虎になった母親
昔、ある処に十歳の女の子小花と母親が住んでいました。ある時、母親が病気になり「ハアハア」と苦しそうに息をしました。小花は心配して「母ちゃん、母ちゃんはもう三日も水も飲まず、ご飯も食べないのに、お医者さんも呼べないし薬も買えないから、あたしが山へ行って薬草を採って来る」と言いました。
母親はまだ幼い小花がそんなにも心配してくれるのかと涙ぐんで「でもお前、山には虫や狼、虎、豹が沢山いるんだよ、小さな子が一人で山へ行くなんて、母ちゃんはとても心配だよ」 「母ちゃん、心配しないで、あたしは遠くには行かないで家の近くの裏山で探すから」と小花が一生懸命なので母親は「小花や、よくお聞き。谷を渡ったり、高い山に登ったりするんじゃないよ。トゲのある木は避け、蔓は用心して引っ張るんだよ。そして、母ちゃんが心配しないように早く帰っておくれ」と言い聞かせました。小花は「分かったわ」と言い、籠を持ち鍬を担いで山へ行きました。
けれども薬草は半日探しても見つかりません、だんだん遠くまで行き、お腹も空いて足も痛くなりました。そして日が暮れてからやっと薬草を見つけました。小花は母ちゃんの病気はこの薬草を煎じて飲めばすぐ治ると喜んで家へ戻ることにしました。
ところが小花は林の中で道に迷い、帰り道が分からなくなり、しくしく泣きはじめました。するとそこへ五十歳くらいの男が来て「おや、どうしたんだい」と聞きました。「帰り道が分からなくなったの」 「おじさんが連れて行ってあげよう」小花は「おじさんありがとう」と言ってこの男のあとについて行きました。でも小花はこの男が子供をさらって売り飛ばす“人さらい”だったとは知りませんでした。男は小花を遠い山を越えた家の下婢(童養婦)に売ってしまいました。
売られた小花は何日も泣いていました。養母は酷い女で小花が泣くと錐で小花の腿を刺し、言いつけを聞かなければ火箸を赤く焼いて背中に押し付けました。そして歯を剥き出し憎らしそうに「お前はお金で買った下婢なんだよ、お前が食べる物着る物、みんなあたしの物だからお前の頭のてっぺんから足の下まであたしが使うんだ、ワアワア泣いたり、言う通りにしないならお前を殺すからね」と言うのでした。
小花は死ぬほどの折檻に涙をこらえ黙って鬼のような養母にこき使われより仕方ありませんでした。朝は一番鶏の声で起こされ、豚の世話、水汲み、炊事、薪拾いをさせられました。十歳ばかりの女の子がこんなに仕事をし、二日も三日もろくに食べさせられないなんてあまりにも可哀相ではありませんか。
強い北風がビュウビュウ吹く十二月八日、小花は薄い袷を着て素足に破れた鞋を履き、鬼の養母に山へ薪を拾いにやらされました。
外は冷たく、息もできず目も開けていられないくらいでした。寒くて体は切られるように痛く、道は凍って一足二足歩くと滑って転びました。小花は薪を拾わずに帰れば、またあの鬼の養母に怒鳴られ折檻されると思い、山の林の中に入り、凍えて赤くなった小さな手を伸ばして木の枝を拾いました。そして薬草を採りに行ったまま帰らない自分をずっと待っている母親を思いながら、石に座り険しい山に向って泣きました。
すると、後ろに何か気配がするので振り返ると一頭の虎が近づいて来ました。小花は驚きましたが逃げないで目を閉じ“虎や、あたしを食べておくれ、母ちゃんにもう会うことはできなくなるけど、あの鬼の養母に虐められるよりましだから”と、じっと動かずにいました。でも虎は小花を食べようとはしません。小花が目を開けると虎はそっとそばに寄って来て目から涙を流しました、小花は“この虎は人を食べないのかしら”と思いました。
さて、話は戻って、小花が山へ薬草を採りに行ったあの日、母は小花が何時までも帰らないので心配になり無理に起きてやっと家の外に出ると、日よけのよしずの下で家の前や裏、あちこちの山を朝から日が落ちるまで目がかすんでも足が痛くなっても眺め続け、小花を捜しました、けれども小花の姿は見えません。小花の母は泣きながら這うように山の麓にたどり着くと「小花や、何処にいるの?暗くなったから早く帰っておいで」と声がでなくなるまで叫び、涙が涸れるまで泣きました、でも小花は戻りませんでした。
母は狂ったように山に登り林に入り小花を捜しました。いくつ山を越え、いくつ林を過ぎたかわかりません、とうとう母親は目の前が真っ暗になり気を失ってしまいました。
それから長い時間が経って、母親は目を覚ますと自分が大きな部屋の中に寝かされ、そばに白い髭の優しそうな老人がいるのに気がつきました。母親が身を起こして「ご老人がわたしを助けて下さったのですか」と聞きました。
「そうだ」 「ここは何処ですか」 「山の神の廟だ、わしはこの山の神だ」母親はそれを聞くと急いで座り直し身を正して、「山の神様、わたしの娘は何処にいるのでしょう?」と泣いて訴えました。「お前の娘は“人さらい”にさらわれた」 「山の神様、どうかお慈悲でございます、わたしの娘を助けて下さい」 「悪人をやつけなければ助けられない。お前、わしの言うことができるか」 「わたしの小花を助けて下さるなら、どんなことでも何百何千回でもやります」 「よし、今からわしはお前を山を守る虎に変えてやるが十二月七日にこの山の麓を通る五十過ぎの男を噛み殺すことができるか」母親は小花を助けたい一心でどんなことでもやろうとすぐ「はい」と返事をしました。
山の神は指を伸ばし、母親を獰猛な一頭の虎に変えました。 虎になった母親は山の麓の草むらに伏して、十二月七日を待ちました。とうとうその日が来ると、山の神の言う通りに五十過ぎの男が山を下って来ました。虎になった母親はまさに男に飛びかかろうとしましたが、ふと、この男に恨みがあるわけではないのにもし噛み殺したらこの男の妻や子を悲しませると思い、踏み止まってしまいました。すると山の神が現れて「やはり心の弱いお前にはできなかったか。だがあいつは子供を騙す“人さらい”だ、お前の娘をさらったのもあいつだぞ。早くあいつを噛み殺せ」と言うと、虎になった母親は目を光らせて、男を追い“人さらい”を噛み殺しました。
それを見ると山の神は明日向うの山へ行けば娘に会えると虎になった母親に教えました。
そこで虎になった母親は向かいの山へ行って一夜を明かし、十二月八日に山へ来た小花に会えたのです。虎になった母親はしくしく泣く可愛い小花を見て胸をえぐられ、思わず抱こうとしましたが今は自分が虎なのでそれができず涙を流しました。
そして「可愛い娘、お前を心配していたよ」と言うと、小花は虎が話をしたので驚き「お前は虎で母ちゃんじゃない」と言いました、すると虎になった母親は今までのことをすっかり話しました。
小花は「母ちゃん」と言って泣きました。そして鬼の養母がどんなことをしたか話しました、すると虎になった母親は怒って小花を背中に乗せ鬼の養母の家へ行き、“人さらい”と同じように噛み殺しました。
それから虎になった母親は山の神にまたもとの人の姿に戻してもらい、小花と一緒に暮らしました。
薛天智故事選 00.7.21