有貴と杏娘

  昔、崔有富と崔有貴という兄弟がいた。兄の有富の顔立ちは悪いが弟の有貴はなかなかの男前であった。有富の女房は月下老人の赤い糸で有富と結ばれたことを悔やみ、嫂なのに何時か有貴の気を引こうと思っていた。

 ある日、有富の女房は亭主に「お前さん、油と塩がなくなったから市場へ行って買っておいで、ついでにわたしの実家によって、おっかさんの様子を見て来ておくれ。おっかさんがお前さんに御飯を食べて泊まっておゆきと言ったら一晩泊まってきな」と言った。有富は「わかった」と出て行った。  

 有富が出て行くと女房は義弟の有貴を呼んで「有さん、畑仕事はこんな暑い最中にするもんじゃない、家で休んだほうがいい」と誘うと、兄の有富も実直だが有貴はもっと真面目なので「嫂さん、いい若い者がぼんやりしてもいられないからいいよ」と答えると、嫂は「あたしと少しお喋りしておくれ」とまた言った。有貴は俺たちのおっかさんが死んですぐ嫁に来た嫂さんにはとても苦労かけたんだ、たまには嫂さんの気晴らしの相手になってやるのもいいと考え「嫂さん、今日は嫂さんの言う通りにします」と返事すると丸い木の腰掛けを持って来て嫂の前に座った。

 すると嫂は口をすぼめて笑いながら、木の上を指し「有さん、木の上にいるのはナーニ?」と聞いた、「二羽の雀でしょ」 「じゃあ、花の周りを飛んでいるのは?」 「つがいの蝶」 「有さん、雀もおすとめす、蝶もつがい、なのにあんたはどうして結婚しないの」嫂にそう言われると有貴は顔を赤くして「本当はしたいんですが、今はお金がなくて……二年くらいしたらまた考えます」と答えると、嫂は「二年というのは三百六十五日が二回よ、そんなにあんた我慢できるの」と言って、ちらりと有貴を見た。有貴は真面目だが賢い男で、すぐ嫂の気持ちの大方を察し、「焦って熱い豆腐を食べればやけどしますよ」と言って、牛を見に外へ出た。嫂は有貴に水をさされたが怒りもせず、まだあたしの気持ちが分からないのだと思っていた。  

 その晩、嫂は料理を四品作り酒を温めて有貴の部屋へ持って行った。「有さん、あんたは春から忙しかったろう、今夜はあたしがあんたを慰めてあげる、さあ一杯」 「嫂さん、私は酒が苦手なんです」 「男がお酒が飲めないなんて甲斐性がない、習いなさいよ、今夜は飲まなければ駄目よ」そう言われると有貴は嫂の気を悪くしてもと思い、鼻をつまんで酒を飲んだ、一杯でもきついのに三杯も飲まされ、顔が真っ赤になり、すっかり酔ってしまった。「有さん、あたしって良い人、悪い人?」 「良い人です」 「気持ちはどう?」有貴は嫂が日頃から気を遣ってくれていたので「優しいですよ」と言った。すると嫂は有貴がその気になったと思い、パッと有貴に抱きつき、くちづけした。有貴はびっくりして嫂を押し離し、外へ逃げ出した。嫂は気恥ずかしくなると、逆に有貴を憎み、心の中で“この唐変木、あたしの気持ちを踏みにじって、追い出してやる”と思った。  

 翌日、有富が帰って来ると女房は自分のした事は棚にあげ、義弟の有貴があたしにふざけたから有貴を分家させてくれと泣き騒いでみせた。だが有富は弟の有貴が堅いのを知っていたから「俺の弟のことは俺がよく知っている、お前が何と言おうと俺はそんな不実なことは死んでもできない。父も母も生前から分家は前山の杏の木が枯れるまでするなと話していた」と言った。
 有富の女房はそれを聞いて“木は人より長生きするから枯れるまで待っていられない、杏の木を早く枯らしてしまえ”と考え、前山へ山菜を採りに行く度に憎憎しそうに杏の木を山菜採りの鎌で傷つけた。有貴が前山の畑を耕しに行くと杏の木に鎌傷がついている、“この杏の木は父と母が若い時に植えたのだ”と心を痛め、着ていた下着を裂いて傷の上を優しく巻いてやった。  

 こんな事があってから嫂は有貴を毎日横目で睨み、何度も有貴の飯の用意をしなかった。有貴はそれを言って兄夫婦が不仲になるのを恐れじっと我慢するしかなかった。
 ある日、有貴はまた嫂に罵られ、夕飯も食べる気になれず、黙って前山へ行き、杏の木の下に座った。やがて星が光り月が出てもまだ家へ帰る気にならず座り続けていた。  
 すると後ろから綺麗な若い女の声がした、「あなた、どうかしたの?足がしびれたの」その声に有貴は振り返ってみたが人影はない、杏の木があるだけだ。“あれ、幽霊かな、それとも神様かな、仙女が俺のお嫁さんに来てくれたのならいいんだけどな”と思っていると、また後ろから「あなた、わたしの膝に座って何考えているの?」と声がした。
 有貴はまたびっくりして杏の木から立ち上がって見回したが誰もいない、あまり不思議なので「あなたは幽霊ですか、神様ですか」と独り言を言うと、「わたしは神です」と答えた、有貴が「神様なら現れて下さい」と言うと「それなら出るわ」と声がして、杏の木が美しい娘の姿に変わり、おっとりとした声で「有貴さんわたしに、ご用?」と言った。

 有貴はまたびっくり、慌ててどもりながら「い、いえ、何でもありません」 「あら、口と心は違うの、あなたはさっき仙女が花嫁になったらいいなと言っていたじゃない」 「いいえ、あれは私の冗談です」 「嘘でしょ。あなたは嫂さんが怖いんでしょ。本当のことを教えてあげるわ、嫂さんはあなたを分家して一日も早く追い出そうと、あなたの両親の言った通りわたしを早く枯らそうと山菜採りの鎌でわたしを傷つけたの。その傷をあなたが下着を裂いて優しく包帯してくれたから、わたしはあなたの気を受けて仙女になれたの、あなたの両親がわたしを植え、あなたがわたしを助けてくれた。わたしとあなたの縁は運命の定め、あなた、わたしを家へ連れて行って」 「それはできません」 「どうして」 「あなたが仙女の術で嫂さんを懲らしめて万一のことがあれば、兄はずっと独り身になってしまいます」すると杏の仙女は笑って「嫂さんにあんなにされても、あなたは嫂さんを恨まないの?」有貴は溜息をついて「ええ、人は誰でも過ちをします、嫂さんも何時か気がつくでしょう」杏の仙女はうなずいて「有貴さん、あなたは心の広い人ね、嫂さんの心を変えてあげればいいわ、でも人の心は半日や一日で変わるものではないわよ」と言い、有貴が「どうすればいいですか」と聞くと杏の仙女は有貴に何かを教えて姿を消した。  

 翌日、朝早くから嫂は胸が痛いと、ウンウン唸って身をよじった。有富は慌てて医者を呼んだが、痛みは増すばかり、嫂は「わたしの病気はわたしが悪いからなのよ、多分、わたしが有貴さんを苛めたからだわ、早くわたしを助けて」と何度も有貴に言った、「嫂さんは杏の木を傷つけたでしょう」 「ええ、あれはわたしの一時の思い違いだったわ、どうすればいいかしら」 「杏の木にお線香を上げ、何回も頭を地につけて謝れば病気は治ります」 「わかったわ」  
 こうして嫂が前山の杏の木の前へ行ってお線香を上げると杏の木は仙女に変わり、笑いながら嫂を助け起こし「嫂さん、過ちは改めればいいのよ」と言うと嫂の胸の痛みがなくなった。嫂は驚いて杏の仙女にしがみつき「あなた有貴さんのお嫁さんになって下さい」と懇願した。そして有富夫婦と有貴と杏の仙女は手をとりあって仲良く家へ帰った。        

            薛天智故事選                               00.5.5

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