治してあげましょう……ただ口にこの丸薬をくわえるだけで自然によくなります」と言いながら、李生の前に来て「口を開けて」と言った、李生が口を開けると、娘はキラリと光る丸薬を自分の口から、李生の口の中へ移した、丸薬が李生の口の中に入ると不思議な事に、李生は清らかな天の泉を飲んだように全身が爽やかになった。
間もなく頭が澄んできて、昼間の老師の講義がはっきりと頭の中に浮かんできた。娘が「どおですか、頭がはっきりしたでしょう、さあ丸薬をわたしに返して下さい、わたしもそれがなければ生きていかれないのです」と言うので、李生はまた丸薬を自分の口から娘の口に移してやった。李生が「本当に有難うございました、あなたのお名前を教えて下さい、お父さんのお名前は何とおっしゃいますか、私の父にお礼に行って貰いますから」と言うと、娘は笑いながら「わたしの名前は胡霞、父母は早く亡くなりました。あなたはわたしにお礼を言う事はありません、わたしは毎晩あなたが勉強に励んでいるので、あなたの頭をよくしてあげたいと思ったのです、あなたは毎晩ここでわたしを待っていて下さい、長い間にあなたの頭は自然によくなります」と言った、李生も「はい、いいです、どうぞ来て下さい、私もあなたを待って居ます」と言った。
それから李生は毎晩、自習の時間に塾で胡霞を待ち、胡霞はほかの学生が塾からいなくなると、きっと塾に来るようになった。こうしてだんだん若い二人は互いに愛情を持つようになった。
李生は胡霞を知ってから記憶力がよくなり、老師の講義をよく覚えるばかりか毎日の学習も講読もよくなり、みんな覚えるようになった。これには老師も大いに驚き、李生に「どんな薬を飲んだのか」と聞いた、李生が首をふると、老師は「医者に見て貰ったのか」と聞いた、李生が「いいえ」と答えると、老師はどうも怪しいと疑い、密かに一人の学生に李生を監視させた。
この学生は夜の自習の時、帰るふりをし、しばらくして再び塾に戻り、窓の外から、ちょうど胡霞が李生の口に丸薬を移しているところを見てしまった。
翌日、老師がこれを李生に問い質すと、李生は秘密がばれてしまった事をさとり、老師にありのままを話した。老師はこれを聞いて、はっきりとわかり「それは薬ではなく、女は狐の精だ。女が口から出した丸薬は、狐の修練によって得られた宝丹だ。この宝丹を口にくわえれば聡明になるのだ、もしそれを飲み込んでしまえば、それよりも百倍も聡明になるのだ。そうすれば、登用試験で状元になれることまちがいなしだ。だから女がまた宝丹をお前の口に移してくれたら宝丹を飲み込んでしまえ」と言った。
李生が老師の言葉を聞いた日の晩、また何時ものように待っていると胡霞が来た。二人は先にしばらく、話し合ってそれから胡霞は李生の口に丸薬を移してやった、李生は丸薬が口に入ると、わざと飲み込んで「アッ、しまった、飲んでしまった」と叫んだ、胡霞はそれを聞くと一瞬顔色が白くなり、涙をポトポトと落とし、泣きながら「アア、あなたは私を死なせてしまう」と言った、李生はびっくりして「なんだって」と言うと胡霞は「こうなったら、あなたに、はっきり言うよりほありません。わたしは人間ではなく、この山奥に住む狐の精です。あの宝丹はわたしが五百数年かけて泰山の後の九十九の大小の山、七十七の谷川を駆け巡り、美しい花と薬草を採りそれを精製して作ったのです。これを口に含めば聡明になれますが、失えば命を落とすのです、だから死ななければならないのです」と言いながらまた涙を流した。
李生はそれを聞いて、心に老師の話を聞かなければよかったとたいそう悔やんだ、しかしこうなってしまって、李生はどうしていいかわからず「私はあなたにこんな事をしてしまって、私も死にます、どうしたらいいか教えてください」と言うと胡霞は「こうなってはもうどんなよい方法もありません、死んでもわたしはあなたを責めませんが、あなたがわたし達の愛を思うならば、夜が明けたら東北の壕に行ってください、そこの石が積んであるそばに狭い洞窟があります、そこにわたしの死体がありますから、あなたは青い石を探して来てその洞窟の口をしっかり塞いでください。それからあなたが登用試験に合格して官吏になり、まだわたし達の愛を信じているならその時わたしを見に来てください」と言い終わると走り去ってしまった。
翌日、李生は胡霞の言っていた洞窟を探して行って見ると、洞窟の中に一匹の黄金色の狐が死んでいた。李生は心から嘆き苦しんで泣き、大きな青い石を探して来て洞窟の口を塞ぎ、人に見つからないように、青い石の周りに沢山の砕いた石をつめた。
一年の後、李生は登用試験に合格、河南省清豊県七品県官に任ぜられた。任地に行く前に李生は先ず故郷に帰り、墓を建て棺を作った、村人は不思議に思ったが、魔除けだろうと思った。墓ができ棺ができあがると、李生は空の棺を人に担がせ東北の壕の石を積んだ洞窟の中の死んだ狐の納棺に行った。李生は元の洞窟に着くと石を取り除き、青い石を開いて見ると、既に狐の死体は腐って、蛆虫と白い滓で覆われていた、李生はこれを見て苦しみ、気持ちも悪くなって、胃の中に何かがこみあげて来て、首を下げるのも間に合わずに「ゲエッ」と口の中からあの光っている宝丹を吐き出すと宝丹はちょうど狐の死体の上に落ちた。すると目の前に赤い火が光り瞬く間に狐の死体は見えなくなり、それと同時に李生は頭に「オゥ」と音を聞いて、まるで雷に打たれたように何もわからなくなった。
暫くしてから、李生はゆっくりと夢から覚めたように目を開けた、しかし夢の中の事は全く思い出す事ができなかった。………そして李生は元のように物覚えが悪くなってしまった。
それから李生は河南の任地に行って官吏になったが、馬鹿な頭の悪い官吏でしかなかった。それから後の人は李生がかって、狐を葬った処を胡家の墓と言った。
狐狸精故事 1992,12,21