雪梅の復讐   

 昔、張新という実直な農民がいた。ある年、洪水で一粒の穀物もとれず仕方なくあちこちから金を借りて、それを元手に商売し、なんとか飢饉を切り抜けようとした。張新は女房がお前さん一人で商売の旅に出るのは心配だから誰か気のあった仲間と一緒に行ったほうがいいと言うので同じ村の王富に声をかけた。

 王富という男はなかなかのやり手で、毎年小作人として働くほか商売もして稼いでいた。王富は張新の呼びかけで一緒に商売しても構わないと思い、日を選んで息子の王財貴を連れ、張新とともに稼ぎに行くことにした。張新は王の父子について半年ほど地方を回って商売し銀貨百両あまりを儲けると王富に「王さん、まあまあこうして稼ぎもあったから帰って新年を迎えないか」と言うと王富も「そうしよう」と答え、張新と王の父子は村へ戻ることにした。

 途中で王富はある悪事を思いつき、そっと「財貴、お前もそろそろ所帯を持つ歳だ、わしがお前にいいことをしてやる」と言った、「おとっつあん、何をしてくれるんだい」 「張の稼いだ銀貨をまるまる頂戴するのさ」それを聞いた息子の財貴は父親より悪者で、にやりとすると「おとっつあん、うまいこと考えたな、あいつを殺せばただで大金が入るし、俺は雪梅を女房にできるかもしれない」とうそぶいた。実は張新にはまだ嫁に行かない十八歳の花や珠のような優しく賢い雪梅という一人娘がいたのである。

 宿屋に着くと王富は張新に「張さん、金もできたし家も近くなった、もう安心だ、今夜は大いに飲もうではないか」と父子して張新に酒を強いた。実直な張新は王父子の悪巧みに気がつかぬままに酔いつぶれてしまった。そこで王父子は張新をロバの背中にくくりつけると、宿屋の主に夜通し歩いて道を急ぐと言って山の中へ入って行った。人影のない処へ来ると、王富は腰紐を解いて張新の首に回し「ヤッ」と声をあげると一気に父子して腰紐を引き、張新を絞め殺してしまった。  

 こうして王父子は張新の稼いだ銀百両あまりの金を奪ったが、さて帰ってから張家にどう言ってごまかそうと考えあぐんだが、蛇の道は蛇、父子はうまい話をでっちあげた。父子は張新の衣類と何両かの銀貨を持って張家へ行くと、ロバのような大きな泣き声をあげた。雪梅母子は驚いて「王さんどうしたんです?」と聞くと王富は泣きながらオロオロと「張さんは商売に失敗して元手を失い、それを悔やんで死にました、これは張さんの着物と残ったお金です」と言った。
 王富は同じ村の者でずっと長い間、仲良くやってきたのだから、王富父子が張新を殺して金を奪うなどという天理に背くことをしたとは雪梅母子には考えもつかず母子は張新の着物を抱えて泣いた。雪梅の母はもともと体が弱く、この悲しみがもとで病気になり、それから二ヶ月して死んでしまった。  

 雪梅は父が亡くなり今また母を失って、ただ一人残されてどう生きていけばいいのかと案じていると、王父子は時節到来とばかり雪梅に財貴との結婚を申し入れた、雪梅は父が死に母の病気が重くなってからも王父子はいろいろ助けてくれた、その恩義に報いなければと思い、結婚を承諾した。
 結婚すると王家の東の棟に女房を早く泣くした王富が一人で住み、西の棟に雪梅と財貴の若夫婦が住むことになった。
 結婚して三日目の夜、雪梅は厠から西の棟へ戻る時、東の棟の窓の前を通ると王父子の話し声が聞こえた。「財貴、お前、寝言を言っていないか」 「よく寝込んでいるから分からないよ」 「お前はよく寝言を言うからな、もし夢の中であの事を漏らし、雪梅に聞かれたら俺たちはおしまいだぞ」 「何を心配するんだ、俺の口は固い」 「固い?固いのはお前の寝言の癖だ、これは禍のもとを我が家に娶ったようなものだ。アー、今夜からお前はここで寝ろ」 「エエッ、おとっつあん、俺の女房をやもめにするのか、そんな馬鹿なこと俺はできない」  

 この王父子の話を聞いた雪梅はいったいこの父子はあたしに知られたくない何をしたのだろうと思い悩んで、一晩中眠れなかった。
 王貴財は昼間の仕事に疲れ、今また雪梅を抱き終わるとすぐ目を閉じて眠った。よく昼間想っていたことを夜夢に見ると言う、王財貴は目を閉じるとすぐ父親の言ったあのことの夢を見た。張新が怒って王財貴の前に現れ、口惜しそうに歯をくいしばり「王財貴、命を貰いに来た」と叫んだ王財貴は驚いて、腰をぬかし慌てて「お義父さん、あなたを殺し金を奪ったのはわたしの父です」とわめいた、「ナニ、この悪人めわしら夫婦を殺しわしの可愛い娘をよくも騙したな、今こそお前を絞め殺してやる」と張新は腰紐をとると王財貴の首にかけた。王財貴は首を絞められ息もできず、声も上げられぬままハッと目を覚まし、いまの夢の寝言を聞かれはしなかったかと慌てたが雪梅がそばでぐっすり寝入っているのを見るとやっと安心して深い眠りに入った。

 だが実は雪梅は心にさっきのわだかまりがあって眠っていず、財貴の寝言を全部聞いていたのだ。あまりに深い恨みに雪梅は鋏を握ってひと思いに財貴を刺し殺そうととしたが、女の弱い身、もし仕損じたらやぶへびでかえって仕返しに遭ってしまうと考え、この悪人父子を一気に討つ万全の策をたてることにした。半月ほどして財貴はまた地方へ商売に出かけた。
 財貴が家を出た翌日、雪梅は王富に「お義父さん財貴が留守の間にあたしは西村の叔父さんの家へ何日か行って来たいのですが」と言った。「ああ、行っておいで」 「でも草の生い茂る時に一人で行くのは怖いんです」 「それなら明日わしが送ってってやるよ」  

 こうして、翌日朝早く王富は雪梅をロバに乗せて出かけた。西村までは八里あまり、遠くはないが途中に草木の生い茂る大きな墓場があり、そこには九尾の狐が住み美女になって、人をたぶらかすと伝えられ、周りの村人たちは昼間でもそこを通るのを避ける。
 うしろめたさのある王富は自分が鬼神に咎められはしないかと恐れ、回り道をしようとしたが、雪梅は遠回りになるからと嫌がり怖くないと言う、王富は息子の嫁のてまえ弱みを見せられず強がりを装い、あえて墓場を通った。すると雪梅が「お義父さん、止まって、あたしちょっと」とロバから下りて用便を告げ、墓場の中へ走って行った、息子の嫁が用便するのを見るわけにもいかず、王富は背を向けて道端にしゃがみ一服つけた。だが雪梅は何時までたっても戻って来ない、また煙草に火をつける、まだ戻らない、スパスパ煙草を吸い続けてもまだ戻らない。こんなに長くどうしたのだろう、お腹が痛くて下痢しているのかもしれないと思い、また煙草をつめ直して吸い、とうとう三袋の煙草をみんな吸ってしまった。耳をすませてみたが何も聞こえない。

 王富は少し苛立って呼んでみようと立ち上がろうとすると、「ウアー」と雪梅の叫び声が聞こえ、王富は驚いて尻もちをつき、大変だ、これはきっと雪梅はあの九尾の狐に食べられたのだと思っていると、「ククク」と人の笑い声がする、王富が頭を上げて見ると雪梅が穏やかに黙ったまま笑い、艶やかな態度で王富の前に立った、王富は気を取り直して「お前どうしたんだ」と聞いた、「フフフ、べつに」 「何で笑っているんだ」 「嬉しいから」 「何で走って来たんだ」 「お義父さんが待っていると思って」 「さっき聞こえたのは何だ」 「風が吹いて木が鳴ったのよ」 「お前の声のようだったが」 「お義父さんの聞き違いよ」 「いやそうじゃない」 「どっちだっていいじゃないの、早く行きましょう」そう言って雪梅はロバに乗った。王富はロバを牽きながら雪梅の言葉や態度がどうしてアッという間に変わったのかと思いめぐらしていたが雪梅を叔父の家に送り届け、我が家へ帰り着いてハッと一切が分かった気になった。
 あの叫び声は九尾の狐が雪梅を食べた声だ、これから狐は雪梅に化け、きっと俺たち父子を食べに来るに違いない。王富は考えれば考えるほど怖くなり、怖くなるとますます考え込み、幾日もしないうちに病気になって寝込んでしまった。  

 やがて財貴が商売から帰って来た。「お前よく帰って来たな」 「おとっつあん、何かあったのかい」すると王富は長い溜息のあと、何がどうしてどうなったのかをすっかり話した。財貴は話を聞くと半信半疑で「おとっつあんの話が本当なら確かに狐が雪梅に化けたのだ、だがどうしてつぎに、おとっつあんを食べなかったのだろう」 「きっと年寄りの肉や骨は旨くないと嫌ったのだろう」 「おとっつあん、そんな目つきで人を脅かすなよ、狐の妖怪は老若男女構わず食うもんだ、おとっつあん、そんなこと言って俺と雪梅を別れさせとうとしているんだろう、優しいあの雪梅がそんなになるわけない。明日俺が雪梅を迎えに行って、俺を食べるかどうか試してみる」 「駄目だ、よせ、お前本当に食べられてしまうぞ、そうなりゃ王家は絶えてしまう」 「じゃあ、おとっつあんが行きなよ」王富が何も言わないので財貴は翌日、西村へ雪梅を迎えに行った。
 だが、雪梅は少しも変わらずもとのように穏やかであった。財貴は心の中で親父はあんなに頑固に雪梅の悪い話をしたが本当なのかと疑いながら雪梅と家へ帰り、夕飯を食べてから自分たちの西の棟に帰ろうとすると、王富は「お前、雪梅と一緒に寝るな」と引き止めた、財貴は「やめてくれ、雪梅がどうして俺を食べるんだ、変なこと言わないでくれ」と父親の手を振り払って西の棟に戻った。

 雪梅が「あなた何怒っているの、誰かと喧嘩したの」 「あの親父のくたばれ損ないだ」 「アッ、お義父さんはあたしにも手を出すのよ」 「それはどういう意味だ」すると雪梅は財貴の胸にすがり「ワー」と泣き出した、財貴は何が何だか分からず「泣くな泣くな、何でも言ってごらん」となだめるように言った、雪梅はシクシク泣きながら「お義父さんはあたしが嫁いで来た時から、ちょくちょく手を出していたのよ、その度にあたしは気づかない振りをしていたけど、とうとうあなたが出かけたあの晩に臆面もなく部屋に入って来たの」 「お前、戸を開けたのか」 「あたしが声を上げたら驚いて戻ったわ、でもあきらめず翌日、あたしが叔父の家へ行くのを無理に送って来て、途中のあの墓場に来ると、あたしを押し倒して………」 「で、親父は手を出したのか」 「いいえ、その時、人が通りかかって助かったわ」財貴はそこまで聞くと目をむきだして怒り「あの畜生、俺たち夫婦を裂こうとして……これじゃあ安心していられない」と言って包丁を持ち出して東の棟に押し入った。

 王富は息子の激しい殺意に話しても聞くまいと感じ逃げようとしたが体に力が入らず王富は息子の一刀で頭を斬られて死んだ。  
 雪梅は王富が殺されたのを見ると「あんた父親を殺してしまってどうするの」 「何とか言い訳をでっち上げよう」「大の大人がいなくなったのよ、誰かが王さんはどうしたって聞いたら何って言うの」 「出かけたと言うさ」 「何時までも帰らないのよ」 「お前だったら何と言う」 「あたしだったら強盗が入って殺されたと言うわ」 「人が信じるかな」「あたしがあんたを柱に縛りつけ、それから助けを求めに行けばきっと疑う人はいないわ」それはいい考えだと財貴はわざと雪梅に自分を荒縄でグルグル巻きにさせた。

 とたんに雪梅は冷ややかに笑い、腰からキラリと光る刀を出した、財貴は驚いて「お前、ナニするんだ」と叫んだ。雪梅はランランとした怒りの目つきで、一言一句はっきりと「父母の仇と我が身の恥辱を晴らすためにお前を殺す」と言った。財貴は許しを請う間もなく一瞬、心臓に冷気を感じると、雪梅に殺害された。  

 雪梅は初め王父子を告発しようと官府の門前まで行ったのだが果たせず、何日も何日も悩み続けた末、妖怪を装い、王父子が互いに争うように仕向けて復讐したのである。その夜、雪梅は父母の霊をまつり、家中の金を持ち出して何れともなく姿を消した。        

           薛天智故事選                                00.5.14

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