巫女の賈仙姑

 昔、賈仙姑という巫女がいた。賈仙姑は自分は天上から下界へ降臨した神の化身で人間の万病を治すと言っていた。賈仙姑の夫は早く死に息子が二人いた、上の子は九歳で大宝といい、少し知恵が遅れていたが下の子の二宝は七歳で人が驚くほど利発であった。

 さて、俗に“旧臘七八は顎も凍る”というが、ある年の十二月九日、賈仙姑が村の王婆さんの病気を治すというので、村人がみんな見にやって来た。その人だかりの中に二宝もいて、香を焚いて神を招く様子を見ていた。やがて母の賈仙姑が神懸りになって、飛んだり跳ねたり体を震わせてきた。それを見ていた二宝は寒さで体が冷えて風邪をひいてしまった。初めはただの頭痛と発熱だったのだが、賈仙姑は稼ぎに忙しいし、子供はよく体の調子を悪くすることが多いからあまり心配しないでいた。それで手遅れになったのか、馬のように元気だった二宝が言葉も話せなくなってしまった。

 子供が病気になれば、すぐに薬を飲ませるのが当たり前だが、賈仙姑は他人に「賈仙姑は霊験あらたかな巫女なのに自分の子が病気になると医者を呼ぶのか」と言われるのを恐れ、それができない。だが可愛い子供が病気になり元気がなくなれば、どんな親だって心配する。
 賈仙姑もそうだったがそのやり方がよくなかった。賈仙姑は“うちの子は冷えたのだから体を蒸して汗を出してやれば元気になる、そしてそれが新しい病気の治し方だと示せば人々は賈仙姑はやっぱり生き神様だと言うだろう”と考えた。
 そこで賈仙姑は神懸りになると、竈に三把の薪の火、大きな鍋に三杯の水、大きな三段の蒸籠をしつらえ「三、三、九、火の三昧、水の霊気が病魔を払う」と声を上げて繰り返し唱え、竈に火を入れると二宝の手足を縛り、口をふさいで蒸籠にのせて蒸した。なにも賈仙姑が残酷な心を持っていたわけではない、ただ我が子の体からどっと汗を出してやるつもりだったのである。
 運の悪いことはよくあることでその時、大金持ちが賈仙姑に神懸りを頼みに四頭立の馬車で迎えに来た。それを見ると賈仙姑はこれは稼ぎになると、金に目がくらみ二宝のことを忘れ馬車に乗ってしまった。ところがその後に兄の大宝が外から帰って来て、年の暮れには豆を蒸すことを知っていた大宝は鍋の上の蒸籠を見ると、おっかさんが豆を蒸しているんだと思い、薪の大きな束を三把抱えて来ると竈の前に座り薪をくべて燃やした。  

 さて、途中まで行った賈仙姑は二宝を蒸籠に入れたままだったことを思い出し、慌てて家へ引き返した。だがもう二宝は蒸されて死んでしまっていた。賈仙姑は竈の前に座り込んでいた大宝を平手でパンパン叩き、大声で泣きわめいた。
 そこへ田舎から賈仙姑の叔父が年の暮れだというので正月用の品物を持って訪ねて来た。叔父はまさかたった今、賈仙姑の神懸りのために二宝が蒸し殺されたとは知らず、「二宝はどうした?」と聞いた、賈仙姑は大勢の人が見ているので本当のことが話せず、飯茶碗を叩き、白目をむき腕を震わせて神懸りになり「賈仙姑は知る、東海の龍王、神童を求むるを、二宝は生来神の子、いま雲に乗り水晶宮へ行く」と大声で唱えた。叔父はこの賈仙姑の神懸りの唱え声を聞くと怒って「二宝が神になったのにどうして泣くのだ?」と言った。すると賈仙姑は「アー、わたしの二宝は………龍宮へ行く、早く船を出すのだ、雨のように涙を流し、神の子を見送るのだ」と唱えた。

 それを聞くと叔父は本当に怒り出し、賈仙姑を叩いた。賈仙姑は顔に手をあて「アレー、どうしてあたしを叩くの?」と言うと、叔父はいっそう怒って「わしはお前を殴ったのではない、神懸りを殴っているのだ」と言ってまた賈仙姑を叩いた。賈仙姑は叔父に頭を下げて謝り「叔父さん、もう叩かないで、あたしが本当に神だったら二宝は死ななかった」と言った。  

            薛天智故事選                                00.4.20

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