金銀山
伝えられる話によると、太陽の沈んでいくあたりに金銀山があり、山頂には福運のある人のために沢山の金や銀が用意されていると言う。しかし福運のある人なら誰でもそれが得られるのだろうか。
昔、貧乏な小作人の兄弟が老母と粗末なものを食べながらなんとか暮らしていた。兄弟は二人とも、もう所帯を持つ年で老母は一日も早く孫を抱きたいと思っていたが、兄弟にはお金がなくて結婚できないでいた。
ある日、老母は突然、金銀山のことを思い出して二人の息子に「息子や、お前たち金銀山へ宝を取りに行ったらどうだい」と言った。
そこで二人の兄弟は支度をして西に向かって出発し、山を越え河を渡り九九八十一日、やっと金銀山の麓に着いた。
二人は麓で一息入れて登り始めた、半日登って疲れ、気がつくとまたもとの麓に戻っていた。兄弟は顔を見合わせて「エッ、どういうわけだ」と不思議がっていると、何処から来たのか白い髭の老人が「ハ、ハ、ハッ」と笑いながら「おい、お前、山へ宝探しに来たのか」と聞いた。
「そうです、でもどうしても登れないのです」 「わしの許しがなければ誰も登れないのだ」 「あなたはどなたですか」 「この山の番人だ」 「山の番人さん、私たち二人に登らせて下さい」 「山の登るのは難しくないが、今のお前たちは一生かかっても登れない」 「どうすればいいのですか」と兄弟が聞いた。
すると山の番人は笑いながら「目をつぶって登ればいいのだ、だが途中でどんなことがあっても構わずに登らなければ頂上には着けないし、金銀の宝も手に入らない」と言った。兄弟は「わかりました」と言うと目を閉じた、すると不思議なことに目をつぶっているのに目をあいている時より、もっとはっきり山が見えるのだった。二人は喜んで目をつぶったまま山を登りはじめた。
兄が登って行くと、突然、狂風が吹き荒れ、砂や小石が飛びかい天地が暗くなって奇怪な声が聞こえてきた。見ると「息子や助けておくれ!」と叫んでいる老母を褐色の髪を乱した青鬼が曳きずって来る、兄は助けようとしたが山の番人に途中でどんなことがあっても構わず登らなければ財宝は手に入らないと言われたことを思い出した、金がなければ結婚はできない、それに老母はもう年をとってどっちみち死んで行くのだと考え、老母を助けずそこを避けて別な道を行った。
しばらく行くとまた下の方から「兄さん、助けてくれ!」と叫ぶ声がする、見ると下は万丈の谷底で思わず足がふるえた、しかもその断崖の中途の小さな木の枝に死にもの狂いで弟がしがみついている、手を放せば谷底へ落ち身は粉々になってしまう、だが兄は救いを求めている弟の目を見て冷ややかに笑い“俺は鬼に曳きずられたおふくろだって助けなかったんだ、いまさらお前を助けるわけにはいかない、お前が死ねば俺が継ぐ家の財産が増えるというもんだ”と思い、弟の目もくれずに行ってしまった。
やがて、橋のかかった河に来た、橋の上に一人の娘がいる、見るとなかなかの美人であの月にいる嫦娥より美しい、思わず見とれていると、娘は橋の真ん中から身を翻して、ドボンと河に飛び込んだ。兄は一瞬“こんな美しい娘が死ぬなんて可哀想だ、助けてやろう、助ければ命の恩人だと俺の許婚になってくれるかもしれない”と思い、とっさに河に飛び込み娘を助けた。
娘は羞かしそうに「まあ、あなた、あたしを助けてくれて嬉しいわ、あなたが嫌でなければ、あたしはあなたの寝るお布団の用意をしますわ」と言った。兄は嬉しくて心が躍り、どもりながら「エッ、エッ、イ、イ、いいですとも、いいですとも、わたしが財宝をとって来たら、あなたを連れて家へ帰ります」と答えた。それから兄は喜び勇んで頂上へたどり着くと,頂上は一面に金,銀、瑪瑙などの宝の珠に輝き眩しくて目が開けていられない。兄は大急ぎで財宝をかき集め、持ち上がらないほど袋に詰め、やっと肩に担いで、ハアハア、フウフウ言って戻り、娘の手を曳いて山を下りた。
さて、弟も山を登って行くと一陣の狂風が吹き、二匹の大鬼が母を曳きずって来た。老母は「息子や、息子や、早く助けておくれ!」と叫んでいる。
弟は母を見てびっくり、大声を上げ大鬼に立ち向かった、するとあの番人が勢いよく現れて弟を引き止め「おい余計なことはするなと言っただろう」と言った。弟は目をキッとさせ「息子が母を救うのがどうして余計なことだ!」と力一杯山の番人を突き飛ばした。
その間にも大鬼は老母を引きずって山を駆け登って行く、弟はすぐ追いかけたが鬼も老母も見えなくなってしまった。何処へ行ってしまったかと探していると、兄が前にいて「ウオー」と大きな虎が咆えると兄をひと口にくわえた、弟は木の枝を折って虎を打ち兄を助けようとした。
すると、また山の番人が現れて引き止め「おい、お前、余計なことをすれば財宝は取れないよ」と言った、弟は「たった今母が見えなくなり、また兄が虎にくわえられて行ってしまったのに、財宝なぞどうでもいい」と言うなり、また山の番人を突き飛ばした。
その間にも虎は兄をくわえて山を駆け上がって行く、弟は虎を追って山の頂上に着いたが、鬼も虎も、母も兄の姿も見えず、頂上にはただ金銀財宝がゴロゴロと歩けないほど転がっていた。
弟は悔しまぎれに金や銀を拾っては「母と兄はお前ら悪者にやられてしまった」と泣きながら叫び、谷底へ何度も何度も投げ捨てた。
弟はこうやって金や銀を投げ捨てているうちに疲れ果て、母と兄を失い、俺一人残されて生きていてもしょうがない、死んでしまおうと思い「おっかさん、兄さん、俺もあとから行くよ!」と叫び、目を閉じて谷底へ身を投げようとすると、後ろから笑い声がするので振り返ると天女のような娘が笑っている。
弟は思わず「あなたはわたしの悲しみを笑うのですか」となじると「いいえ、お馬鹿さんのあなたを笑ったのよ」 「わたしが馬鹿ですって」 「そうよ、あなたのお母さんも兄さんも死んではいないわ、それによく考えもせず八つ当たりに金や銀を投げたり、死のうとしたり、お馬鹿さんでなければわからず屋だわ」 「母や兄は何処にいるんです」「麓であなたを待っているわ」 「嘘じゃないでしょうね」 「嘘だと思うならあたしと一緒にいらっしゃい」娘はそう言うと弟の手をとり、大きく揺れるとたちまち麓に着いた。
さて、兄の話に戻そう。大喜びで山を下りて来た兄は山の番人に「お前さん何を担いでいるんだ」と呼びとめられた、「金銀財宝、宝物だ」 「じゃあ、手で曳いているのは何だ」 「俺の嫁さんだ」 「おいおい、もう一度よく見ろよ」そう言われた兄は肩に担いだ袋の中の金銀をを出すとロバの糞とフンコロガシで、手をつないでいた娘は木の棒に変わっていた。
兄は何が起こったのかわからずポカンとしてしまった。山の番人は笑って「お前は金と女に目がくらんで人の心を失ったのだ、徳心もないのにどうして金銀財宝が得られるか」と言った。「だが、俺は山の頂上まで登ったぞ」 「金銀山は聖地だ、お前のような徳のない者には登れない、お前は一日、わしの周りをぐるぐる回っていただけだ」見ると山の番人の周りには兄がぐるぐる回った足跡がくっきり残っていた。
そこへ弟が娘と一緒に帰って来た。山の番人はにこにこして地面を指すと土の中から金銀財宝が出てきた。山の番人は弟に「若者よ、お前が山の中で出遭ったことはみんなわしの仙術だ、この財宝はみんなお前が山から投げ捨てたものだ、お前は金銀に惑わず肉親を見捨てなかった。その娘は天帝がお前に賜った天女の妻だ、一緒に帰って幸せに暮らせ」と言った。
もうこのあとは私が語ることもないでしょう。みなさんは弟が幸せになったことがわかったでしょうから………
薛天智故事選 00.4.14