四つの金貨

 昔、息子三人と娘一人をもうけた老夫婦がいた。息子たちは妻を娶り娘は嫁ぎ、老夫婦は子供たちがそれぞれに所帯を持ったことに満足して幸せであった。だが、ある年の冬、老母は気管支を患い、深い息をしてこの世を去った。
 老母が死んでしばらくすると、息子たちは老父に黙って分家の相談をし家の財産を三分して分けてしまった。息子たちは三分の一ずつの財産を得て喜んでいたが、ふと見るとまだ父親がいる、三人の息子はお互いの顔を見合わせて誰も何も言わない、息子たちはみんな“親父の面倒はみたくないが、それで近所の笑いものになるのも嫌だ”という気持ちなのだ。
 そこで三人の息子は互いに都合のいい方法を話し合ったが、なかなかうまくまとまらない。しまいに長男が「順番に一ヶ月半ずつ親父をみることにしたらどうだ、先ず俺から始めるよ」と言った、ほかの息子たちも「いいよ」と承知した。
 こうして老父は最初に長男の家、つづいて次男、三男の家に順番に住むことになった。ところが息子たちはだんだん順番に父親をみるのも煩わしくなった。

 三人の女房たちはなおさら嫌がり、よるとさわるとその話になった、長男の女房が「あの爺さんときたら何もしないでただ食べるばかり、それでも爺さんの繕いや洗濯をしてやらなければならないんだから」と言うと、次男の女房も「うちだってそうよ、一日中、ただ食いの爺さんの面倒みなきゃならないんだから」と口をはさんだ、すると三男の女房が「そうよ、うちの鶏が産んだ卵をあの爺さんに食べさせることないわ、もうあの爺さんが順番に来たって誰の家でも料理なぞ作らないで、玉蜀黍粉の硬い餅に塩漬け菜っぱの切れ端を食べさせればいいのよ」と言った「そう、それがいいわ」……… というわけで三人の女房はそれぞれの家へ帰った。

 さて、老父はまた順番になった長男の家へ行った。女房は老父に両面を焼いた玉蜀黍餅と切らない根のついた塩漬けの菜っ葉を出した、老父は硬い玉蜀黍餅が噛み切れず、少しずつ千切って口に入れた、菜っ葉も噛み切れない。半月の間、毎日毎日こんな食事で老父は長男の嫁は駄目だが、次男の嫁はよくしてくれるだろうと半月たって次男の家へ行ったが、嫁が食事に出した物は長男の家とまったく同じであった、老父はまた三男の家へ行けばいい物が食べられると思ったが、三男の嫁が出した物はやはり硬い玉蜀黍餅と塩漬け菜っ葉の塊であった。一ヶ月半で老父はたちまち顔色が黄色くなり痩せ、娘を思い出すと娘の嫁ぎ先へ行った。

 娘は老父が痩せて骨ばかりなので驚き「おとっつあん、そんなに痩せてどうしたの」と聞いた、老父は涙をながし「ああ、息子たちと嫁はグルになってわしに硬い餅と塩漬け菜っ葉の根を食べさせるんだ」と言った。老父の娘は兄たちの不孝に怒り「おとっつあん、心配しないで兄さんたちを親孝行にさせるいい方法があるわ」と言った。「心配しないでくれ、わしの長生きが悪いのだ」 「おとっつあん、この四枚の金貨を持って行って」 「エッ、お前たちの金貨を?」すると娘の婿が「お義父さん、この金貨は私が錫で作った贋物です、お義父さんが兄さんの誰かの家へ行ったら、灯りの下でこの金貨をいじくりながら“わしによくしてくれた者にこの金貨をやろう、わしに不孝な者にはやるまい”と独り言を言えばいいのです」と言った。

 老父は娘の婿の言うとおりにする事にして、贋の金貨を懐にしまい長男の家へ行った。長男の嫁は老父が来ると、振り向きも声もかけずまるで無視していた。長男はとりあえず「おとっつあん来たの、順番がもう来たのか」と言ったが老父は黙って自分の部屋へ行ってしまった,老父は夜、灯りをつけると、あの四枚の金貨を出して手の平にのせ、「お前たち親不孝はよせよ、わしのこの金貨は孝行者にはやるが不孝者にはやらぬからな」と独り言を言った。
 その時、長男の嫁が窓の下を通り老父の独り言を聞いた、“金貨”という言葉を聞くと立ち止まって窓を覗くと老父が灯りの下で金貨をいじっている、長男の女房は慌てて自分たちの部屋へ戻り寝ていた夫に言うと、長男は寝間着のままそっと外から老父の部屋へ行き背伸びして覗くと、“アッ、おとっつあんが金貨を持っている!”長男はまたそっと戻ると、女房は「見た?ほんとでしょう」 「見た、親父は金貨を持っていた」女房は「うちじゃお義父さんによくしてないからくれないわ、どうしょう」 「親父が金貨を持っているなんて、初めて知った、今夜から親父に孝行したほうがいい」 「そうだわ、あんた、あの小さな鶏をつぶして、それからお酒もね」しばらくして女房は鶏の肉を焼き、長男は酒壺を下げ老父の部屋の前で「おとっつあん、開けて」と言った「夜更けに何だ」 「おとっつあん、俺と女房で酒を持って来た」老父はうまくいったと思ったが「酒だと、明日飲むからいい」と答えると息子夫婦は「明日は明日だよ」などと、ぐずぐず言うので戸を開けた。老父と息子は飲み食べ話し女房が口をはさむなどして、長男夫婦のお喋りはながながと続いた。

 こうして老父は半月、食べたい物を食べ、やがて次男の家へ行くことになると長男夫婦は「お義父さん、またうちの番になったら迎えに行きます」と老父を表門まで見送った。 老父が次男の家に着くと女房は「鍋にあるから自分でとりな」と言った、老父が鍋の蓋をとると相変わらず硬い玉蜀黍餅と塩漬けの菜っ葉の根っこ、老父は蓋をしめて「わしは食べたくない」と言って自分の部屋へ入ってしまった。夜なると老父はまたあの金貨を出し例の話を独りで呟いた。これを丁度よく次男が聞き急いで女房に話した、「エッ、ほんと?」 「嘘なもんか、俺は確かに聞いたんだ、ほんとのほんとだ」 「お義父さんがあたしたちにくれなかったらどうしよう」 「うん、今から俺たちが親父を大切にしていい物を食べさせ優しくすればあの金貨は俺たちのものさ、そうするしかない」女房も頷いて「お義父さんが金貨持っていることを義兄さんや義弟に言ったら駄目よ」 「分かった」こうして次男夫婦は老父がいる間、食事ごとに酒と美味しい料理を出した。

 ある日の昼、三男の女房が次男の家へ行ってみると老父が具の入った餅と卵焼きを食べ、食卓には酒壺が置いてある、「義姉さん、あたしたち三人で料理は出さないって約束したのにどうして爺さんにあんなに料理を出したの」 「アッ……あの……あれはうちの人に出そうとした料理をあの爺さんが盗んだのよ、でも取り返すわけにもいかなくて」 「ホント?」 「嘘じゃないわ、あたしは爺さんにあんなことしないわ」

 三男の女房は半信半疑で家へ帰り、夜、夫が帰ると「昼、義兄さんの家へ行ったら、お義父さんは美味しそうな料理を食べ、お酒を飲んでいたのよ、おかしいと思わない」と言った「じゃ、俺が見に行ってみる、親父、まだ飯は終わっていないだろう」と三男が見に行った。そっと老父の部屋の窓の下に近づいたが、暗くて外に置いてあった味噌瓶にぶつかり転んでしまった、まだ料理を食べていた老父は外の様子に気づき、きっとまた次男があの言葉を聞きに来たのだろうと、金貨を出して「次男はよくしてくれるから、この金貨はみんな次男にやろう」と言った。

 窓の外でこの老父の様子を見た三男は急いで家へ帰ると、父親の言葉と自分が見た金貨のことを女房に話した、それを聞くと女房は「それで義姉さんは義父さんに美味しい料理を出していたんだわ、うちも早くしなきゃあお義父さんの金貨をとり損なってしまうわ」 「親父がうちに来るのは何時だ」 「二日あとだわ」 「まだ二日あるのか」「明日、豚をさばいてお義父さんを迎えに行きましょう」 「よし」翌日三男は正月用にとっておいた豚をさばき、父親を一日早く迎えに行った。
 そして三男の女房は三度三度の食事に美味しい料理や餃子を出し、老父に「義兄さんたちみんなよくしてくれますか」と聞いた、老父は心の中で“ははあ、あの金貨のことをみんな知ったな”と思いながら「みんなよくしてくれるよ」と言った。「じゃ、お義父さんの金貨は三人にやるんですか」 「うん、わしによくしてくれた息子にやるよ」と老父は答えた。

 一ヶ月半がたち老父はまた娘の家へ行った。老父は前に来た時より太って血色もよくなっていた。老父は娘夫婦に「お前たちの考えた方法は本当によくあたったよ」 「お父さん、ああいう人にはこれが一番いいのよ」 「でもあとで金貨が贋物だとわかったらどうしよう」 「いい方法があるから心配ないわよ、この書き付けを素焼きの壺にいれて、今いる部屋の窓の下に埋めて置き、死ぬ間際にそれを教えればいいわ」
 こうして息子の誰の家でも老父を手厚く世話をし、何時も美味しい食べ物を用意した。

 “光陰矢のごとし”また何年か過ぎた。老父は病気になって何も食べられなくなり、目を閉じたままになった。三人の息子夫婦は老父を囲み、「お父さん、金貨は何処にあるの」 「お父さん早く言わないと分からなくなるよ」と焦った。老父はやっと腕を上げ窓の外を指すとこと切れた。三人の息子たちは夢中になって外の金貨を捜した、駆けつけた老父の娘夫婦は「兄さん、やめなさいよ、いずれにせよその金貨はあんたたちの物になるんだから、先ずお葬式を済ませ、金貨はそれからにしないと近所の笑いものになるわよ」三人の息子もそれもそうだと金貨の事は後にして、先に老父の葬式をすることにした。

 老父のために紙の車や馬を作り、笛太鼓の人を雇い、大きな棺桶を買い、三人の息子夫婦は喪服を身につけた。老父の葬式が済んで三人の息子夫婦は窓の下をあちこち掘った、やがて“カチン”と音がして素焼きの壺が出てきた、長男が蓋を開けると金貨はなくて一枚の書き付けが入っていた、息子たちは誰も字が読めないので近所の趙爺さんに読んでもらった。

  南窓の下に壺を埋めた   金貨のために父に孝養   金貨あっての父に孝養   息子は誰も同じだな

 趙爺さんが読み終わると三人の息子夫婦は耳元まで顔を赤くした。次男の女房は「じゃ、お義父さんが灯りの下で見ていたあの金貨は」と言うと老父の娘は「お父さんが持っていた金貨はあたしの亭主が錫で作ったのよ、それを父が珍しがって持って行ったのよ、あんたたち本物と思っていたの」と言った。それを聞いた三人の息子夫婦は“ポカン”として何も言わなかった。    

             姜淑珍故事選                                 2000.1.6

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