金のなる木

 どのくらい昔のことか知らないが、遼南大山の麓に一人の老母と息子の小宝が住んでいた。老母は四十歳の時に夫を亡くし、それからは再婚もせずに暮らしていた。やがて、老母は小宝が妻を娶り所帯を持って孫の鉄蛋が生まれた時には髪も真っ白、腰も曲がっていた。

 道理から言えば苦労の仕通しだった老母はこの歳には幸せな暮らしになれなければおかしい、少なくとも気楽に暮らせる筈だ。だが息子も女房も意地悪で思いやりがなく、夫婦は一緒になって老母につらく当り、息子は食うだけの『死に損ない』と罵り、女房は口うるさくて何もしないから『千回切り』だと恨んだ。

 俗に“母の慈悲にまさる慈悲なし”というが、老母はこんなにされても怒りも恨みも朝の霧や雲のようにすぐ消して、若いから分からないのだろう、年寄りは若い者の考えについていけない、でも動けるうちは息子夫婦を少しでも助けようと、衰えて弱くなった体で朝早くから夜遅くまで洗い物や縫い物、鶏の餌や犬の世話、炊事など何でもしてやった。それなのに息子夫婦は老母をかまわず、毎日饐えたような残り物を食べさせるのであった。  

  しかし、ある日、これだけは老母にも我慢できないことが起きた。
 その日、小宝は山へ柴刈りに行き、小鳥好きな息子の鉄蛋を思い出して柴を刈ってから木に登り、まだ羽がしっかりしていないカササギの雛を捕まえて帰った。
 鉄蛋はカササギの雛を手のひらに乗せて大喜びしていたが、カササギの母鳥は雛を捜しに来て家の前の木でチイチイ叫んでいた。老母はそれを見て可哀相に思い、「小宝や、木の上でカササギの母親が心配して鳴いてるよ、カササギの雛を放しておやり」と言った。
 小宝は目を丸くして「放してやれだと?これは俺の息子のおもちゃだ、この死に損ない」と言い、小宝の女房は口をとがらし、「この千回切り婆、飯を食い過ぎて気でも違ったのかよ、孫より畜生が可哀相だって、出て行け!」と歯を剥き出してわめいた。

 老母は涙をこらえてやっと自分の部屋へ戻った。夜になって老母は目を閉じるとあのカササギの母鳥が悲しんで鳴くように思え、目を開けるとあの捉まえられたカササギの雛がとぎれとぎれに息をしているのが見えるようだった。
 老母は真夜中になって息子夫婦が寝込んだ様子を探ると、そっとカササギの雛を持ち出し木の下に置いてやった。するとそれを見たカササギの母鳥はわが子の雛を抱えて飛び去った。
 翌朝、鉄蛋が泣いているので小宝夫婦が見に行くとカササギの雛がいない、夫婦は昨夜の老母の話を思い出すや、老母の前に行くと小宝はいきなり老母の顔を殴りつけた。老母は血だらけになって倒れ、泣きながら近所に聞こえれば息子の小宝は親不孝、嫁は悪女と言われるだろうと思い、声も出さずに這って部屋の隅に行き横になった。
 それから女房は老母に孫の鉄蛋を抱いたり可愛がったりさせなかった。初めての息子や初孫は、母や祖母にとっては生きがいの元だ、それを断ち切られた老母は遂に心を冷たく閉ざし、前のように家事を手伝おうとはしなかった。
 息子夫婦は夫婦で家畜は飼っても、やがて肉になるが、老いぼれは養っても死んで葬式に金がかかるだけだ、いっそ殺してしまおう、だが人に知れたら大変だ、どうしたらいいだろうと密かにとんでもないことを考えついた。

 ある日、小宝は早く起きると牛車を用意して老母の部屋へ行き、ニコニコしながら「おっかあ、この頃何もしないで退屈だろう、今日は牛車で山の南の叔母さんの家へ連れて行ってやるから、気晴らしに何日か泊まっておいで」と言った、老母は耳が遠くなって聞き違いかと思い「え、何だって」と聞き返した、小宝は癪にさわりながらもう一度同じ事を繰り返した。
 老母は心の中で“おや、今日はお日さまが西から出たのかな?もしかすると二三日前の雷を受けて息子は改心したのかもしれない、行ってみよう”と思った。そして、小宝の牽く牛車に乗った。お昼になって老母は「小宝や、叔母さんの家は山の南だよ、どうして北へ向かうんだい」と聞いた、「南の道は二三日前の雨でぬかって通れないから、北を回って行くんだ」老母はそれで納得し、牛車はそのまま北へ走り続けた。

 やがて太陽が山の影に消えかかり、老母はまた「叔母さんの家はそんなに遠くないから回り道しても一日かかることはないがね」と言うと、小宝は急に険しい顔をして老母を睨み「着いたぞ」と森の中に牛車を停め、老母を牛車から引きずり降ろし「本当の事を言ってやろう、お前を食わして生かしておくならロバを飼ったほうがましだから、本当は殺したいんだが、それでも俺のおっかあだ、ここでずっと幸せに暮らしてくれ」と言い、縄を出して老母を木に縛りつけ、振り返りもせず平然として帰ってしまった。
  老母がどんなに泣き叫んでみても人家もない森の中では誰に聞こえようもない。老母は叫び疲れ涙も涸れて目を閉じ、狼や虎に食べられるのを待つばかりであった。
 すると誰かが老母を呼んでいる、目を開けてみると黒い羽、白い喉の一羽のカササギが飛んで来た、「お前があたしを呼んだのかい」するとカササギは「はい」と返事をしてクルリとひっくり返ると若者に変わった。

 若者は老母の縄を解き、老母の前に跪くと「わたしはあの時、助けて頂いたカササギです、そのご恩返しにわたしはあなたの息子になって仕えます、これからわたしをカササギ息子と呼んで下さい」と言って三回叩頭の礼をした。
 老母は若者の手をとって「お前、あの時の雛だったのかい」と言うと、若者は頷き「お母さん、この家は如何ですか」と言った、老母は回りに何もないのを見て「でも家もないし、食べ物もなくてどうやって暮らすんだい?」カササギ息子は笑いながら手を伸ばして前を指すと、目の前に青い瓦屋根の大きな家が現れた。
 庭には鶏やアヒルが群れ、ロバが繋がれ、部屋には家具が整い、米も粉も一杯あった。老母は喜んでここでカササギ息子と暮らすことにした。

 こうしてしばらく経ったある日、カササギ息子は涙を流しながら「お母さん、わたしの母鳥が病気になりました、何日か母の看病をしたいのですが」と訴えた、「子は父母に孝養を尽くさねばならない、早くお行き」 「でもお母さん、天界の何日かは下界の何年かで、お金が足りなくなるかもしれません、庭に金のなる木を植えておきます」と言って、カササギ息子は老母の手をとって庭へ出ると、口から楡の木の種を一粒出して植えた、すると種はみるみる芽を出し、葉をつけ、木になり金色の葉をつけた。
 「お母さん、お金がなくなったら、この木の前で三回手を叩き、三回木を揺らして『お金、お金』と三回唱えると楡の木の実が落ちてお金に変わります。この木はわたしの精霊ですから大切にして下さい、もし誰かが木を伐ればわたしは死んでしまいます」 「息子や、わかったよ心配しないで行っておいで」老母とカササギ息子は泣いて別れた。

 一年が過ぎた。老母はお金がなくなっても金のなる木があるから衣食に困ることはなかったがカササギ息子が恋しく毎日、門の前の丘に立って遠くの空を見上げていた。二年が過ぎて老母は何回空を見上げたか分からない、鞋の底が何足も擦り切れてしまったが、まだカササギ息子は帰らない。
 ある日も老母が丘から眺めていると遠くから人が二人やって来る、二人が近づくのを見て、老母は思わず“ビクッ”とした。なんと二人は小宝夫婦だったのである。(鉄蛋がいないのは小宝が老母を捨てた後、狼に食べられてしまったからだ)
 この日、小宝夫婦は女房の実家へ行く途中で水が欲しくなり、老母の家とは知らずに新しい家を見つけて急いで来たのである。
 誰だって獣のような二人を見れば門を閉めて入れないようにするのは当たり前だが、この世に自分の子に恨みを持つ親はいない。
 老母もまた人の親として小宝夫婦を見ていた。老母も初めは門を閉めて身を隠そうとしたのだが、息子は自分の血を分けた肉親である。貧乏臭い小宝を見て悲しくなったものの、涙をこらえて身を隠そうとしたが二本の足がまるで土にへばりついたように動かない、それに小宝夫婦はまだ老母だとは気づいていない、夫婦はとっくに老母は骨まできれいに狼に食べられているものと思っていたのだ。

 老母の姿はすっかり変わり、豊かな身なりで顔かたちも若くなって福福しい、ちょっと見ただけでは分からない、なにしろ夫婦は老母は狼に食べられて死んだものと思い込んでいたのだから……… まず先に小宝が近づき「奥様、わたしどもは旅の者ですが、水を一杯頂けませんか」と言った、老母は奥様と呼ばれ胸が張り裂ける思いで、ふるえた声で思わず「小宝」と叫んだ、小宝は聞き覚えのあるひと声にびっくり仰天、腰を抜かして尻もちをつき「幽霊だ、幽霊が出た!」と叫んだ。

 腹黒いうえに気丈で少しぐらいのことでは驚かない女房は「真っ昼間から幽霊なんぞ出るわけない!」と小宝を怒鳴りつけた。
 小宝は真っ青になって老母を指し「お、お、おっかあ……」 「あんたたち、おっかさんは死んでないよ、生きてるよ」小宝の女房はそれでも驚かず「お前、本当に死んでいないの」 「本当だよ」 「お前、死んだ後に精霊になってあたしたちを食べようと言うんじゃないだろうね」小宝はやっと気を落ち着かし、女房に小さな声で「着ている物や家を見ると、本当に死んでいないかも知れない、おっかあは神さまに助けられたのかな」と言い、心の中で“おっかあは金持ちになったらしい、俺たちはおっかあにあんなことをしたんだからここは穏やかにしたほうが得だ”と考えていた。
 女房は老母に「幽霊じゃないと言うなら、あたしの血をたらしていいかい」と言った、女房は前に幽霊は中指の血をたらすと元の姿を現すと聞いていたからそれをやろうとしたのだ。老母が承知すると夫婦は急いで中指を咬み切り、その血を老母の体にたらしてしばらく待ったが何事も起きない。夫婦は喜んで家の中に入り、どうしてこうなったかを老母から聞くと嬉しそうにしながら、もっともらしく老母に仕えるふりをして老母と一緒に住むことにした。

 瞬く間に半年が過ぎた。この六ヶ月、小宝夫婦の老母に対する態度は今までになくよかった、夫婦は心を入れ替えたのであろうか。そうではない、夫婦は老母がお金がなくなると何処からかお金を持って来るので不思議に思いそっと探り、二三ヶ月して老母が夜中に庭の楡の木の下で、小声で何か唱えると木の上からお金が落ちて来るのを見て、ここに老母がお金を隠しているのだと知り、何とかして盗もうというのが本音だったのである。

 老人は何事にもあまい。また半年過ぎると老母は“あたしはやがて死んで土に埋められる身だ、あの金のなる木のことを棺桶にまで持って行くことはできない”と考え、ある晩、小宝夫婦に金のなる木のことを打ちあけた。夫婦は大喜び、女房が「この金のなる木があればあたしたちは大金持ちだ、だけどこんな山の中じゃ遊ぶ場所もないからこの木からどっさり金を落とし、車に載せて大きな町へ行き、大きな屋敷を買い下女下男を雇って、らくらく暮らそう」と言うと、小宝は首を振って「金はどんなにあっても使えばなくなる、この木を掘り起こして何処かいい所へ植え替えれば何千年でも金を取り続けられる」と言った、女房はそれは妙案だと賛成したが、老母が承知しなければどうするかと夜おそくまで相談した。

 翌朝、夫婦が楡の木を植え替えることを話すと老母は顔色を変えて「それは駄目だ、あの木はカササギ息子の精霊だからそんなことすればカササギ息子は死んでしまう、いけない、いけない」と叫んだ。小宝は「この老いぼれ、実の息子を顧みず赤の他人を守ると言うのか、死に損ない奴」 「あの子はわたしの命の恩人だ、あたしは死んでもあの子を守る」 「守るなら勝手に守れ」と小宝は老母を突き倒し鉄の鍬を持って庭に走り出し金のなる木を掘り起こそうとした、老母は死に物狂いで庭に飛び出し金のなる木の幹を抱いて放さず、空を仰いで「カササギ息子、カササギ息子、早く帰って来て」と叫んだ。

 すると小宝の女房は凄い目つきをするやツルハシを振り上げ老母の脳天めがけて……、間一髪、空からカササギ息子が舞い降りるや「止めろ」と一喝して金のなる木を指すと、木から無数の石が落ちて悪人夫婦を叩き潰した。
 すると庭の楡の木は一隻の小舟になり、カササギ息子と老母を乗せて浮き上がり、天界へ向かって飄々と飛んで行った。     

           薛天智故事選                                00.7.29

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