一本の高粱

 昔、人生の大半を何人かの地主の処で働いた劉という作男の頭がいた。劉はどの地主も貧乏な作男たちに辛く当たるのを見ていて、何時も「お日さま、どうかわしを金持ちにして下さい、わしは貧乏な人々の仕事を楽にし、みんなが食べられ、貧乏人が酷いめに遭わないようにします」と祈っていた。
 それを天界の玉皇大帝がお聞きになって、太白金星を一人の農民の姿にして地上に遣わした。「劉よ、お前は金持ちになりたいのか」 「はい」 「お前が金持ちになったら、お前の言った通りにできるか」 「できます」 「それなら、お前を金持ちにしてやろう」と太白金星が空に向かって手招きすると金貨が入った箱が天から飛んで来た。太白金星はそれを劉に与えて天界へ帰った。

 劉は喜んで金貨の箱を抱えて家へ帰った。俗に“金さえあれば何でもできる”と言う、何日もしないうちに劉は家と土地を買って大金持ちになった。今まで劉と一緒に働いていた貧しい作男たちは劉が大金持ちになったと聞くと、みんなやって来てたちまち数十人の作男が集まった。
 ある日、地方から李という男が来て自分から「旦那、わしを作男頭にしてくれ」と言った。見ると四十歳くらいで泥鰌のように黒く、牛のような大男なので劉はすぐ承知した。ちょうど春で何処でも畑を掘り起こす忙しい時で、何処の地主の作男もみんな一番鶏で飯を食べ二番鶏で畑に出る、ところが李は劉の作男たちに明るくなってから飯を食べさせ、昼になってから畑に行かせた。

 劉は不思議に思って「李さん、うちの作男をどうしてこんなに遅く畑に出すのかね」と聞くと李は「陽気がよくなると人は眠くなるから、みんな沢山眠りたがるんだ」と答えた、劉はもっともだと思い、頷いて何も言わなかった。畑の土を掘り起こすと、何処でもつぎは作男たちに畑を何度も耕させ、朝早くから暗くなるまで苗の植え付けをさせるのに、作男頭の李は何もさせず、日が高くなると作男たちを涼しい木陰で眠らせた。一日一日と暑くなって雨が降ると何処の畑の苗も伸びてきた。ところが、劉の畑には草が伸び、苗は伸びていない。

 劉は「李さん、わしらの畑をどうして耕さないのかね」と聞くと李は「春は眠く、夏は炎天で酷く乾燥するからみんな辛いのさ」と答えた、劉はそれもそうだと思い、何も言わなかった。だが、劉は畑を耕して苗を植えなければ秋の収穫はどうなるんだと心の中では焦っていた。

 何処の畑も三回鋤を入れ終わったところで、やっと李は作男たちに鍬を担がせて畑へ行ったので、劉も少し安心し畑を見に行ったが思わず顔をしかめてしまった。どういうわけか李は鍬で草も苗も一緒に鋤き込んでしまい、作男たちにもそうさせているのだ。
 もう我慢できなくなった劉は腿を叩いて「李さん、どうしてそんなことするんだ」と声を上げると李は「みんな春から夏になるまで気が張っていたから、気がゆるんでいるのだ」と言った。その言い分に劉はカッとなったが、作男に酷いことをしないと神に誓っていたので、グッと我慢して、作男たちが草と苗を一緒くたに鋤き込んでいるのをじっと見ていた。とうとう最後の苗が草と鋤き込まれそうになると、李は「その一本はは残しておいてくれ」と言った。劉はそれを聞くと腹の中で苦笑いして、一本残っただけでもいいかと思った。

 秋になって、何処の畑も一面に高粱が育ったのに、劉の広い畑にはたった一本の高粱しか育っていない。しかしこの高粱の幹は数十尺に育ち、高さは数十丈、見上げると穂は雲の上で、遠くから眺めるとまるで燃える赤い太陽のようだった。劉の作男たちはこの高粱を褒めていたが、劉はこの高粱は秋にどうやって収穫するのかと心配になった。  
 木の葉が落ちて実りの秋になり、何処の家でも収穫する穀物置き場の用意を始めると、李は数十の丸い石で地ならしの道具を作り、夜明け前から作男たちと広い土地を平らに平らに土を固め広大な穀物置き場を作った。「李さん、李さん、たった一本の高粱なのにこんな大きな置き場を作ってどうするんだね」と劉が聞くと、李は意味有りげな笑みを浮かべて何も言わないので、劉もまた深くも聞かなかった。李は作男たちをあの大きな高粱の周りをぐるぐると巻くように座らせ、一斉に「高粱、こうりゃん、下りて来い。高粱、こうりゃん、実を落とせ」と唱えさせた。

 するとあの大きな高粱の実の粒が雨のようにザアザアと落ちて来て、瞬く間に広々とした穀物置き場に地面から天まで届く大きく高い高粱の実の山ができた。劉はこれを見て喜び、すぐ『すべての貧乏な人々にこの食糧を贈る』と高札を出した。人々はみんなこの高粱を大八車に載せてそれぞれの家の穀物置き場に運んだがそれでもまだ沢山の高粱が残った。
 この人を惑わすような騒ぎに、ごうつくばりの地主たちも欲を出してこの高粱の実を取り、自分たちの穀物倉に入れようと倉を開けてみて、イナゴのように目を丸くして驚いた。なんと、食糧を一杯にしてあったはずの穀物倉は空っぽ、一粒の穀物もない。地主たちは連名で『これは劉が妖術を使って穀物を盗み出し貧乏人に分けたのだ』と告訴した。官府は常に金持ちの方を向いているから、すぐ兵を出し、犬が兎を捕らえる勢いで劉の家へ駆けつけた。

 だが劉の家にはもはや誰もいなかった。作男頭の李は太白金星が下界へ下った姿であり、劉はすでに太白金星とともに神となって昇天していたのである。        

             薛天智故事選                               00.4.26

はじめに戻る